第百五十八話 それはいつか散る花を尊ぶ一人の少女のような
別人かと思う程に変化した表情に身体が一瞬強張る一同。不気味なほど楽し気に笑う敵を前に、戦闘前の吐きそうな緊張感を前に。
先に動いたのはジーンであった。正面から斬りかかりに突っ込んでいき、一刀両断。先程までの緩い空気など吹き飛びそこは既に嵐の中心地へと変貌している。
「……流石に無理があったか」
読まれやすい動きに、素直な剣筋。ジーンは言葉通りの思いを持ってはいるものの、それが全てではなかった。
『――後ろがガラ空きよっ!』
とはチャチャの心の声。ジーンの攻撃はあくまで囮であり、注意を引かせるためのものであったのだ。獲物に狙いを定めその引き絞ったエネルギーで腕を振り抜く。
剣身の短いチャチャの武器では到底届きそうにない距離での攻撃態勢。数十センチメートルは足りないのだが、それでも構わないと迷いは一切ない。
「気付いてないと思ったのかしら?」
チャチャの目の前に、穢れの使者を護るように扇の盾が並び塞がる。振り向き様にドロリとした視線を向けられるチャチャは、負けじと声を張る。
「扇ごとっ! 斬るっ!」
「あら、そんなこともできるのね」
横に一線を描くのは魔力の刃。剣身を延長させるような形で伸びるそれは、扇の盾はおろかその先にある穢れの使者にまで届き得る。
常人では一秒も持たず暴走させてしまうであろう膨大な魔力が圧縮されているその刃。純粋な切れ味だけで言えば出来の良い剣で済んでしまうのだが、それを補って余りある暴力的なエネルギーが秘められていた。
「私が死ぬのと、あなた達の魔力が尽きるの。どっちが早いのかしらね?」
個人が保有する魔力には限界がある。それが尽きれば、戦闘不能といっても過言ではない。攻撃力、防御力、機動力のどれもが大きく低下してしまうのは致命的な弱点となってしまうのだから。
そこらの人間に比べれば何倍もの魔力を有するジーン達でも、そこは変わらない。
穢れの使者は圧倒的な魔力を有していることを自覚し、そしてそれを隠さない。これだけの差があるんだぞと、タイムリミットを告げるかのように見せびらかす。
「――っ……あら。遠くから撃つだけなんて、つまらなくないかしら?」
「心臓ぶち抜かれてその余裕はなんなんよか……」
「余裕なんてないわよ。痛いし、苦しいし。でも身体が動いちゃうんだから不思議よね」
ある程度の素質と実力があれば、それを目で見るかの如く把握できてしまうのが嫌なところ。同じ力量同士の戦いならば有利になるように立ち回れるかもしれないが、格上が相手だと絶対的な差が分かってしまうのだ。
勿論、戦いは魔力の保有量で決定するわけではない。しかし、重要な要素の一つであることには変わりない。どう戦うべきなのか、考えなしに突っ込むのは得策ではないだろう。
「……少なくとも一番最後まで立ってるのはあなたじゃなくって私達ね」
戦闘中の会話。現実的じゃないのは今更か。
魔力をふんだんに使っての攻撃を連発するチャチャの言葉。魔力の減少が目に見えて続いているのだが、その自信はどこからくるのやら。
「俺がいるからできることって忘れてない?」
「何よ。嘘は言ってないでしょ」
「いやそうだけどさ。一人で無理しないって約束は覚えてるよな」
「ちょっと、二人でイチャついてないで私も混ぜなさいよね」
「あら失礼。歳を取ると寂しがり屋になっちゃうなんて知らなくって」
「これでも生まれたばかりなんだけれど。あなた達よりもずっと若いのよ?」
「赤ちゃんだったんよ? にしては老けるの早いんよね」
「まず最初にあなたを虐めてあげる」
「およ!? 無理に会話に入ったのがマズかったんよ!?」
物理的な刃と言葉の刃による攻防。援護射撃も失敗すれば大きな痛手となって返ってくるのが実践で味わえて、良い経験になることだろう。
「邪魔しないでもらえるかしら?」
「一応、前衛としての役割があるからな」
「そこは素直におよを守りたいから、とか言ってくれて良かったんよ?」
援護もそこそこに手を緩めることなく、両手を頬に当ていやんいやんする夜桜。わざとらしい動きと視線は完全にふざけているのが分かる。
「あとでよーく言い聞かせときます、はい……」
「勝つこと前提に話すあなたも大概よ」
この間に何度、剣と扇がぶつかり合ったことだろう。扇を弾いては攻め、攻めては扇で弾かれ。それの繰り返しだが、攻撃の手は何もジーンだけではないのだ。
「あら痛い」
「演技するなら、せめてもっと痛がりなさいよね」
「……そういったご趣味をお持ちで? あなたのパートナーはさぞ大変な思いをするんでしょうね」
「ちょ……! 勝手に勘違いして納得しないでよね!?」
一人で手数が足りないのならば、二人で。二人で足りないのなら、三人で。連携ならばティティや破滅帝にみっちりと叩き込まれてきた三人である。
剣技に体術に魔法に飛び道具何でもござれ。競技での試合ならともかく、戦いにおいて卑怯も何もないのだ。ルールなどない。勝てば生き残り、負ければ死ぬだけである。
「なんだかんだ言って、あんたも楽しんでそうだな」
「あら本当。さっきまでの嫌な感覚が薄れてるわね。殺し合いが始まったからかしら」
「まってジーン。いま、あんた“も”って言った?」
「……いいえ?」
「言ってたんよ」
「言ってたわね」
「また一つ罪が増えちゃったね」
削り削られ、徐々にではあるが確実に終わりへと近づいていく。会話もそこそこに、より激しい攻防へ。
あちこちで爆撃が起こり、その度に大きく場所を移動していく穢れの使者。防戦一方になるかと思いきや、幾つもの扇を自在に操り反撃をしていく。
追撃のために常に近距離で剣を振るジーン。何度巻き込まれかけようとも、仲間を信じて何度でも踏み込んでいく。
時には後ろから、時にはジーンと入れ替わるように正面から、時には魔法で援護をしていくチャチャ。
より派手により強力に。爆撃でプレッシャーを与え続けるのは夜桜。色とりどりの魔弾も容赦なく撃ち込み、隙を与えさせまいと連射していく。
持久戦かと思いきや、消耗など考えない全力での戦闘。特に夜桜など弾幕を途切れさせることなく、常に魔法を発動していた。
チャチャやジーンは、夜桜に比べれば魔力消費の大きい魔法はほぼ使ってない。燃費の良い戦法で上手く立ち回るのを意識しているようであった。
「およよ~」
「可愛らしい声が聞こえたけど、あら? もう疲れちゃったのかしら?」
そして、最初に限界が近づいてきたのは夜桜。理由は魔力消費の大きい魔法で弾幕を張っていたから。当然の流れである。
燃費の良い魔法では効果が薄い以上、最初に脱落するのはジーン達も想定内の状況であった。一番の理想はそれまでに決着をつけることだったのだが、そう甘くはなかったらしい。
「あとはヨロシクなんよね」
「問題無いよね」
「ああ、任せとけ」
魔力自体はまだ余裕あるものの、自分の身を守れなくなる完全なお荷物状態になってから引くのでは遅すぎる。無理をする状況ではないのが分かっているため、これ以上は戦えないと素直に認め、潔く引き下がる夜桜であった。
「逃がさないわよ?」
ここ一番の速度で夜桜目掛けて影を伸ばす穢れの使者。それは寸分違わず夜桜の心臓へと突き刺さり、確実に息の根を止めようと追撃を忘れない。
「残念、ハズレなんよ」
だがそれも不発。夜桜には効かなかったらしい。身体を魔力へ変質させられる彼女にとっては、全く問題ない攻撃であった。
「ちょ、ちぃちゃん何で生きてるん?」
「ついに人間やめちゃったの? 幼女になちゃった、はギリギリ納得できたけど流石にこれは納得できないんだけど」
避けるか防御するか、何れにしても問題無いだろうと助けに入らなかったジーンとチャチャも驚きの行動。何もしないで身体を貫かれるなんて、逆に自身らの心臓が潰れるかと思ったことだろう。
そんな驚愕の反応を見せる二人に、いたずらが成功した悪ガキの表情を見せる夜桜である。
「サプライズ、ってやつなんよ」
「んなサプライズ嬉しくねぇって!」
「心臓止まるか思ったでしょ!」
姿まで消し、これでもかと二人にも見せてこなかったモノを披露して去っていく。
夜桜、戦線離脱である。