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第百五十六話 母から託されたもの




 風に流れるのは菖蒲色。結い目より垂れるのは大きな花びらのようで、華やかな衣装がより映える。

 撫でるように振る舞うだけで、それだけで不思議と揺らぎ踊るのは。

 激しく、それでいて一直線に伸びる破壊の光線を扇で撫でるのは穢れの使者。彼女に撫でられた途端に進路を変える、ソチラの剣戟。

 激しく燃えるチャチャの炎も扇の一振りで渦を巻き、穢れの使者を惹き立てる演出にしかならない。

 圧倒的な魔力を持つ相手を前に、戦闘を始めた一同は手を休めることなく剣を振るい魔法を放つ。

 扇で剣の一振りを受け止められた時に見えたあの笑った顔が。何度目になるか分からないその笑顔を見たジーンは、その度に戦意が削がれてしまっていた。見惚れたわけではない。不気味さを感じたわけでもない。


 ただその顔がとても寂しげだったから。


 ひとたび距離を取ればそんな感情を読み取れないのも、やる気が出てこない原因になっていた。近い遠いの問題でもないということは幾度の攻防で察することができていたのだが、この感覚は何なのか。戸惑いが大きくなっていくばかりであった。


「毒とか撒かれてる?」


「いや、それはなさそうだな」


「じゃ、風邪でもひいた?」


「いや、ひいてないと思うけど」


「ん~、熱でもある?」


「……その確認って今いるか?」


 穢れの使者が大きく距離を取ったあと、ぞろぞろと魔物が押し寄せる。その少しの隙の中で、背中合わせになって暫しの会話をする二人。

 どうして背中合わせなんてことをするのか? そんなの決まっている。お互いに『カッコいいよね』と、憧れが一致しているからこそだ。くるりと背中を最初に向けたのはチャチャだが、それを一瞬でああこれか! とジーンも察したのだ。

 まだそんなに囲まれてないけど、やってみてもいいよね! といった空気を呼んだ結果であった。

 少し昔のチャチャならば考えもしない動き方であったのだが、なんだかんだ言ってジーンに毒されつつあるらしい。


「そりゃ、あんな動きしてたら気になるって」


「変だったか?」


「自覚ないんだ」


「ない、というかまぁ。戦いにくいとは思ってたが」


 ジーンの動きの悪さを察したチャチャが心配しての行動。既に囲まれ魔物が押し寄せる状況ではあるが、最低限の足止めとして円形状に燃える壁を創り出し、ジーンと会話することを優先する。


 背中合わせでの会話はここで終了。バッと振り向き、勢いよくジーンの両わき腹を掴みにかかるチャチャである。


「ひゃっ!?」


「そんな変な声出さないでよ」


「急にそんなとこ掴まれたら出ちゃうって!」


「いやいや、急に触りたくなっちゃって……てへ」


「流石に反省会レベルのおふざけなんですけど何か言い訳ありますか」


「はいっ、誰かさんが真面目にヤッてくれないんで私も問題無いかと思いまして!」


「反論はできなっ……!」


 会話の途中だろうがなんのその。言葉をぶった切っての攻撃をしても問題無いよね、といった具合に槍状にうねる魔力の塊が頭上から撃ち落される。

 咄嗟にチャチャを抱き緊急回避を行うあたり、流石はジーンといったところか。


「油断も隙もねぇな」


「あら、イチャついてるのが見えたから邪魔しに来ただけよ」


「確かに。ジーンは油断してたし隙だらけだった」


「おいそっち側いくなよ」


「文句あるんだ。悪いのは私じゃないと思うけど、言いたいなら好きなだけ言えばいいんじゃない?」


「……はぁ」


 ああそうか、と。俺は何をしてたのだろうと気付く。何かおかしかったと、言葉を交わしていてそう気付くことができたジーンである。


「やべぇな。最近頼りないとこしか見せてない気がする」


「元々、頼りになり過ぎてたのよ。これくらいが丁度いいんじゃないの」


「そうか?」


「そうよ」


 無性に隣に立つチャチャのことが愛おしくなる。どれほどまでに俺の心の拠り所になっているのかと、気付く度に確認するごとにその大きさを膨らませていくジーン。

 不安定なぐちゃぐしゃに描き回されていた精神が、いつもの調子を取り戻していくのを自覚する。


「少し頼むぞ」


「は? 何言って」


「時間稼ぎに決まってるだろ」


「そこは俺に任せろ的な感じで決めるもんじゃないの?」


「昔ならそうだったかもな。でもさ、ほら。今は頼れる誰かさんがいるからさ」


「……はぁ、そんなこと言われたらやるしかなくなっちゃうじゃん」


「その気がなくても放り投げるつもりだったけどな」


「昔は酷かった」


「自覚はある」


 その言葉を区切りにチャチャが跳ぶように距離を詰める。敵は一人。理不尽に大きな魔力を持っていようが、出力されるものらはチャチャでも十分に対処できる程度。

 こちらが攻めきれずとも、あちらも攻めきれない。長期戦ならば完全にチャチャの敗北は必然。奥の手を使っても、五分に持ち込めるかどうかといったところか。

 だがジーンにバトンを渡すための時間稼ぎとして考えれば、勝利と言ってしまっても問題は無いだろう。個人戦に負けても団体戦で勝てば良いだろう? といった考えである。


 そこからは早かった。ジーンが自身の力を自覚してからは、これが初の見せどころとなる力。


「ちぃちゃんは返してもらう」


「あなたにそれができるの? 早くしないとこの子が持たないんじゃないかしら」


 穢れの使者の言葉にムッときたのはチャチャだった。


「うっさい、黙ってろ」


「あらあら、女の子がしていい顔じゃないわよ? いいわ。仲間を見殺しにしたいのなら、どうぞお勝手に」


 彼らはそれができる力を持っている。彼らはそれを成し遂げようとする意志がある。彼らは不可能を覆すエネルギーを秘めている。

 言葉では煽っているものの、心の中では諦めている穢れの使者であった。


 光る。


 誰が知らなくとも確かに光る。誰一人としてそれを認識できなくとも、確かに光る。1フレームごとに見直したところで映ることのない規格外の現象。


 光る。それは間違いなのかもしれない。何も存在しないからこそのそれなのかもしれない。途切れ途切れの無が、途切れ途切れの有が。決して連続しない、交互の繰り返しが。

 無があるからこそ時間は進むのだ。有だけでは、時間という概念は存在しない。

 有が連続していたら、それだけが存在し続けることになる。


 絵が一枚。それで完結してしまう。


 アニメーションが複数枚の異なる絵で作られているのなら、時間は複数の異なる有で作られているはずなのだ。

 それらの切り替えのために、有の切り替えのために無が存在すると言ってもいい。

 そもそも、無になった後で再び有へと切り替わることができるのか。できる、というのが答えである。


 所詮、無というものはその世界の情報が空になったというだけのこと。切り替わるシステムそのものが消えてしまうわけではないからだ。

 法則、ルール、概念、必然性。そういった言葉で意識的にまとめているなにかと表現する他ない。


 有の後に無がある。


 そして、そのまた後に有がある。問題はこの無の後に切り替わる有だ。初めから切り替わるものが決まっているのか。答えはノー。

 無数にある選択肢の中から、どれにしようかな? といった具合で選択された一つへと切り替えられる。


 可能性としては、突然鉄が金に変わったり。山が谷に変わったり。男が女に変わったり。天と地が変わったり。そもそも生きる人間らが変わったり。その世界にあった法則そのものが変わったり。なんてことも有り得るわけだ。


 それこそ無数に繰り返されてきた切り替え。しかし、そういった切り替えはなかったと言っていい。鉄が金に変わることがあったとしても、山が谷に変わったことがあったとしても。それらは切り替えの際に起こったものではなく、誰かによってそうなっただけに過ぎないのだ。

 力を持った何かによって、そうなっただけ。原因が切り替えにあるわけではないはずだ。


 ではどうして、切り替えの際にそういった問題が起きないのか。


「――世界は収束する」


 そういった性質を持つ何かが存在するということ。


 ジーンの唯一の能力(オンリーアビリティ)は収束。神より零れ落ちた能力をの一つである。


「――ただいまなんよっ!」


「ああ、おかえり」


 想い描いた結果を選び取る力。当然、全てのことが可能になったわけではない。能力の制限はあるし、限界もある。

 ただ、隔離された世界にいる夜桜を抱き寄せるくらいのことは可能だったというだけ。


 一個人に与えられて良いはずのない、絶対的なまでの能力が覚醒した瞬間であった。



今更感はありますが。

※言葉の意味そのものとはズレていると思う人も多いかもしれませんが、作者がこれだと一番感じた言葉を選んでいます。読者様の感性に合わせての作品づくりよりも、作者の感性を優先して表現しています。優先順位は作者の感性が一番。作者の我が儘が詰まった作品になっていますのでご注意下さい。

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