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第百五十三話 眩しければ眩しいほどありがたい




「やっびゃあ~……」


「えと、お姉ちゃん? 大丈夫?」


 青の世界に包まれて。


「安心するんよ。溺れたりはしないんよ」


「あのね、違うの。ミィはお姉ちゃんの心配をしてるんだよ」


 改めて敵と定めたミカ達から逃亡を図った二人は、現在湖の底に隠れ潜んでいた。


 湖に含まれている魔力が、二人の気配を隠してくれるだろうと考えてのことだった。時間が経っても追って来ないことから、上手く逃げられたと考えてもいいだろう。


 夜桜たちがあの三人から逃げられたのは奇跡に近い。戦闘をなしに逃げに徹したとしても、チャチャやソチラではまず無理なこと。それをチャチャはやってのけたのだ。


 やってのけたのだが、何やら夜桜は困っているご様子。


 赤子のように言葉にもならない声を漏らし。目の前に広がる景色を見ているようで、どこかそこではない何かを見ているようで。いや、見ないようにしているのか。


 押しつぶされそうな緊張感を脱したことでの反動とも考えられるが、ミィはそうは見えなかったようである。


「……ミィには言えないこと?」


「いや、そういうわけじゃないんよ」


「むう、お姉ちゃんがそうだとミィも落ち着けないんだけど」


 話を聞かせろ、聞かせてくれないのならその態度をやめろ。そうミィの目が語っていることに察しがつかないほど、夜桜は鈍くない。話すのか、話さないのかどちらにしようかしばし悩んで。


 巻き込んだのは自分であり、状況をしっかり説明するべきだと頭では考えている。そうしようと決めたはずなのに、いざとなってみるとこんなにも難しいことなのかと。


 今までは何も知らずに振り回される側であり、それを不満に思っていた。どうして説明しないのか。どうして何も言ってくれないのか。本当にあり得ないだろと、ジーンに対して思っていた。


 だが、おいおいどういうことだ。昔の自分が見たらド叱られるだろうなと思う夜桜である。


 まぁジーンに関しては意図的に教えなかった場合の方が多いが。面白がっていた部分が多く、夜桜のような居心地の悪さなど一ミリも感じてなどいなかったが。


「……言いづらいんよけど」


「うん」


「こっからどうすればいいのか、およは分からないんよ」


「……え? えと、先生たちから逃げるんじゃないの?」


 そうなんだけども。


「どうやって逃げればいいのか、なんも考えなしに動いちゃったんよね……」


「…………大問題じゃない?」


「大問題なんよ」


 行き当たりばったり。締め切りギリギリで選び取った行動が、実は最悪のルートへの一歩だった。なんて笑えない話である。


 状況的に、作戦を練るための十分な時間がとれなかったのは事実。最悪の行動ではないと思って実行したのも、間違いない。一旦落ち着いて考えてみても、悪くない行動だったと。


「なんよけど、お先真っ暗なのはどうしてなんよ?」


「いやミィに聞かれても」


 ただ一つ言えるのは、そんなこと考えてる場合じゃねえ。ってこと。今すぐ立ち上がれ。今すぐ動き出せ。今すぐにでも咆え魂を震わせろ。滲ませ振り撒けその覚悟。


 心の中のミニティティが夜桜へと訴えかける。


 うっせぇんよ。片手でパッパッと払いのけるように端へと追いやる夜桜。言ってることは正しいのかもしれないが、今は思考を邪魔するノイズでしかない。


 ぐしゃぐしゃと書き殴った一本の線が終わりの見えない旅を始める。答えが、旅の目的地があるのならばいつか辿り着けるのかもしれないが、そんな時間はない。そもそも、あるのかすら謎である。


「……お母さんがいてくれたらな」


 暗い空気がミィへも伝染してしまう。


 気が落ち込めば、できることもムリだと端から諦めてしまうことも出てくるだろう。それでは逃げ続けられる可能性を捨ててしまうことになってしまう。


 もっとも、ミィの言葉は絶望を噛みしめてのものではない。希望への縋りつく思いで出てきた言葉だ。


「お母さん? って……?」


「お姉ちゃんは知らないんだっけ……」


 行き先の無い迷子の一本線は、誘導されるかのようにある方向へと向かい始める。ぐしゃぐしゃな道筋なのは変わらないが、それでも幾分かマシに感じられる程度の変化。


 誤差だろうと、そう決めつけてしまうのは余りにも危険な。この状況だからこそ見逃せない、小さなモノ。


「ミィ達のお母さんはね。とっても強いの」


「強い?」


「うん。喧嘩が強いとか、そうゆうんじゃなくってね。何て言うんだろ。お母さんがいれば絶対に大丈夫なんだ、って。そんな風に思えるの」


 寂しげな声で語る。


 小さなあぶくが、水面へと向かい。それは少し大きくなって、どんどんと上へ、上へと浮かんでいって。


「……会いたいな」


 そして小さな音で弾けてしまう。


「およも、会ってみたかったんよ」


「……うん」


 どれだけミィが信頼を寄せる相手でも。この状況を覆すための必要な何かを持っているわけではないだろうと。


「何処にいるのか、分からないんよ?」


「大事な用事があるって、それだけ言って出かけて行っちゃって。何処に行くかとか、詳しくは教えてくれなかったから……」


 確かに、ミィの言うお母さんに会えれば精神的な面での助けになってくれるだろう。しかし、居場所が分からないのは問題だ。ゆっくり探していれば、ミカに見つかってしまう。


 何の策も用意しないままであれば、負けは必至。現状の手札ではそう何度も逃げられないのは事実であり、そうそう手札は補充できない。無暗に動き回るのは、不利になる一方だと夜桜は考えていた。


「なにか、顔とか分かるもの持ってないんよ?」


「え?」


「ほら、およってばすっごい魔法使いなんよ。居場所が分かっちゃったりするかもなんよね」


 嘘である。


 そんな魔法が使えるなど、嘘である。ミィを励ますための出任せだ。少しでもミィの元気が出るならと、調子の良いことを言っているだけ。


 自分の気持ちなどポイ捨てするかの如く放り投げ、目の前に居る誰かを優先する。夜桜はそういう人間だった。無意識でそれをやってしまうから、その時の自分がどんな状況だって変わらない。


 この時もそうだった。なにを狙っていたかなんて、何一つあるはずもなかった。


「えっと、これとか」


「ぶっふ!?!?!?」


「え、ちょ。お姉ちゃん大丈夫!?」


 ごっほ! ごほごっほ!


「本当にどうしたの!?」


 突然奇声を上げ、そして咳き込む姉を見て動揺を隠せないミィ。そして夜桜はというと、こちらも何やら様子がおかしい。


「いやいや、待って待って。落ち着いて落ち着いて」


「一番落ち着いてないのはお姉ちゃんだと思うよ!?」


「きっと、うん。そう。似てるだけ、似てるだけなんよ。ミィちゃん、梅が綺麗で花ぱっぱ?」


「最後なんて? 意味が分からないよ!?」


 霞むは視界滲むは茜。触れる温もり笑が声。ミカンとオカンは揉んでおけ。甘味は増すし機嫌は取れるの良いこと尽くし。最後に笑うは己かと。掻っ攫う役目はやはり母かと泣き譲り。


「名前も、聞いておくんよ」


夕梅花(ゆめか)だよ」


「やっぱおよのお母さんなんよねーっ!!!」


 頭を抱えて叫ぶ、一人の少女の姿がそこにはあった。



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