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第百五十二話 過去か未来か




「……む」


「これは……」


 夜桜の一撃が届くことはなかった。が、


「ちょっと甘いんじゃないんよ?」


 ドーシルの刃、ドートの拳も夜桜には届いていなかった。


「簡単には死ぬつもりないんよね」


 ともあれ、やめやめと夜桜は抵抗の意志がないことをアピールし、椅子に座り直す。服には穴が開いているが、出血などはみられない。それは若干以上にぶかぶかな服を着ているから、という理由では説明しきれない。


 しかし、理由を聞く者はその場にはいなかった。ミカやドーシル達も、聞いたところで教えてはくれないのが分かっているからだ。ミィに関しては、そんなことを聞く余裕はない。


『実はお母さんの方の家がちょっと特殊なんよね。魔力を肉体に変換させる魔法を得意にしてる家系で、今のはちょっとした裏技なんよ。その気になれば、全身魔力に変えて不可視にもなれるんよ。見ることは勿論、触ることもできないんよ。自慢じゃないけど、ちょっとやそっとじゃおよは死なないんよ?』


 なんて、わざわざ教えるはずもなく。いつもはおしゃべりな夜桜だが、今回は流石に状況が悪すぎた。切り札とも言えるものの種を、自ら明かすことはない。


「(でも、ちょっとマズかったかもなんよ。この二人には多分、もう通用しないと思った方がいいんよね)」


 ドート、ドーシルに関して言えるのは、手の内が見抜かれようが見抜かれまいが関係ないということ。全力での戦闘だったら全身そのまま吹き飛ばされてしまうだろう。


 負けることはないが、勝つこともできないと。そう夜桜は考える。


「(それでも死にはしないけど。まぁ、勝ち目のない戦いには変わらないからやりたくはないんよね)」


 逃げの一択。なのだが、それは簡単にいくものでもない。


 目の前にはミカがいて、その隣にはドーシルが控えている。チラとドーシルの様子を窺う夜桜だが、眼光鋭いその威圧感にすぐに目を逸らすことになった。


 ブツブツと、何かを呟いているのか唇だけが微かに動いていて。それでいて殺気を隠そうともしない。下手に動こうものなら問答無用に切り捨てるつもりなのだろうと、そう察する夜桜である。


 殺気といえば、左後ろからの刺さるような気配も忘れてはいけない。俺も忘れるなと忠告するかのような、ドートからの静かな主張であった。


「…………っ」


 命の危機を自覚してしまうほどの、よく分からなくとも長居はしたくないイヤな状況。こういった空気感に慣れていないミィは、不安から身体の震えが止まらずにいた。


「大丈夫。うん、およがいるんよ」


「お姉ちゃん、ごめんね……」


 抱き寄せるまま。硬く、緊張した身体。


 自分のせいで思い通りに動けないのだ。それが分かってしまうくらいには賢かった。それがより重くのしかかって、泣きたくて、情けなくて。


 巻き込まれたのはミィのはずなのに、悪いのは自分なのだと迷惑をかけているのは自分なのだと。


「勝手に動くな。思わず斬ってしまだろう」


「どうぞお勝手になんよ」


 べーっ、とドーシルの言葉にささやかな抵抗をする夜桜。貴様のことなんかよりもミィの方が大切なのだと、行動で示す。


「……」


「ドーシル、落ち着きなよ」


 槍を握る手が動き出す前に、待ったをかける。この場で一番冷静なのは間違いなくミカであり、気にしていないとばかりに笑顔を消すことをしなかった。


「すみませんでした……」


「うん、頭が冷えたね」


 そんな彼女の言葉はたった一言でも十分なものであり、ドーシルの過熱した感情が。暴走しかけていた感情が、急速に冷めていっていることが夜桜でも分かる。


 それはドートにも伝染したらしく、それなりの威圧感が若干の威圧感へと変化していく。


「うん、これで話の続きができるかな」


「続き? これ以上何かあるんよか?」


「はは。これ以上も何も、話自体そこまでしてない気がするんだけど」


「むぅ……? そうだったんよっけ?」


 如何にもわざとらしく。一時休戦こちらも一旦は落ち着きますよ、というアピールである。


「もう、そっちがぶった切ったんでしょ~?」


「およよ~、およをいじめてくるんよぉ。ミィちゃん助けて~」


「ちょ、お姉ちゃん? 今、大事なお話し中でしょ?」


 話しやすい空気づくりは大切。双方にその考えがある状況では、多少緩くなってしまうものなのか。少なくとも、夜桜もミカも相手の態度を咎めることはなかった。が、真面目ちゃんなミィは戸惑うばかりである。


 ドート、ドーシルは既に冷静さを取り戻し、平常運転で爆走中。その様子をただ見守るだけである。


「ふむ、大事な話なのは間違いないね」


「では、お聞かせ下さいますか。神子様」


 くるくると、カードをしきりに裏返すように。


「うん、いいよ」


 ひたすらに、イカサマのカードを見せびらかすように。


「この世界で、君の知っている世界ではないこの世界で。大人しく過ごしてくれないかな?」


「…………」


「そうすれば僕たちは何もしないし、君も好きに生きられる。勿論、最低限の監視はつくかもしれないけどね」


「嫌だと言ったら?」


「うん、その場合は仕方ないけど、指の一本も動かせないような状態で一生を過ごしてもらうことになる」


「素直に従えばよし、抵抗するなら容赦はしないってことなんよね」


「分かりやすいでしょ?」


 分かりやすくて結構。反吐が出るね。とは心の内で吐き捨てた言葉である。


「君が死ねば、この世界は終わる。君が生きていれば、この世界は続くんだ」


「それは、およが核になってるって認識で?」


「問題無いね」


「……だったら、どうして最初から捕まえる方向で動かなかったんよ? そうしてれば、およは何もできずにそっちの完全勝利で終了だったんじゃないんよか?」


「完全勝利か、それは違うね。僕が望むのは、この先も変わらずに明日を過ごせることだ。君を連れていけば、ミィ君の明日はどうなる? いつまでも隣にいると思っていた、大切な人が急に消えてしまったら?」


 その言葉に、夜桜は寂しさを覚える。これまでミィと過ごしてきた、自分ではない自分。自分の知らないこの世界の夜桜は。既にミィの知る夜桜は消えてしまったんじゃないか。


 見た目は同じでも中身が変わってしまっていたのだから、以前までの夜桜は消えたと言えるんじゃないか。


 そのことをミカも気付いているだろうに。わざわざそれを口にしたのは。


「当然ミィ君は悲しむだろう。それではダメなんだよ。悲しみが残り続けてしまうからね。先がないのと一緒だよ」


「あぁ、そういうことなんよね」


「あれ、分かっちゃたんだ」


「まぁ、少し考えた未来ではあったんよ」


 もしも夜桜という人間が。別世界の自分に入りこむ、今この状況が確定していたことだったのなら。


「このままこっちで生きていく未来はどうなんよかな、って」


 ミィの悲しみが確定していたことだったのなら。


「悲しみの先に、また新しい幸せを作っていけばいい。君がこの世界で生きていくって選択が、それが一番いいんじゃないかな」


 自分がここで素直に引けば、この世界で一生を過ごす未来は確定してしまうな。と、確信に近い予感を抱え。


 ジーンとの思い出も忘れていき。チャチャとの会話も忘れていき。エルとの秘密も忘れていき。ドランとのバカ騒ぎも忘れていき。


 過去の記憶よりもこれからの記憶を優先していく。きっと、ミィとの日々も決して悪くないだろう。


 同じように思い出を作って、何度も語り合って、内緒な話を守って、羽目を外すこともあって。これまで以上の日常に出会えるかもしれない。


 それを端から考えないで捨ててしまうのは、なんだか寂しい気がして。


 少しずつ、迷いが。昨日までの日々を信じるという思いが。


「およは……」


 この世界ではなく、今まで通りの世界を望んでいた心が濁り始めて。


「…………およは……」


 真っすぐに伸びていた希望への光が霞み。どこへ向かうべきかの道標が、分からなくなりかけて。


「…………」


「――ダメっ!! ダメだよお姉ちゃんっ!!」


「ミィちゃん……」


「帰るんでしょ!? また会いたいんでしょ!?」


「でも……」


「でもじゃない。でもじゃないの!」


 握られた手は小さく、頼りないものだった。


 何故、彼女は泣いているのだろう。何故、彼女は叫んでいるのだろう。


 何故、何故、何故。


 分からない。分からない。分からない。


『見失わないで』


 そう言われている気がした。


『ほら、見えるでしょ?』


 そう聞こえた気がした。


『もう迷っちゃダメだよ?』


 そう心配された気がした。


『頑張れっ』


 そう励ましてくれた気がした。


「ありがとなんよ……」


「大丈夫だよ。うん、ミィがいるよ」


 もう、彼女は見失わない。


 もう、彼女は迷わない。


 もう彼女には心配されないよう。次は彼女を励ませるよう。


「ふむ、これは交渉決裂かな? ……捕らえろ」


 ミカの言葉と同時に。


 二度目の刃。命を狙ったものではないが、生きていればそれでいいといった手足を狙った手加減なしの一撃は。


 二度目の拳。回復させれば良いだろうと、ダメージの大きい臓器を狙ったその一撃は。


 二度目の空振りに。


「……じゃあ」


 腕は千切れ飛び、胴体を貫かれて。


 夜桜はミィを抱え。別れの一言を残し、溶けるように二人は消えていった。





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