第百五十一話 突き刺さるのは
「ど、どうして……?」
「いやなに、君たちが困っていると思ってね」
「確かに困ってはいるんよ。でも、タイミングが良すぎなんよね」
まさか全部ミカが仕組んでいたことなのだろうか、と疑ってしまうくらいにはぴったしなのだ。雰囲気からして敵味方の判別は難しい相手であるため、余計に怪しさが。
「ふふふ、僕は何でもお見通しなのさ。校長だからね!」
「流石ミカ校長先生ですね!」
当然だろ? と、そんなミカをよいしょするミィである。その口調は慣れていて、日常的に行われているようなまでにスムーズであった。
「こうやって言っておけば、ご機嫌だから……」
「……生徒たちも大変なんよね」
実際慣れたことであるらしい。小声で教えてくれたことから、それなりに苦労してるんだなと感じる夜桜である。
「ふは、もっと言ってくれていいんだよ」
「よっ、世界一!」
「よし、成績を上げておこうか」
「校長。それではミィ君が不正をしたという噂が広がりかねません。おやめになるべきかと」
「はーい、兄さまに賛成ー」
完全においてけぼりの夜桜である。机を挟んで向かい合って座ることにはなったが、自然と蚊帳の外になってしまう。
疎外感を苦痛に感じる性格ではないが、つまらないことには変わりない。窓の向こうで風に流されていく落ち葉の様子を、ぽけーっと見守ることで暇を潰す。
懐かしく、いつか見たかのように思う風景を。不思議な気持ちで眺める。
見えるものは自分の知る世界と変わりはない。恐らくは、ガワだけは同じの住人たち。ふと、ここは何かが違った世界なのでは、と夜桜は思う。
誰かと誰かが出会わなかった世界。逆に出会っている世界。生き方も、死に方も、別の未来を選び取った世界なのかもしれないと。
チャチャが見せてくれた、いくつもの世界を目にしたのは記憶に新しかった。ありえない話ではない。
だがそれでも、よく考えればおかしい点は確かにある。ジーン達と出会っていないのは百歩譲って良しとしても、一番はおかしいのはミィと夜桜が姉妹であること。ミィは過去の人間であり、夜桜と姉妹であるのは明らかに捻じ曲げられている。
「だけどなんだか、居心地は悪くはないんよね」
「ん? お姉ちゃんなんか言った?」
「ううん、なんでもないんよね」
夢かと思うぐらい、おかしな世界で。夢だからこその、あのふわふわした感覚が。現実なのに現実じゃない気持ち悪さに。
「それで、話は終わったんよ」
「ああ、済まないね。待たせてしまったかな」
「気にしてないんよ」
話していた内容などは記憶として記録されることなく全スルーであったが、雰囲気から一区切りついたことを察するくらいはできたらしい。
神子様として敬う気持ちはあったはずなのに、何故か目の前の彼女にはその気持ちが微塵も湧いてこない不思議。姿は同じでも、やはり別人なのだと身体が感じているのか。
さてと、と話を始めた時。ピリとした空気へと変わる。ここで改めて、夜桜は身体が緊張を取り戻す。
「気を抜いちゃダメだよ? 君にとっては、ここは敵地の真っ只中なんだからね」
「……色々、把握してるんよね」
「ま、それなりにだね。僕も大切なものを失いたくはないからね」
「敵地って言い方をしたのは、やっぱりおよ以外はそっち側なんよね」
「基本的には、ね。勿論例外もいるさ」
ミカが視線を向けるのは、ミィ。
「ミィが、ですか?」
「そうだね。君は君の意志で夜桜君を、お姉ちゃんを助けたいって思ってるんだよね」
「はい」
「それは、歴とした裏切り行為だ」
ミカから向けられた強い視線で、反射的にぐっと力が入ってしまうミィ。思ってもみなかった言葉は彼女の心を揺さぶるには十分過ぎるものだった。
ミカの言葉は、ミィの胸に突き刺さる。
裏切り? 何故、姉を助けることが裏切ることに繋がるのだろうか。分からない。必死に考えるが、混乱している中で正常に思考が働くはずもなく。
「夜桜君を助けるということは、つまりこの世界を崩壊させる手助けをするということになるんだ。夜桜君からすれば、この世界は間違った世界だからね。この世界を崩壊させることでしか、夜桜君を救うことはできないんだ」
「間違った世界だと、そう認識はしてるんよね」
「いいや、違うね。僕は言ったよね。君からすれば、って。僕はこの世界が間違っているなんて思ってない。確かに僕はこの世界で生まれて、この世界で生きてきたんだ」
空気が重い。気まずいというのもあるが、ミカの気迫がのしかかっているかのように。それなりに経験を積んできた夜桜でさえ、気圧されてしまいそうになる。
「いいかい。僕は君たちの敵だ。それは変わらない」
「だったら、この時間はなんなんよ。殺し合い前の茶番なんよか?」
「茶番、まぁそうかもしれないね」
がたっ。
一瞬で戦闘態勢へと移行する夜桜。机の上に乗るのは行儀が、などと言ってる状況でもない。
今ここで行動を起こすのが最善なのか、分からなくとも身体は動く。ナイフを首元に突き付けるかの如く、夜桜が愛用する杖を瞬時に目の前のミカへと突き付ける。
話の主導権が握れれば良し、ダメなら少しでも逃げるための隙を作るために。
「――っ!」
「その手を引け」
「次はない」
しかしそう上手くはいかない。
ドーシルからは槍の穂先を同じように首元に突きつけられ。ドートからは背後を取られて。更に、ミカを護る結界を張られてしまい。動けば、なにを成すこともなく死ぬぞと。
「…………はっ」
だが、それで止まる夜桜ではなかった。より杖を突き出し結界の突破を図ろうとする。そして渾身の魔法をお見舞いしてやるぞと、不気味な笑みを浮かべ狂気的なまでの行動をやめない。
殺されないと思ったのか。いいや、違う。殺されるとしても最後まで足掻けと、身体が動くのだ。
今が最大の機会。ここを乗り切れば、これ以外の困難など可愛いものだとでも頭が理解したかのように引く考えなど一切が消え。
「い、いやぁあああっ!」
絶叫。ミィの顔が絶望に塗り潰されていく。
ドーシルの槍が夜桜の胸へ突き刺さり、ドートの拳が夜桜の腹部を貫く。
鳥たちが飛び立つ。羽ばたく音だけが虚しく残り。小さな影がいくつも通り過ぎていった。