第十七話 到着
ジーンがチャチャに追い回され、それをミィが止める。それでようやく、落ち着いて話が出来る状況になった。
「さて……俺は精霊のミカと契約できた訳だが、すぐにパワーアップはしないらしい」
ジーンは確認の意味も含めてそう言った。既にチャチャは落ち着いた様子。しっかり話を聞いている。
「俺は俺でやることが増えていくんだが……チャチャはどうだ? やれそうか?」
「大丈夫よ、やるしかないから。まともに戦闘できるようになるのは、まだまだ先だと思うけどね」
火属性の魔力がチャチャの全身を包む。赤いオーラを身に纏うその姿は、メラメラと揺らめく炎を連想させる。
「流石だな。まぁ、戦闘では心許ないがまずは第一段階クリアだな。続きは明日だ」
「えー……ま、ジーンがそう言うなら。うん、我慢する」
一日でも早くマスターしたいチャチャである。だが、焦ってはダメなのだ。慣れない事をすれば、自分が思っているよりも体は疲れてしまうもの。
ムリしても効率が悪くなってしまうだけだと、ジーンはそう考えているのだ。結果的に休みを入れた方が成長が早かった、という経験してきていたからこその考えだ。
「暫くは火属性に専念だな」
「風とか水もやりたいんだけど……」
「火属性が合格ライン超えたらな」
「ぶぅ」
今まで沢山の冒険者を見てきたが、大きく二種類のタイプに分かれているとジーンは考えていた。
一つの事を極めようとする人と、一人で何でもこなそうとする人。
ジーンは前者の考え方に賛同していた。確かに、何でもできれば色んな状況に対応することができる。しかし、それは不可能に近いとジーンがチャチャへと説明する。
「色んな事に手を出せば、一つのことに割ける時間が限られてくる。だからどれも中途半端になりがちなんだよ」
「器用貧乏ってやつ?」
「そうだな。最初は簡単な依頼が多いからさ、自分は強い。ちゃんとやれる。って勘違いしやすいんだ。でも、段々依頼が難しくなっていくと、より高度な技術が要求される」
何でもこなそうとしてきた人は、特化したものが無い場合が多い。パーティーを組んでいても自分の役割がはっきりせず、前衛にいても火力不足。後衛にいても術の種類はたくさんあるが強力な回復、強力な攻撃魔法が無い。
簡単で便利な魔法は皆使えることが多い。そしてある時思うのだ。
『本当に自分はこのパーティーに必要なんだろうか?』
ランクの高い冒険者のほとんどは、特化型が多いのが事実であった。そして、絶大な信頼関係を築いてきたグループも多い。
自分の足りない部分は頼れる仲間が補ってくれる。この状況の打破は自分には無理だけど、こいつなら何とかしてくれる。そういった考えを持つ連中ばかりなのが事実であった。
勿論ランクの高い冒険者の中には、何でも一人でやる人物も確かにいる。だが、それは卓越した才能を持ち、尚且つ努力し続けてきた人だけが到達できる領域なのだ。
「時間は限られているんだ。使い方を間違えないようにしないとな」
最後にジーンが念を押す。
「じゃ、魔物退治は任せたからな」
ジーンはチャチャの背中をポンっと叩いて歩き出していく。
「早く全属性マスターして、精霊と契約しようね!」
ミィも元気いっぱいに歩き出し、それと追うようににチャチャも歩き出す。
会話を楽しみつつ、目的地へと向かう一行。そして遂に、その時がやってきた。
「早速手頃な相手の登場だぞ?」
「うぅ、ちょっぴし緊張する」
「頑張ってね!」
初戦は四足歩行をする魔物。ジーン達を狙いとして定めたようで、ゆっくりと近づいてくるのが見えていた。
「最初だからな。魔力を纏うまでの時間は稼ぐから、さっきの感覚を思い出して、落ち着いてな」
そのまま倒してくれればいいのに。一瞬そう思ったチャチャであった。しかし、そんな考えなどすぐに捨て、目の前の魔物へと意識を向ける。
「やったげようじゃない!」
こうして、チャチャの戦いは始まったのだった。
無事初戦を終えた後も、森へ到着するまでに何度か魔物に遭遇することになった。最初は素手で戦うことに戸惑っていたチャチャだったが、森へ着く頃には随分と動きが良くなっていた。
「俺の教え方が良いおかげだな」
ジーンがそう呟くと、二人から反論を受けることになった。
「え? ちーねぇが頑張ってるからでしょ? なに勝手に自分すげーって勘違いしてるの?」
「人を褒めることも出来ないの? 私、こんなに頑張ってるのに」
「(……さいですか。何か段々と俺の扱いが酷くなってる気が……まぁでも、これ以上機嫌を損ねるわけにはいかないよなぁ)」
二人の視線が徐々に鋭く尖っていくのを感じるジーン。背筋が凍るような感覚に自分が不利だと悟る。
「そう、だな! 流石チャチャだよ。よくやった」
心へのダメージが響き、少し言葉を詰まらせてしまったジーン。ミィは少し怪しむように目を細めるが、チャチャは少し照れたように顔を俯ける。
そして、くるりと目的地に向けて歩き出した。
「べ、別に嬉しくなんかないんだからねっ!」
チャチャの声からして、機嫌は直ったようである。
「ちーねぇちょろい」とミィが呟くが、本人の耳には届かなかったようだ。
それから暫くして、一行は森の中の湖まで来ていた。魔物との戦闘があったし、ミィの暮らしていた場所の手掛かりも並行して探していた。そのため、それなりに時間がかかった。
「一応着いたけど、この後どうするの? もう少し近くを探してみる?」
そうチャチャは問いかける。しかし、何度も魔物と戦ったため疲れの色が見えているチャチャ。そんな彼女を気遣い、ジーンは休憩することを決める。
「……日没まで時間はまだあるし、少し休憩したらまだ行ってない方を探してみようか」
「さんせーい」
ミィもその意見に反対は無いようだ。みょーんと片手を上げて、賛同の意を示してくれている。
「丁度良いし、おやつの時間にしよう」
ジーンはそう言いながらクッキーを取り出す。出発する時にミーチャがジーンに渡したものだ。作ったのはミーチャではなく、他のギルド職員さんであるが。
美味しそうな匂いが漂い、間もなく二人の手を伸びていく。そして、そのまま掴んだクッキーを口に運でいった。
「ちーねぇ美味しいね!」
「ん! これほんと美味しいんだよね」
ミィの言葉にチャチャが頷く。チャチャは何度か食べたことがあるが、飽きることの無いクッキーである。
「食べ物も長時間保存出来たらいいんだけどな」
もし時間経過なしの空間魔法で収納出来るのなら、いくらでも作ってもらいたいものだ。そう思うジーンであった。
『それぐらい出来るよ? 今のジーンなら余裕だって!』
「……! ミカか?」
ミカの声が聞こえ、突然虚空へと話し始めるジーン。驚きのあまり、立ち上がって辺りを見回してしまう。
「どうしたの? 突然立ち上がってキョロキョロと」
「今、ミカの声が聞こえた気が」
ジーンが説明しても、二人が信じることはなかった。二人に信じてもらえなかったジーンは、気のせいだったと結論を出すことになった。
しかし……
『二人とも、もっとジーンを信じてあげなよ!』
またミカの声が聞こえてくる。今度はチャチャとミィにも聞こえたようで、二人共がキョロキョロとしている。
『時間が経って、契約で使った力が戻ってきたんだ! だから、召還してなくても会話くらいは出来るようになったんだよ!』
嬉しそうな声でミカが話す。ミィによると、そういった精霊がいなかった訳ではないが、数は少なかったらしい。
「それで、今の俺なら出来るってどういうことだ?」
改めてジーンがミカに聞く。
事情を知らない人からすれば、何もない虚空に向けて話しかける変態だと思う状況であった。後で二人からそう聞いたジーンは、今後気を付けようと心に誓うことになった。
『僕の力を使えるようになったジーンなら、大抵のことは出来ると思うよ? 今はまだ大きすぎる力を管理できてないだけ』
ミカから聞いた話によれば、気が付いていないだけで、今まで以上に様々な魔法を使えるようになっているのだとか。
魔力量や質は問題ないのだ。やろうとするか、やろうとしないかだけである。
「魔法は想像力……か、楽しみだな。よし、休憩はこの辺にして、捜索を再開するぞ」
「ミィは私が守るから、あんまり離れちゃダメだからね」
チャチャの身体に赤いオーラが迸る。体力が少し回復したおかげで、やる気も出てきたようだった。
「まだ喰牙に遭遇してないのは偶然なのか分からんが、気を抜くなよ」
ここまで大きな怪我をすることは無かった。最後まで油断しないようにして欲しいと思うジーンである。
「ちーねぇはそんなヘマしません!」
そんなミィの言葉を聞いて、チャチャが笑った。
「おねぇちゃん、頑張っちゃうからね!」
本当に、姉妹に見えてきたと、そう感じるジーン。
過ごした時間はまだ短いが、お互いに信頼し合っているようで良かった。そして、羨ましい。そう思うジーンであった
『大丈夫だよ! ジーンには僕がいるから!』
ミカからそう言われてしまう。嬉しいような、不思議な感情を抱くジーン。
「まぁ、時間はまだあるしな! 俺も頑張るぞ!」
ジーンは二人の肩にポンッと手を置いてそう言った。二人に変な目で見られたが、ジーンは気にしない。元気が回復したところで、三人は再び森の奥へと進んでいく。
2020/1/30(修正)
誤字脱字の修正。
セリフ、全体の文章を修正。
口調を修正。