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決まってるでしょ




 晴天。森の中に陽光が差し入り、澄んだ空気に包まれて。


 日が昇り暫しの時間が経ち、空気が柔らかく弾み始める頃。二人の機嫌も相応に上昇を見せてくる。


 木漏れ日に照らされる景色は、いつになく輝きを見せ普段とは違う何かを感じさせる。そこには会話も無く、触れ合いも無く。ただお互いの近くを意識するだけ。


 この何もない時間が苦しいわけではない。しかし、この何もない時間が特別に楽しいわけでもない。


 何か話した方がいいのだろう。手でも握った方がいいのだろう。お互いにじれったい想いを抱いているのは間違いがない。それでも行動に移す勇気がない。


 一歩。また一歩と、時間と共に進む続ける二人。


 伝えたい想いはあるはずなのに、それを言葉にすることができない。話したい想いがあるはずなのに、それを聞いてもらうことができない。


 無駄に髪を弄る。無駄に遠くの景色を眺める。無駄にゆっくりと歩いてしまう。無駄に顔を見ようとしない。無駄に服を整える。無駄に呼吸することを意識する。無駄に相手からの行動を求める。


 いつになく不自然な態度でも、それに気付くことも無い。


 何故か。


 勿論、お互いに緊張しているからである。


「いや、晴れてよかったな」


「そうね」


「……」


「……」


 仕掛けたのはソチラ。無難に対応するのは、タマ。


 そして、再び沈黙が訪れる。


「……」


「……」


 どれだけの時間が流れたのか。十秒? 一分? 余計に落ち着かない状況へと加速していくものの、二人には対処法というものを知らない。


 だから、何もできないし何をしていいのかも分からない。


 足元の小石を蹴るタマ。いつもはくだらない話を振るのはいつも彼女なのに、本日は口数が極端に少ない。機嫌が悪いわけではないのに、むすっとした表情になっている。


 おかしい。何を話せばいいんだろう。自分の声ってどんな風に出してるっけ。どんな風に話を始めてたっけ。そんな考えが、かわりばんこに顔を出す。かき回されて、ぐちゃぐちゃになって、落ち着かなくて。


「きっも……」


 無意識に漏れた言葉。それは自身に対しての、負の感情。


 だがそれは、この状況では誤解を招く事態に繋がる可能性があるわけで……。


「ぐふぅっ……!?」


 心臓を貫かれた感覚。あまりのダメージにソチラは片膝を突き、胸のあたりで服を握りしめることに。


 当然自分の失態に気付いていないタマは、突然のソチラの行動に疑問でしかない。


「なにしてんのよ」


「……いや、流石に心にキタというか」


「はぁ? わけ分かんないこと言ってないで、さっさと行きましょ」


 誤解がその場で解けることはなく、手傷を負ったままに散歩と称したデートが再開される。


 タマは頑なにデートであるということを否定するのだが、神子をはじめ施設内ではデートであるのだと断定しているのだった。


 遂にあの二人が素直になってくれたんだな……と、逆にモヤモヤしていた人たちにとってはなによりの朗報であったのだ。あれやこれやと進展を楽しみにしているのだが、今の状況を見ればため息の一つもでてしまうというもの。


 何故かギクシャクとしてしまっているこの空気を聞いたら、のたうち回る者も出てきてしまうかもしれない。


「あのさ、機嫌悪い?」


「悪くないけど。え、なに。悪そうに見えてんの」


「……楽しくはなさそうだな、とは思う」


 いやいや。もっと違う話題を振るべきだっただろ。と、思うこともなく。お互いに冷静ではないから、おかしくも思わない。


「ごめん」


「謝ることないわよ。あんたがそれだと、私もなんか調子狂っちゃうんだけど」


 ソチラの前に立ち塞がり、手を腰に置いて私気分が悪いですとアピールをするタマ。そこでようやく、お互いに顔を見合わせることに。


 ソチラは滅茶苦茶に伸長が高いわけではないのだが、タマが滅茶苦茶に伸長が低い。なのでソチラがタマを見下ろす形になってしまう。


 だが、タマを見下ろすのが好きではないソチラ。いつもはタマが浮いているので気にならないが、今回のようにタマを見下ろしてしまうようならば片膝を突くのが恒例であった。それでようやく、同じ目線で話ができるようになる。


「あはは、今日は俺もなんかおかしいよ。ほんとごめん」


「だ・か・ら。謝んないでって言ってんの! 分かる? 謝らないでよね!」


 ようやくいつもの調子を取り戻してきたらしく、ソチラもタマも言葉に力が入ってくる。


 気持ちが楽になれば、あとはもうなるようになるだけ。何を意識することもなく、いつも通りに会話も始まっていくことだろう。


「……ごめん」


「それは馬鹿」


「……ごめんw」


「笑っちゃってるじゃないw」


 お互いに笑って。


 再び歩き出す頃には、自然と二人の手は繋がれていた。どちらかが動いたわけでもなく、それが普通だとでもいうようにお互いに求め合った結果であった。


 想いの強さは言うまでもない。死を超越し得るほどにまで膨れ上がったお互いの気持ちは、一つ素直になっただけで次々と見える形となって現れていく。


 もっとも、所構わずイチャコラするまでにたがが外れることはないのだが。それでも、「あれ、前からこんな感じだったっけ……?」と思われる程度には変化が訪れることになる。


 それは、施設の皆が待ち望んでいた変化であった。その変化があっただけでも、今回のデートは大成功であると言えるだろう。


 まあ、そのデートもすぐに中断されることにはなるのだが。


「……いやまぁ、仕方ないか」


「見て見ぬふりするようだったら、ぶん殴ってたわよ」


「おぉ、怖い」


「思ってないでしょ、それ」


 水を差すかのように、魔物の群れが施設の方へと向かっていくのを感知する二人。


 正直に言えばそんなこと気にしないで続きをどうぞ、と思う者しか施設内にはいないのだが。そこまで浮かれるのは二人自身が許せないらしい。


「軽い運動くらいはしないとな」


「それ、わざわざ休みを貰った意味ないんだけど」


「知らないのか? 全く身体を動かさないのは、それはそれでダメなんだよ?」


「はぁ、どーだか」


 にっ、と笑って。ソチラは、タマは思う。


 こんな状況も彼(彼女)がいれば楽しいに決まってるでしょ!




2020/12/19

誤字修正。

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