表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/347

友情の形



 ジーンと別れ、一人廊下を進む。長く、遠い道のりに感じてしまう。また、いつまでも続けばいいのに……、とも思ってしまう。


 向かうのは、いつしか己の欲望を曝け出した相手の元。今更謝っても、後悔の想いを語っても、無駄なことかもしれない。会うという行為すら、拒絶されてもそれもそうだと理解できる。


 暗く、影の濃い通路。


 明かりもあるし何なら掃除もされていて綺麗な道ではあるが、目に見える景色など心の調子でいくらでも変化してしまう。


 怖い。不安。痛い。後悔。ぐちゃぐちゃに渦巻く精神状態のチャチャからは、まるで世界に闇が覆いかぶさっているかのように見えていることだろう。


 何を話そう。何を語ろう。何を告げよう。ぐるぐると行き先の無い思考は迷い果てる。


 やめてしまおうか。逃げてしまおうか。忘れてしまおうか。芯にこびり付いた恐怖は、そんなことを考えさせる。


 やめちゃダメだ。逃げちゃダメだ。忘れちゃダメだ。錆を削り取る勇気は、精神を擦り減らし果てなき摩耗の限りを尽くす。


「何しに来たの? あはっ、まさか謝りに来たの? 今更!」


 視界がぶれる。それでも、崩れ落ちることなどしたくない。してはいけない。


 右に左に、強烈な衝撃に襲われる。それでも、背を向けることはしない。抵抗することも、しない。


 何かを叫ばれているが、それを言葉として理解することを脳が拒絶している。自分の悲鳴なのかすら判別もできない。


「あはっ! 抵抗しなければ許されるとでも?」


 髪を引き千切られそうになる。あまりの痛みに、涙が出てきてしまう。


 壊される。いや、壊しにきているのだと、理解する。それもしかたないのだと、流れに身を任せ痛みを甘んじて受け入れる。


「少しは! 嫌がってみせなさいよ!」


 一方的にされるがまま。


 彼女が何を叫んで、何を伝えたいのか。それを察するには今のチャチャにはできそうになかった。だから、ただされるがままになる他ない。


「私は! やり返したいわけじゃない!」


 肩を握りしめられ、そこで初めてチャチャは少しだけ顔を上げる。


「いや、やっぱやり返したい気持ちはある!」


 また殴られる。そう思ったチャチャは反射的に目を閉じて痛みを堪えようとしてしまう。


 震えている。それが自身の身体なのか、肩を握るサイラの手なのかは分からない。


 そして、再び訪れる頬の痛み。


「あはっ、これで最後」


 今、鏡を見たら自身の膨れ上がったほっぺに驚くことだろう。それほどまでに、はたかれたわけであるのだが……。


 チャチャの中では納得ができない。


 どうしてやめるの。もっと傷つけてよ。もっと痛めつけてよ。もっと楽しんでよ。もっと嗤ってよ。


 自身がやったことと同等以上のことを受けることでしか、償いができない。それ以外の方法が思いつかないチャチャにとって、理解できない状況。


「あは、案外私って根に持たない人間らしいね。ね?」


「満足したの」


「満足したってより……仕返しをしても意味が無いんだって、やってみて気付いちゃった? って感じ? あはっ」


「……だめだよ。私、あなたにもっと酷いことしちゃったから……!」


「あはっ、もしかしなくても被虐の趣味をお持ちで? やーよ、私は加虐癖なんてもってないし。そーゆーのは彼氏とでもやってね?」


 謝る側の立場であっても、許容できるラインというものがある。サイラのその言い草に、少しむっとするチャチャであった。それでも、冷静さを欠くという失態は見せることはない。


 深呼吸、それともため息か。深く呼吸をして、真っすぐにサイラを改めて見つめるチャチャ。


「あはっ、やっと目を合わせてくれた」


 怖くて、苦しくて、逃げたくて。それでも向き合って。


「ごめんなさい」


 それ以外にも言葉が要るのかもしれない。


「本当に、ごめんなさい」


 それ以外に、相応しい言葉が存在しているのかもしれない。


 だけど、飾られた言葉よりもずっと良い。並べられた、カタチだけの言葉よりもずっと良い。


「……今からヤらない?」


 なんとも吹っ切れない靄のような不快感。全てをナシにしたわけでもないし、気にしていないわけでもない。ケジメをつける意味でも、サイラは提案をする。


「やるって、何を?」


 一方で、サイラの言葉の意味が分からず困惑するチャチャ。薄ら笑いを浮かべるサイラに寒気を覚えるが、ここではぐらかすのは許されないし、チャチャ自身も許したくない。


 様々な可能性を考えるが、正解など分かるわけもない。


「ついてきて」


「えっ、ちょっと……」


 敵であった人間にも自由は認められている。拠点内を歩き回ったり、訓練場で身体を動かしたり。


 サイラとチャチャが一緒に出歩いているという点で不思議に思う人はいるだろうが、それだけ。すれ違う人は必要以上にサイラを警戒することもなく、特に問題も無く目的の場所へ辿り着く二人。


「ええと、ここで何を?」


 移動中も目的を教えられることなく、手を引かれるままだったチャチャ。連れてこられたのは、広い空間が確保されている訓練場と呼ばれる場所。


 先客というか、日常的に訓練場を利用している者が既に何人も。新人からベテランまで、幾人もの戦闘員がそこにはいた。見慣れない二人に若干の注目を集める彼らであったが、すぐに自分の訓練に意識を戻していく。


 多くの視線を気にすることも無く、サイラはその中央へと堂々と進む。当然、手を掴まれているチャチャも同様に。


「ちょっと使わせてもらうわ」


「え、あ、どうぞ……」


 一応礼儀として一声かけるという意識はあったらしいのだが、断らせる気のない態度で無理やりに場所を確保するサイラであった。


「勝負よ」


「今から?」


「あはっ、全力でヤろっか」


「でもっ……」


「はじめ~っ!」


「っ!?」


 っどおおおぉぉぉん!!


 全力の右ストレート。咄嗟に防御するチャチャであったが、勢いそのままに壁にぶつけられてしまう。


 壁が壊れることはなかったが、それは訓練場の壁が特別頑丈に作られているから。その分、衝撃がもろに身体へと跳ね返ってくる。


「っつぅ……」


「あはっ! 油断しすぎぃ!」


 っごおおおぉ!!


 渾身の回し蹴り。チャチャが態勢を立て直すのを待つことなく、一方的に攻撃をしかけていくサイラであった。


 突然始まった試合とも呼べない状況に、戸惑いを隠せない周囲の戦闘員達。ベテランの者はいち早く仲裁に入ろうと動き出すが、それは中断されることになる。


「大丈夫だからっ!!」


 チャチャはそう叫ぶ。


「あは、頑丈すぎ」


 すぐに立ち上がってくるチャチャを見て、その耐久力に思わず引くサイラ。全力ではないが、別に手を抜いたわけでもない。それなのに、思いの外ダメージが大きくないのは如何なものか。


「流石に私も、イラッときてるんだけど」


 サイラの目の前まで歩き出て、そう一言。


「あは、今更? サンドバックごときが反撃してきたところで、こっちは問題ないんだけど?」


「……あぁ、そういう。だったら、そうさせてもらう」


 っどおおおぉぉぉん!!


 お返しの左ストレート。サイラが反応できる程度にスピードを押さえたものの、その威力は岩をも粉砕する破壊力が。


「あっは、やればできるじゃん」


「どうも」


「まぁ、クズに何されてもクズだし」


「……そのクズに負けたのは誰だったっけー?」


「あーヤダヤダ。過去ばっかり見てる女って気持ち悪くてしょうがないわー」


「はぁ? あんたみたいな雑魚に言われたくないんだけど!? ざーこw」


「あっは、煽り方ざっこw どうしてそんなにも自信満々に言えるのかなあw」


「きっも! 人のこと言えないでしょw あ、それにも気付かないってこと? 脳みそまでザコなんですねーw」


「…………」


「…………」


「「コロス……!!」」


 殺し合い(喧嘩)の始まり。


 殴る蹴るに罵声罵倒からの取っ組み合い。格好も建前も関係無しに心からのぶつかり合い。


 流石にマズイと感じたのか、戦闘員達が止めに入るもお構いなしにより過激に熱く盛り上がる。千切っては投げ千切っては投げの繰り返し。


 結局最後まで立っていたのはチャチャとサイラの二人だけ。決着も、どう終息したのかも誰一人として知らない。


 服も破れて全身傷だらけ。血が出るわ骨が折れるわの大騒ぎ。


 ただ、何故か。


「それはもうお互いに笑っていて……」


 身体を動かそうと訓練場へやってきた騒動を知らないソチラ。二人共、満足げに気を失っていたのだと第一発見者である彼はそう語るのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ