第百四十六.二話 ただ……
青い空。流れていく白く輝く雲。吹き抜ける風に揺れざわめく木々に、荒々しく傷跡を訴えかける戦場の跡。
長く時間を積み重ね好きなままに成長を続けてきた、大きすぎる自然。それがたった数十分で壊滅的なまでに姿を変えてしまっていた。
先程まで絶叫や爆発音の嵐だったわけではあるのだが、やはり嵐というものは過ぎていくもの。今では姿こそ変わってしまっているが、日常を取り戻し人工的な音は消えている。
唯一聞こえてくるのは、語り合う人の声だけ。
わちゃわちゃとした雰囲気は消え去り、ゆったりとした空気が流れ一様にしてそれを乱す者はいない。
「…………はぁ……」
「…………ふぃ……」
気の抜けた声を漏らし、疲れを隠そうともしないままに寝転がる。
ごつごつとした、削られた地面にではない。わざわざ、柔らかく草の生えた寝心地の良さげな場所を探してまで、この状況を求めていた。
その甲斐があったらしく、目を細め心地よさを隠そうともしないままに時間を溶かしていく。
「……今回はソチラが大活躍だったなぁ」
「えぇ、今回は褒めることが多いと思うわ」
ジーンの言葉に、否定することなく同意を示すチャチャである。
「…………今日もチャチャは可愛いなぁ」
「えぇ。そうね。その通りだと思うわ」
「…………」
チャチャは何も考えていない。蕩けた声と返答の仕方でそう判断するジーンである。もっとも、それで問題があるわけでもないので何も言わない。
あぁ~、可愛いなぁ。と、改めて思い直すだけであった。
「いやでも、ホントはジーンさん主軸の予定だったじゃないですかぁ」
「? そうだったかぁ……?」
いつそんな作戦を組んだんだよ。そんなツッコミは、今回はぽいっとそこら辺に捨てている。
「まぁ、でも。あれだけ言われたら譲るしかないんだよなぁ」
「……言われる? 誰に、何を言われたんですか……?」
ぴくっと、一瞬だけ身体を固まらせるソチラ。嫌な予感、というものが身体を駆け巡る。
「ぁあ? そりゃタマに『今回は私達に任せて』って……」
「い・つ・の・ま・に!?」
「いやだから戦闘中……」
ソチラのその様子を見て、あぁ、タマの独断だったのかと察するジーン。
「ぁぁぁああぁ~~~~……」
一方その頃脳の奥から溶けているタマの耳にはソチラの抗議の言葉が届くはずもなく。煩わしい声に反射的に魔法をぶち込まれ撃沈するソチラを横目に、それ以上踏み込む必要はないと理解。
あの二人で完結するのならば、あえて周りの人間がどうこう言うこともない。詰まる所、タマの怒りの先が自分に向かないよう、無視を決め込むのだ。
「あーもー、タマってばまたそうやって。愛想尽かされちゃうよ?」
「……やだ」
「やだ、って……子供かっ」
唯一ミィがそんな会話を交わしているだけ。
ただ、お互いに寝そべった状態であるのだが。完全にスイッチも切れていて、思考も回らず素が飛び出していることにも気付かず違和感にも挨拶してしまうほど。
零れる日向に、流れ伸びる雲の隙間を飛んでいく小鳥の群れ。
鼻に香る、好きの象徴であるモノの気配。
指に触れるのは、今こそ欲する温もりであるのか今こそ否定する冷やかさであるのか。
確かめるのは、在るということ。
噛み締めるのは、居るということ。
想うのは、どれだけの時をということ。
知るのだ。気付くのだ。思い出すのだ。
心当たりなど、数える程だろうが数え切れない程だろうが関係ない。在ることに価値を感じるのだ。
少なくとも、彼らは彼女らはそうであった。
「好き」
「……おう」
「いやジーンのことじゃなく……、ってそこはすぐに返事しなさいよ」
誰しもが素直に過ごせる日常に紛れ込んだ特別の狭間。
心よりの囁きが風に流されることも、第三者に邪魔されることも。羞恥という凶悪すぎる壁を越えられないなんてこともなく。
アツアツのブラックコーヒーに混ぜたら丁度良いくらいの甘ったるいだけの空間。
虫の現地集合場所に指定されそうな蜜のたまり場。
濃淡も起伏も明暗もない。ただ、いいなぁ。ってだけの空間。
羨ましくも妬ましくも恨めしくもない。ただ、いいなぁ。ってだけの空間。
いいなぁ。
うん。たまにはこういった話があってもいいよね。