第百四十四話 ただしそれは最悪の結末
「あのー」
未だ煙が視界の大部分を占めている中、ここで確認を。といった様子でリィが神二人へと問いかける。
おずおずと手を上げる彼だったが、そんな動作など神の眼に入るわけもない。普段なら気付かないままに過ぎることであったが、今は非常時だからであろうか。
若干楽し気にリィへと目を向ける二人であった。
「どしたん」
「つまらんこと言ったら消し炭なのです」
二人の醸し出す『期待してますよ』という雰囲気から発言のハードルが一気に爆上がりする。隣に居るミィなんかは、自身の兄が何を仕出かすのかと心配でしょうがないといった面持ちである。
もっとも、そんな空気に負けてしまう程神経の細いリィではないのだが。二人の期待などそっちのけで、自らの疑問を解消するために発言をする。
「これって、勝ち目あるんですよね? 何か、考えがあるんですよね?」
「……ぶー」
「消し炭なのです」
リィの発言は不正解だったらしい。怒りに触れた。とまではいかないが、不機嫌を煽る程度の効果はあったようである。スッ、と自身の左手をリィの肩へと置くうーちゃん。
「ん? えーっと、これは……?」
「消し炭なのです」
繰り返される言葉。それだけをプログラムされた機械かのように、それしか言葉を発しない。
既に視界を覆っていた煙は晴れかけていて、戦況が動き出すのはもう間近といったところか。しかし、そちらへ関心が向くことはなかった。正確にはリィへの嫌がらせの方が優先度が高く、興味は戦闘状況よりもリィへ移ってしまっていた。
守護する対象がそんなでは、ドーシルもドートも苦笑いを浮かべるしかない。著しくテンションが下がった状態で、武器を構え直す。
「センスのねぇやつはお仕置きの刑だ」
「……消し炭なのです」
「そう何度も言われると流石にこわぁばばばばっばばばばばば!?」
天罰が下る。プスプスと煙を上げ、文字通り真っ黒焦げな消し炭と化すリィ。まさに人間の域を超越した存在からの、お仕置きであった。
死んではいないし、見た目ほどにダメージも大したことはない。うーちゃん的な演出としてより派手に魅せているだけであったが、やられた側はたまったものじゃないのは確かである。
「し、死ぬの……?」
「……あぁ、兄ちゃんは、もう……ダメかもしれない」
本気で心配する妹の気持ちを理解しながらも、冗談半分で会話を続けていく兄。こんなやり取りも懐かしい。と、しみじみしてしまうリィであった。
「あ、あとのことは……たの、ん……だ……ぁああばばばばばば!?」
ただ、そんな茶番を長々と見守る趣味を持つ人間はここには居なかった。
「いつまでやってんだ」
「ミィちゃんを悲しませるやつはお仕置きなのです」
悲しませる原因を作ったのはあんただろ。その言葉をぐっと堪えることはできなかったので本人には聞こえないくらいのめちゃくちゃ小さな声で零す。
「あばばばばばば!?」
「聞こえてるのですよ?」
壁に耳あり障子に目あり神に全知全能あり。うーちゃん相手には完全に悪手であった。
「ひ、ひど過ぎる……」
「神はいつだって理不尽なのです」
「自分で言っちゃったよ……」
「ミィ、何か言ったんよ?」
「いいえ、何も。それよりも……お兄ちゃんがまた何か言ってます」
トカゲのしっぽ切り。
無情にも兄を切り捨てるミィの姿は、リィの眼にはどんな風に映っていたのだろうか。
酷い? 最低だ? 裏切り者? いやいや。どれも違う。
『妹が救われるのなら俺はどんなことだって代わりになろう』
そんな言葉を残して逝った(逝ってない)一人の男がいましたとさ。めでたしめでたし。
無事(?)消し炭となったリィを捨て置き、残りのメンツで会話を始める。
「それで、この状況をひっくり返す策はあるのですか」
「兄さまと私だけじゃ、流石に護り切れないし。ジーン達が全滅したら終わりなんだけれどもです?」
リィの想いは受け継がれていた。というより、誰もが思っていたことを口にするドート。ドーシルも発言はしたものの、途中から話しかけているのが誰なのかを思い出し語尾が変になっていた。
そんな兄妹の言葉に、「うーん……」と考えるような素振りを見せるうーちゃんと星導神。そんなところは似ている二人である。
「一発逆転のうーちゃんパワーはまだ溜まってないのです!」
「ないわけじゃないけど、あるとも言えない。って感じ。……ああ、うーねーさんは無視でおけ」
「……むぅー」
星導神の態度に憤慨するうーちゃん。ほっぺをぱんっぱんに膨らませて、不満の気持ちをこれでもかと見せつける。
ぷしゅっ、と両手で押さえつけるようにして空気を抜く星導神。ムニムニと撫でてあげれば、満足げに顔を緩ませるうーちゃんである。完全に扱いを理解している妹(?)であった。
「私は幾つもの分岐を知ってはいる。けど、何が正しくて何が彼らの望む道なのか、それが分からない。だからこそ彼らが、自分達で掴み取るしかないの」
もしも好きにしていいんだったら、ここにいる人間の半数以上が死ぬことになる。そう締めくくる星導神。つまり、結局のところ自分達でなんとかするしかないらしかった。
絶対的な攻撃の余波を捌きつつ、いよいよ壁と壁、床と天井に挟まれてしまった心地になるドーシルとドートであった。
「過去の未来の凄まじい力にはホントびっくりだけど、しょうがないよね」
「ねー」
「ねー」
一様にして吹き飛ばされるジーン達は背景。轟々と鳴り響く破砕音はBGM。
当事者であるはずなのに私達関係ありませんよとばかりに第三者を演じるのは、いかがなものか。温度差を気味悪く感じてしまう。
決してどちらかが熱い冷たいの違いはないので、温度差とは少し違うのかもしれない。だが、何かが違っているのは間違いがなかった。
「でも不思議」
「ああ、何故だろうな」
負ける気がしない。
不安も恐怖も感じている。だが、負ける気はしない。
この矛盾している感覚は、一体どこからくるのだろうか。勿論、きゃっきゃと騒がしい二人の神の存在からであった。やってやるぞとヤル気もりもりかかってこいと気合ばりばり。
「あ、これウマー」
「うまー、なのですー」
菓子もばりばり。ご満悦の二人であった。




