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第百三十九話 その時。全てを思い出す。




「ほんとごめん。おんなじこと言ってるけど、彼女を呼んだだけじゃダメだったんだよね」


 ハハハ、と笑って誤魔化すリィ。自分の話術があまりにも低レベル過ぎて、逆に驚いてしまう。


「まぁ、それ、は……うん。しょうがない。それで、他に何をしたんだ?」


 話が下手なのはどうしようもない。自分も人のことは言えないことを自覚しているジーンは、少しでも手助けになればと話の進行を促すことに。


 もっとも、不器用な二人が力を合わせたところで大きな変化はない。


「未来を確定させたんだよ。妹を、未来に送ることでね」


 お先真っ暗だった世界の、たった一つの小さな光。小さすぎるそれはすぐにでも消えてしまいそうで、なんとも頼りない。だが、崩壊以外の道が消えたその世界にとっては、十分過ぎる大きな希望の光だった。


 現在と未来を繋ぐ。その仕事は、星導神によって寸分の狂いもなく達成されたのだ。


 リィと星導神。そして、ミィによって。この世界は一度救われていた。世界の崩壊を防いでいたのだ。


「ま、それで全て解決すればよかったんだけどね」


 結果として、星導神は眠ってしまった。それでは再び世界が崩壊してしまう恐れがでてきてしまうからして、リィとしても満足できるはずもない。


 それからリィは、星導神を目覚めさせる方法を必死になって探すことになるのだが、そこでも問題が起きてしまう。


「僕自身、この世界に干渉することができなくなってしまったんだ」


 時間が流れているのかすら分からなくなってしまうほど長い間、真っ白な空間の中で一人。


 一秒なのか、一日なのか。比べるもの基準となるものが何もない。


 不思議と、食事も睡眠も不要になっていた。


 およそ人間ではなくなったかのような、ふわふわとハッキリしない意識がどれほどに続いたのか。


 ふと、目の前の景色を自覚する。見覚えあるような、ないようなどこかの森の中。


 同じような木々が奥まで続き、ふらつく足で進み続ける。


「見つけたのは、住む人間がいなくなった古い家だったよ」


 あれからどれだけの月日が経っているのか、それすらも把握できないままにその家に近づいていく。そして、躊躇うこともなくドアを開けて中に入る。


 どれだけ古くなっていても、自分が暮らしていた家を間違えるはずがなかった。


 魔法によって一定以上の状態を保たれていたため、木が腐っていたり柱が折れていたりといった老朽はしていない。冷たい空気だけがリィにまとわりつくだけ。


 無人の場所に、現状を知る手がかりなどあるはずもなく。意味もなく部屋を一つ一つ回った後で自らのベットに倒れ込む。


 そのまま、力なく息を吐く。すると、おのずと気持ちの良い気分が訪れ、意識も身体も軽くなっていく。久しくしていなかった睡眠であった。


 次に目が覚めたのは、夜。


 未だぼんやりと霞む思考の中、身体を起こす。気怠い身体。呼吸をするたびに自覚する喉の渇き。血が流れる独特のあの感覚。


 その時、生きているのだと改めて認識したのだ。


 世界の崩壊をとめ、未来へと繋ぐことができたのだと。こうして生を感じられるのは、世界を救うことができたからなのだと。


「結局、僕が目覚めたのは数千年が経った後だったよ。まぁ、目覚めたって言っていいのかは未だに分からないけど」


 リィは顕現の力によってその時点での記録を集めた。その過程で数千年の年月が経っていたのだと判明したのだが、そこはあまり気にする部分ではなかった。


 不自然なのは、その記録の豊富さだった。


 いつ、どこで、何が起きたのか。その記録が過去数千年分、途切れることもなく残っていたのだ。


「おかげで色んなことを把握できたけどね」


 それからの問題はたった一つだけだった。


 再び、世界の崩壊が起きないように星導神を目覚めさせること。何度の繰り返しになるが、それが最重要案件であった。


 自在に顕現させられることを把握したあと、リィは様々な手段を試していくことになるのだが、その過程で問題が増えることになる。


 星導神が生み出す影だ。


 防衛機能なのだろうそれは、星導神を護るように近づくもの全てを排除しようと働き続ける。その影のせいで、リィによる星導神お目覚め大作戦は一時中断となったのだ。


 誰も近づくことのない地中深くに場所を移動させ、自らの活動拠点を構えるといった流れ。


「で、現在に至るといったわけよ」


「…………はぁ~」


「……いや、貴様の過去を知りたかったわけじゃねぇけどよ」


 完全に行方不明。話題の道標が消失しているのだろうリィは、語り切った顔をしていた。満足げにカップを傾け、彼の優雅さというイメージをそのままにその香りと味を楽しんでいる。


 話が進んでいるようで、実は一歩も前に進んでいない。


 この状況には、うーちゃんですらため息が漏れてしまうというもの。ティティも怒りは既に消え失せ、呆れてしまっていた。


「話がつまんねぇからうちの可愛いのが寝ちまったじゃねぇか」


「……すやぁ…………なんよぉ」


 夜桜愛用の抱きぬいぐるみもいつの間にか用意されており、夜桜は完全に睡眠モードに入っていた。


 普通は居眠りをしている彼女を叱責するようなものだが、責任はリィにあると主張するティティである。


「え、それ別に僕悪くない……」


「あぁ?」


「不手際はこちらの責任に在りますよね。勿論ですよハハハ」


 冷静に言葉を返しているつもりでも、手汗はびっしょり喉はカラカラ今すぐにでも逃げ出したい気持ちが収まらぬこの冷めた空気。


 若干温かい飲み物程度では冷え切ったこの場に熱を与えることなどできず、かといって爆笑の嵐を呼び起こす魔法の持ちネタも有るわけもなく。


 手助け要員であるはずのジーンも役立たず。影を阻む防壁を維持してもらっているミカ達に助けを求めるのは気が引けて。


 マインヴァッフェを弄るエルは論外で、影との戦闘を始めていたソチラも戻ってくる気配は未だなく。


 唯一可能性がありそうな人物へと、必死の助けてビームをこれでもかとぶつけるリィである。


「ん? 何よジロジロと見て。キモっ」


 助けてビームは逆効果であったらしく、タマにさえ見捨てられるリィであった。


『――』


 菓子を食べ、それを飲み物で流し込む。


『――――』


 そんな行為も、数秒の時間稼ぎにしかならない。


『――――ぁ』


 いつまでも飲み食いしているわけにもいかない。


『――――ぁ』


 まさに神頼み。神など存在しないこの世界で、神に祈るなど無意味そのもの。


『――――あー……これ、聞こえてるのかな?』


 そう。今まさに幻聴が聞こえているが、これほどにまで澄んで綺麗で愛らしい声の持ち主に助けてもらいたいと。


『――お兄ちゃん? 聞こえてる?』


 懐かしい。妹にそう呼ばれていたことを思い出す。今はどれ程にまでの美少女に成長しているのか、想いを馳せる。


『反応ないよ……え? 皆は聞こえてる、って?』


 もしかしなくても嫌われているのだろう。自分を狙っているのが兄だったのだ。恨んだり、憎んだりしてることだろう。


『お兄ちゃーん! 聞こえてるんでしょー!? 返事してよー』


 現実逃避、とでも言うのだろうか。聞こえている声は幻聴であるのだと信じてやまないリィ。


 それを終始見守る一行。というより、声をかけても空返事ばかりでどうにもできないという状況であった。


 声の正体は言うまでもなくミィ。それを認めたくないのか、リィの心は妹の声を受け入れず。気付いて欲しいとグイグイと声だけでもと迫るミィ。


 さて、リィを現実へと引き寄せるのは。


『――――』


 伸びる手の先に触れるのは頬。そっと、無理やりにでもこちらへと顔を向けさせてやる。と、想いは強く、力は抜いて。


 近づけるおでこに触れるのは額。ようやく、自分から目を合わせようとしてくれる。懐かしい色が、昔と変わらない大好きな輝きが。


 沢山言いたいことはあったはずなのに。ひたすらに声を出して語り合いたかったはずなのに。


 今は、ただこうしていたい。それだけであった。


「ミィ……」


 久しく聞いていなかった兄の声は、酷く、掠れていて。それでいて、あの時のまま。


 そう、あの時。私を封印した時の、あの時の声だった。





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