第百三十五話 やだやだやだ
こっわ。あの人こっわ。
あくまで平静を表面に貼り付けているリィだったが、内心では心臓バクバク。クッキーの味は分からないし喉が渇いてしかたがないしで、恐怖で打ち震えていた。
襲われたら死あるのみ。
そういった未来があることは既に覚悟していたリィであったが、この状況は想定外。まだ役割を終えていない今、あっさりと退場するわけにはいかないのだ。
そもそも、どうしてティティさんが居るんだよ! ドーシル兄妹の処理でさえ一杯一杯なのに!
彼の張り裂けんばかりの不満。上手くいくように準備をしてきたはずだったのに、何がどうして何処で準備不足を見逃したのか。
守りたいモノのために、それこそ一生をかけて行動してきたのに。
「なんとか言ったらどうだ、あぁ?」
目の前に迫る勢いで睨みつけてくる彼女の、その拳一つで全てが終わるのだ。
勘弁して欲しい。その一言に多くのモノが詰まっていた。
「……分かったって」
「ん? 何を分かったって?」
「うん、大丈夫。全部話すからさ」
思い切りが重要だって母さんも言ってたんだ。よし、作戦変更だ。既に大きく想定から逸れてしまっているしね。だったら臨機応変に対応しないと、他の世界と同じ結末になっちゃいそうだ。
そう判断したリィは、頭の中に敷き詰めていたモノを全て投げ出したのだった。
「ぽいぽいぽ~いっ! ってな感じでね」
「あ? 諦めたのか?」
「ハハハ、思い通りにはならないみたいだからね」
なるようになるさ。って、父さんも言ってたんだ。やるだけのことはやってきたと自信を持って言えるのなら、何も心配はいらない。もしも失敗したのなら、それは最初から無理だったんだって。
やるだけやったのならドンと構えとけ。って、昔は分からなかったけど今なら分かる気がするね。そもそも心配する要素がないんだから、怖がる意味はないよね。
「もう隠し事はなし。とまでは言えないけど、できるだけの情報は話すよ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
リィはカップに震える手を伸ばしていく。
「おいおい、そんなんでホントに大丈夫かよ?」
吹っ切れたのはいいのだが、依然恐怖の象徴が目の前にいることは変わらない。リィの手が震えるのは仕方がないと言えるだろう。
「お、お師匠。こ、このクッキー美味しいんよね」
「んぁ? まだ食ってねぇよ」
「およよ、ではでは……あーん」
「ん、あーん……うめぇな!」
殺されるかもしれないという恐怖に打ち勝ち、息も苦しい劣悪な空気を換気すべく。勇気を振り絞った夜桜の会心の一手。
「(グッジョブ、ちぃちゃん!)」
「(ナイスよ夜桜!)」
「(……よっちゃん、流石)」
「(ありがてぇ、マジありがてぇ)」
「(女神かな? 君は、僕の女神かな?)」
陰でサムズアップをビシィぃっ! と決める一同。示し合わせたかのように同時に行われたそれは、夜桜のその行動こそ誰もが待ち望んでいたことであったという証拠に他ならない。
「こっちも美味しいんよ」
「ん、ん~まいなこれも!」
なんとかティティのご機嫌を回復させることに成功し、一安心する夜桜。その後も気を逸らし続けるために、何かと話しかけたりあれやこれやと菓子を勧めたりするのであった。
「さっきも話した通り彼女、星導神の力が無ければ世界の崩壊を阻止することはできない。そこはいいよね」
「あんたの言ってることが本当だったら、の話だけどね」
「ハハハ、信用ないなぁ」
当たり前だろうと、誰もが思ったであろうリィの言葉。そんな思いを吐き出す代わりに、仄かに甘さが残るつばを飲み込むジーンであった。
「でね、彼女を起こすのが世界を救う唯一の方法なわけだけど……」
「ん、どうした?」
「困ったことにその起こす方法ってのが、ね」
察してくれとばかりに視線をぶつけるリィ。そんなモノを寄越されても、と困惑するジーンやチャチャ。なんともハッキリしない、微妙な空気が流れてしまう。
「ね、って言われてもな。まさかその方法が分からないってわけじゃあるまい……し……」
ジーンは言い終わる前に全てを察してしまった。
嬉しそうに。フィンガースナップを響かせ。ビンゴ! とばかりに指を差し。
そんなリィを見て、全てを察してしまったのだった。
「ば、馬鹿じゃないの!? そんな大事なこと、分からないじゃ済まされないんだけど!」
「まぁまぁ。そんなにも怒らなくったって」
「それじゃ崩壊をとめられないじゃない! 馬鹿なの? やっぱ馬鹿なの?」
これにはチャチャも頭にきたようで、声を荒げて最後には呆れてしまう。
「……」
エルも何を言っているんだコイツは……と、白い目を向けてしまっている。
「ぼ、僕だってあれこれ試してみたさ。まぁ、全部空振りに終わってるけど」
「結果が出てないじゃない」
「あはー、こりゃ手厳しい」
一大事であるはずなのに、どこか余裕のあるリィの様子を見て不思議に思うジーン。チャチャと言い合ってはいるが、何かまだ隠しているような。
つまりは、手掛かりないしは考察があるのではないか。そんな風に感じるのであった。
「あーもーやっぱりダメね! 今すぐにでもミィに連絡とって……」
「無慈悲! それは無慈悲なんじゃないかなぁ!?」
「うっさいわね! 一喝入れて貰いなさい!」
「やだやだやだ! 妹の怖さを知らないからそんなことが言えるんだ!」
「いい大人が駄々こねるんじゃないわよ!」
ガッとリィの肩を掴んで迫るチャチャ。
これでもかと大振りに拒否反応を示すリィ。
「あはは、楽しいね」
「ううっ、同情するぜ」
ジーンの横で笑うミカ。チャチャの態度に共感を覚えるイッチー。
「やっぱり、皆でお話しできるのって嬉しいのです」
笑顔一杯で、そう声を弾けさせるうーちゃん。
「ぷんすけも、食べる……?」
「ぷんっ」
ペットのエサやり。そんな雰囲気を作り出しているエルとぷんすけ。
「お師匠、零れてるんよ」
「ん、ああ。すまんすまん」
師匠の相手をする弟子に。
「はい、もうお菓子はダーメ」
「うぇっ? まだ三つしか……」
ソチラの食事管理をするタマ。
少し余裕ができれば周りが見えてくるもので、今あるこの光景に自然と笑みが出てくるジーンであった。
と、そこで少しばかり違和感を覚える。何か見逃してはいけないものがあった気が……。
「ん? どうしたの?」
隣を見ればミカがそう問いかけてくる。なにも問題は無い。
「フハハハハ、何も焦ることはなかった。今は外との通信はできないんだから、ねっ!」
「ぐぬぬ、なにを偉そうに……!」
いつの間にか形勢が変化しているチャチャとリィ。これも、問題は……きっと問題は無いだろう。
「こうして第三者として見てると、相当ヒドイことされてたんだな……俺ってば」
過去を振り返っているご様子のイッチーも、別段問題無し。
「? えっへへぇ~」
斜め向かいに座る少女と目が合えば、破顔の笑みを見せてくれる。
彼女もいつも通りの調子であり、全くもって問題では無いというわけではなかろうて違和感の正体は彼女でしかないことに気が付くジーン。
「うーちゃん!?」
「はいっ、皆の神様うーちゃんですっ」
きゅぴぃーん。
そこには私を見て! とばかりにポーズを決めるうーちゃんの姿があった。