第十五話 新しい力
「準備は良いかー?」
ジーンが二人に向けて言った。問題はないようで、すぐに二人とも頷いてくれる。
「道は昨日と一緒なんでしょ? ちーねぇ早く行こ!」
「よっしきた。私に任せといて!」
元気よく歩き出していくミィとチャチャ。その後ろを歩くジーンであったのだが、キャッキャウフフな二人を見て、ジーンは思った。
「……なーんか距離感がすっげー近づいてる気がする」
仲良くなってもらう分には問題ないのだが、いつの間に? という疑問が湧いてくるばかりで、何か気分が優れない。
昨日何があったのか聞きたいのだが、ミーチャに「乙女の秘密なんだからダメ」と、言われてしまっては諦めるしかないジーンである。
仲が悪いという状況よりはよっぽどいい。そう思うことで気持ちを切り替えるのだった。
「二人ともちょい待った。今日はこっちの道な」
魔物の相手をしたい。そういった気持ちを、出発前にチャチャから聞いていたジーン。より多くの経験をさせるためにも、魔物が多くいる道をあえて進むのだ。
「私は森にいる魔物でもいいんだけど」
「まぁまぁ、そう言わずに。それにただ戦うだけじゃ物足りないだろうし、少しの間チャチャは武器の使用は禁止ってことで」
そう言ったあと、ジーンが魔法を発動させる。
チャチャのダガーが光ったかと思ったら、次の瞬間にはダガーが消えてしまう。
「ちょ、ちょっと!?」
慌てるチャチャであったが、時すでに遅し。既にチャチャのダガーはジーンの手に握られていた。
「軽い準備運動のつもりで暴れてくれていいぞ。昔の勘を取り戻すには丁度いいんじゃないか?」
「軽くなのに暴れる……?」
今から素手で戦わされることを理解し、チャチャは反抗せずにはいられなかった。素手で魔物と戦うなんて絶対にゴメンだと、必死でジーンに頼みこむ。
「武器を! どうか私に武器をお恵みください! 私ってほら。攻撃用の魔法とかあんまし得意じゃないし、か弱い女の子だし!?」
「ふはは、頑張りたまえ。か弱き少女よ」
どんなに実力のある人でも、絶対の勝利はない。小さなミスが大きな危険に繋がるのだ。
しかしそれを理解しつつも、ジーンは不利な状況の中にチャチャを投げ入れる。それは自分がついていれば問題無いという自信と、チャチャにはもっと技を磨いて欲しいという思惑があるからであった。
もっとも、ただ放り出すという訳ではない。
「戦い方は沢山あるのさ。ちょっと見本をみせようか」
そう言ってジーンは、両の手に魔力を集中させていく。一般的に魔力は目で見ることはできないのだが、高濃度に圧縮させられた魔力となると話は変わってくる。
意図的に集められた魔力は、誰にでも見えるように。または感じられるようになるのだ。
意図的にという部分が重要で、これで魔力のコントロールに慣れてもらうのも一つの目的であったりする。
「魔法に対する修行にもなるし、昔の勘も取り戻せるだろ」
「でもでも、そんなんじゃ戦えないよ!?」
「そんなことないぞ? ん~、身体強化って言えば分かりやすいかな」
「身体強化って、魔法を使わずにできるものなの?」
魔力を集めた部分は一時的に強固な武器になり得る、ということをチャチャに教えていくジーン。
多くの冒険者から支持を得ているのは、魔法での身体強化。一度発動させてしまえば、一定時間は効果を発揮してくれるというものだ。
ただ、戦闘中に効果が切れるのが難点であったりする。発動者の技量によって、効果時間と効果量が変動するのも特徴である。
そしてごく少数に支持されているのが、自身の魔力を集中させることによる身体強化。魔法を発動させることもなく、即強化が可能というもの。
魔力の消費も非常に少なく、魔法での強化に比べて効果も段違い。熟練する程に、効果の上昇率も跳ね上がっていく。
魔法での身体強化よりも、魔力を集中させることによる身体強化の方が圧倒的に効率がいいのだ。
では、どうして皆が魔法による身体強化を行っているのか。それは楽をしたいからであった。
「どうしても練習や訓練が必要なことではあるんだ。でも、それが嫌な連中もいる。そんな時間があるんなら、手軽な方を選んで魔物討伐なりでお金を稼ぎたいって連中がな。その人達を悪いとは言わないが、この先俺と一緒にいたいんなら絶対に魔力操作による身体強化は身につけて欲しい」
「ちーねぇ頑張ってね!」
「ま、任せときなさいよね!」
ジーンの説明を聞き、じわじわとヤル気が湧いてくるチャチャ。親にも聞かされたことのある話だったから、余計にやってやるぞという気持ちが大きくなっていく。
正直自分には関係ないと半分聞き流していたミィも、めちゃくちゃ大切なんだっていうことを二人の様子から判断する。
「しばらくは火属性の訓練だな」
戦闘で大切な要素の一つである、敵を仕留める絶対的な一撃。その圧倒的な攻撃力の底上げをするためには、火属性での身体強化が必要になってくる。
問題なのは、チャチャが火属性をまだ十全に扱えないこと。要するに火力不足なので、火属性を中心に訓練するのが最優先だと判断する。
「いきなり戦闘は厳しいし、この辺で練習していこうか。チャチャ、魔法発動の際に何が大事だと思う?」
「えっと……まず魔力でしょ。魔力がないと魔法も使えないし。あとは、繰り返しの練習?」
「間違ってはないが、他にも大事なものがあるんだ。ミィは分かるか?」
急に質問されてビクッと驚くミィ。必死で頭を働かせ、自分なりに答えを考えていく。
「へっ? え、えっと……イメージすること、かな?」
魔法を使えないミィにとってはそれが全てだった。使えないからこそ、存分に想像力を働かせて何度も挑戦した過去がある。炎の熱さ、氷の冷たさ、風の通り道。こうなって欲しいを常に想い描いてきたのだ。
その答えに嬉しくなったのか、ジーンの声が少し弾む。
「おっ、ミィも分かってるじゃないか。魔法は、イメージすることも大事だと俺は思ってる」
そう言って、ジーンは持論を展開していく。
「魔法で水を出すとき、風を流すとき、火をつけるとき。誰しも絶対に想像するはずなんだ。そりゃ、魔力が強い方がいい。けどこうしたい、っていうイメージや、気持ちが強い人ほど使える魔法も豊富だし、効果も桁違いなんだ」
「……確かに、ちっちゃい時はお父さんの魔法を見て練習してた。でも、イメージだけじゃどうにもならないこともあるでしょ? 魔力の調節とか」
チャチャの言う通り、イメージだけでは魔法は使えない。細かい調整をするには、やはり個人の技量の問題になってくるのだ。
「であるからして、さっきの方法が有効になってくる!」
要するに、最初に魔力の使い方、制御の部分を訓練して基礎を作る。ジーン基準ではあるが、地水火風の属性をある程度扱えるようになるまでは、素手での戦闘を。
次に想像力の強化。最終的にはオリジナルの魔法を編み出してもらうこと。それをジーンは想定していた。
「魔法には無限の可能性があると思っている。是非とも、おもしろ……素晴らしい魔法を開発してもらいたい」
「うぅ……がんばる」
一度に多くの事を言われたせいで、少しだけビビってしまったチャチャ。やろうという気持ちはあっても、本当に自分にできるのか少し不安になってしまっていた。
「あー、俺もサポートはしてくし、ほら、今はとにかくやってみよう! って感じで。えっと、コツは一か所に魔力を集めるっていうイメージ。とにかくまずはイメージすること。一番得意な属性で試してみるといい」
「……手に……集める……イメージ……」
チャチャは握りしめた右手を左手で包み込むようにし、「魔力集まれ~魔力集まれ~」ってな感じで集中力を高めていく。
「もっと……一点に集中させてみて」
急かす必要もないため、以降は少しの間沈黙が続いた。一緒になって手を握りしめていたミィを見て、ジーンは満たされるような感覚を感じていた。なんかいいな、って心の中で思うジーンであった。
「あっ……光ってる! ちーねぇ光ってる!」
誰よりも先にミィが興奮して声を上げた。今回は風属性でやってみたようだ。黄と緑が混ざったような、そんな色の光がチャチャの手から漏れ出していた。
第一段階クリアだ。
「よくやった。次は火属性でやってみようか。チャチャの中で火のイメージが熱いなのか、赤いなのか分からんが、できるだけはっきりと火をイメージしてくれ」
チャチャの頬がぽっと赤くなる。不思議に思ったジーンがミィを見るが、ミィはニヤニヤするばかりであった。
特に何を言う訳でもなく、すぐに集中し始めたチャチャ。言及したいのをぐっと堪え、見守る姿勢を崩さないジーン。
「……気が散るから、あっち行ってて」
その言葉からして集中はできていなかったらしい。
「教える立場の俺が離れたら……」
「――」
スッとチャチャの目が細くなる。滅茶苦茶にらんでくるので、仕方なしに離れることにするジーンである。
「となると、やることが限られてくるのだが」
少し離れた場所でいじけるジーンだったが、そんなジーンにミィが近づいていく。
「ねぇ、それなら精霊と契約しちゃう? 多分あんまり時間かからないと思うし」
「ん~、そうするか。俺は何をすればいい?」
ジーンの目の前に小さな手が差し出される。
「手、貸して?」
言われるがままに、手を差し出すジーン。ミィは目をつむって、おもむろに深呼吸をする。するとジーンの手が……というより、ミィが輝き始めたではないか。
目を背けたくなるような強い光ではない。落ち着いた、静かな光だった。
「……あえて言わなかったんだけど、ジーンって愛されてるんだからね。精霊に」
気付いてないんだろうけど、と目を閉じたままミィが言った。
「ジーンが沢山の魔法を使えるのも、きっとそのおかげだと思うの。勿論ジーン自身が頑張ってるのもあると思うけどね。……だから、とってもこわーい子が出てきても驚かないでね?」
そして、目を開けていられない程にまで光が強くなっていく。
「――」
優しく、きれいな声が聞こえた、気がした。
「――」
初めて聞いた声のはずなのに。どうしてだろう。
「――」
何故か、聞いていて懐かしいと感じてしまう。
光が収まったあと、俺はミィではない手を握っていた。
男の子……女の子か? 見た目だけでは判断がつかない。
「やっと……やっと会えたね。ジーン」
俺の名前を呼ぶその精霊は、まだ幼さの残る子供の姿をしていた。
2019/11/27追記
話がちょっと重いんじゃ? と少し思ったので、所々言葉を柔らかくしてみたつもりです。