第百三十三話 穢れの姿
「……ぅ、ぁ」
蒼炎舞う白い舞台の上で。
対するのは桜の花吹雪に、紅き爆炎。人の姿を模した人形に、幼き姿の魔法少女。
星導神なるものが呼び出した、影を相手に戦いが始まっていた。
「……ぃ、ぃ」
人の形をしたもの。獣の形をしたもの。そのどちらとも言えない、妙な形をしたもの。
一体であれば、問題無く対処ができていた。二体、三体相手でも、それは変わらない。
「……ぃ、ぅぅ」
ただ、倒しても。倒しても。それでも次々と生み出される影。一体倒しても、その時には既に一体増えている。
影を創り出しているであろう星導神に近づこうとすれば、すぐさま影に邪魔されて。遠くから攻撃しようにも、影が盾となり壁となり星導神には届かない。
おかしい。
問題無く対処していて誰もが余裕があるはずなのに、状況が変わらない。
「ねぇ、多分あれって……穢れだと思う」
唐突に、チャチャはそう言った。誰に向けての言葉だったのかなど、本人も分からないままに頭の中の直感を言葉にする。
それに反応したのは、ジーンでもイッチーでもミカでもなく。夜桜や、エルでもなかった。
「おうおう、どうしてんなことが分かるってんだ?」
チャチャが受け子であることをティティは知らない。受け子を消すのがティティの仕事でもあるのだ。教えたら、十中八九チャチャであろうと消そうとすると予想していたから。だから、彼女には隠していた。
知っていたのは、破滅帝とイッチーだけ。神子も気付いていたかもしれない。
既にジーンにも全てを伝え終えている。全てを知った上での『帰ろう』という言葉だったのだ。怖くて言い出せなかったことを、すべて受け入れての言葉だったのだ。
もう隠し事はなし。敵が増えるかも、なんて心配をしていたって前に進めない。だからチャチャは堂々と言い切った。
「私、受け子だから」
「……ま、そんなんじゃねぇかとは思ってたけどな。今は、見逃す。まずは奴をどうにかするぞ」
どうしてか、歯を剥き出しにするほどに感情を昂らせているティティ。笑っているのだろうか。ようやくエンジンがかかってきたのか、一気に星導神との距離を詰める。
行く手を阻む影たちをその腕で薙ぎ、荒々しく突き進む。
その援護に回るジーン達。星導神本体へ遠距離攻撃をしかけ、少しでも壁になる影を減らそうとする。
「おいおい! お前はうーちゃんと違って優しいんだなぁ!?」
生温い抵抗にティティは叫んだ。
床から飛び出す影をその足で踏みつけて。越えるのはこの星が不完全であるからこその生れ出たもの。自らの優位性をこれでもかと振りかざして、渾身の想いを込めた一撃を打ち出す。
霧散していく影など気にもしない。壊れた感情に気づかないふりをして、振り返ることなく最後の一歩を踏み出す。
「……ぉ、ぁぁ」
時間がとまる。そう感じる程に、変化の無い数秒が訪れた。
「目は覚めねぇか」
影の発生はとまった。だが、星導神が起きたのかと問われると、まだだと答えるしかない。
チラとリィを見やるが、笑っている顔を見せるだけで何も言ってこない。どうすればいいのか、助言くらいあればと期待したティティだったが無駄だったようだ。
「そんな余裕あるの?」
とは言え、ただ待っているだけなんて選択は端からない。鳴かぬなら鳴かせてみようなんちゃらす。
チャチャはリィに刃を向け、何か話せやと促すのだった。これにはビックリ怖くて泣いちゃいそう! となるわけもなく、リィは未だに薄く笑った顔を崩さない。
「まま、落ち着きなよ」
殺されない、傷つけられないという確信。何もかもを明かさなければ、とリィの気持ちが揺らぐことはなかった。
なかったが、そのあとすぐにそんな余裕はなくなってしまうことに。
つんつん、と剣先でうなじを刺激するチャチャ。本人としては、ほんのいたずら気分でやったことではあった。しかし、リィにはそれを防ぐ方法は無く、リィ自身も痛いのは嫌であった。
殺されはしないけど傷つけられる可能性。それを見逃していたらしく、ダラダラと汗を流しガクブルと震えることに。用意周到なのかたまに抜けてるとこがあるのか。そういった部分はジーンとよく似ている。
「髪の毛、削ぎ落しちゃおっかな……」
「えと、冗談だよね?」
「……あ、拷問って得意なんだよね。別の私の方だけど」
「ひぃっ」
全てを分かった上での言葉だったのか。いや。やはりこれもいたずらに過ぎない。
以前まではこの状況でふざけるようなチャチャではなかったが、受け子として穢れを吸収し過ぎている今、加虐の性質が混じってきていた。
暴走はしなくとも、穢れは確実にチャチャへ影響を与えているのだ。
そんな彼女の雰囲気に負けたのか、リィは口を開くことになった。何故かどうしてか、相性的にチャチャには弱いリィであった。
「そ、そうだなぁ。君達って、親のことは覚えてるかい?」
話の繋がりが分からないリィの問い。適当を貫いているのか、本当に何か関係があるのか。
若干力のない表情をしているのは、リィ本人が話の切り出し方を迷っていたからであるのだが。彼の心の内を理解できる人間はここにはいなかった。
「今、その話本当に必要?」
「えぇと、んとですね。まぁ、ジーンが答えてくれれば、まぁ。いいかなぁって」
「俺?」
いつ影が再び襲ってくるか不明。警戒を緩めなかったジーンであったが、リィの言葉に少しばかり気を取られることになった。
「……ぁ、ぃ」
その隙を狙ったのか。星導神の足元から、先の尖った影が一直線に伸びていく。長く、長く伸びていった先。いち早く反応したのはミカだった。庇うようにジーンの前へ出て、魔力で防壁を創り出す。
先での戦闘では見られなかった強烈な攻撃は、即席の防壁では完全に防ぐことはできない。決して脆いというわけではなかったのだが。
どうする? どうするどうするどうする!? 短時間でこれ以上に強固な防壁を作ることは無理。避けるにも、そんな時間も既に無い。
自分ではジーンを守れないのか。役に立てることなど、自分の力が必要になることなどないのか。
ここ一番の大切な場面で力になれないのならば、意味はない。たった一度の不出来が、ミカの心をズタズタに切り裂き始めていく。
積み上げてきた自信が砂のように崩れ散っていく。この一瞬で、ミカは悟ってしまったのだ。
自分の存在は無意味だったのかもしれない、と。
「助かった」
とん、とジーンはミカの肩に手を置く。相棒の悲しみがストレートに流れ込んできて、ジーンも我慢ならなかった。
無意味だった? そんなはずはないだろう。そんな想いを証明するように。
肩に置かれたジーンの手が、いつも以上に温かく。泣きそうな心も、その一言で立ち直れた。
急激に魔力が流し込まれ、自らの防壁が再構築されていくのを感じるミカ。一枚、また一枚と一秒の中で何枚も突破されていく中で、既に残りは僅か。
回避ではなく正面からの防御を選択した時点で、逃げることは許されない。というよりも許さない。
遂に最後の防壁に届き、影と二人の魔力が拮抗する。影を押し返す程に強力な防壁が二人によって創り出されていたのだ。たった一枚だが、それで十分だった。
「やめるんだ」
星導神とジーン達の攻防を止めたのは、リィ。その一声で、影からの圧力が消えることとなった。
「いやぁ、彼女ってば怖いね。脅威に感じたモノには敏感に反応しちゃうんだから」
「寝てるのに?」
「寝てるのに。寝言とか、そういう感じって認識でいいじゃないかな。よく分かんないけど。気を付けてよね」
リィとしても星導神を全て制御しているわけではないのだ。意図しない行動の方が多いし、基本思い通りにならないんだよね。と愚痴を零しかけるリィ。
もっとも、そんな気持ちを晒す相手はこの場にはいないのだが。
「……で、親を覚えてるかって話だったか? 俺は覚えてないな」
星導神の行動については言及することなく、強引に話を戻そうとするジーン。膨らみ続けそうな話題を切り捨て、なるべく本題と思わしき話題へと切り替える。
自分の親。遠い記憶にすら父と母のモノはなかった。顔も、声も、思い出も。生きているのか、死んでいるのかすら知らない。
「そうなんだ。聞きたい?」
「は? 何を?」
「ジーンの母親と父親のこと」
どうして知ってるんだ。その言葉よりも早く、リィは話を続けていく。最初から話す気だったのだろう。
「まさに、二人は世界に選ばれた人間だったと言える。今の神子様と同じようにね。この世界の役割を大きく与えられた、特別な人間だったんだ」
まるで会ったことがあるような。ジーンですら知らない二人について、語りだすリィ。
黒く伸びた影が残ったまま、目が痛くなるほどに白く輝く部屋の中で。
テーブルとイスが用意され、座るように促されるままに。
「あ、誰かお菓子持ってない? ついでに飲み物も」
お茶会が開催されるのであった。




