第百三十一話 繋ぐ手は
イッチーの目の前には、チャチャとジーンが居た。勿論、付き合いが一番長い良く知っている二人の方である。その後ろには、ミカやエルも居る。
戻ってきたのだ。と、どこか寂しく感じるイッチー。
「あんたでも、泣くことぐらいあるのね」
「……は?」
ねっとりぃと笑って、チャチャが言った。
当然何を言っているのか、受け答えがすぐにできないイッチーであった。暫くして、ある可能性が思い至る。
「お前らも、見てたのか?」
「おほんっ、『……じゃあな』」
「っ……!」
あの世界での出来事は、何も自分だけの体験ではなかったのだ。雑真似を披露され、全てを理解するイッチーであった。
目の前で堪える努力をすることもせず、近頃は見ることのなかった笑顔を晒しているチャチャ。それはそれでムカつくのだが、なによりも頭に来るのは別世界のあの二人。
筒抜けなのを知っていて、わざとイッチーに教えなかったのだ。ふふん、と自慢げなちびチャチャの姿が目に浮かぶ。
「あのヤロウ……」
実は何処かで観察してるんじゃ……? と気配を探ってしまうくらいには、動揺してしまうイッチー。そこはやはりというか、当然というか。二人の存在を見つけることはできなかった。
「ああクソっ。それで、これからどうすんだよ」
「ふふん、私、完全復活よ」
「あーもー。分かったから落ち着けって」
「あら、嬉しくないの? 褒めてくれてもいいのよ?」
小さく胸を張るチャチャ。以前より面倒臭さが増したのは気のせいなのか。自分の契約者の姿を改めて見て、げんなりするイッチーである。
「当初の予定通り、リィのところへ向かうぞ」
「ドーシル達は既に着いてるっぽいしね。ソチラとタマはまだだけど」
既に連絡手段を確立していたはずだったが、何故か通信ができなかった。ドーシル達は、近くにリィが居るからという理由で納得はできる。だが、ソチラとタマに関しては謎だった。
移動しているような様子もないし、位置もリィからは少し離れている。というより、壁の中から反応があるという不思議。一体どういった進路をとっているのやら。
まさか壁をぶち抜いているんじゃ……。という考えを中々拭い去ることができないジーンであった。
「いけるな?」
「……頑張る」
「ぷんぷんっ」
別世界という存在を知ったからといって、やることは変わらない。エルは迷うこともなく、逆に今まで以上に気合が入ることとなっていた。ぷんすけも同様に、やってやるぞとエルの頭をぺしぺしする。
少し目線を上げれば、真っ白な廊下がこれでもかと主張をしてくる。ただ、その景色は先程までと違ったものに見えてしまう。
完成している景色だが殺風景で、寂しさを感じさせるような。言ってしまえば何も無いものだった。それが今ではどうか。
今から歩き出す者達を祝福しているかのように。お前たちが今から色を付けるんだとでも言っているかのように。未完成な世界を演出しているのだと、そう思わされる。
「ほら、行きましょ?」
感慨に浸っていたジーンの手を引き、チャチャが走り出す。
煌と揺れるペンダントは仄かな光を纏っていた。随分と昔のように思える、一つの約束。
忘れてしまっていた、ここ最近はその輝きを失っていた。本当にバカだったのだと、思い出した後で改めて不思議に思うのだ。
どうして忘れてしまったのか。いつも近くで、いつまでも見守っていてくれていたのに。
「お互いに、お互いのために戦うんだってな……まぁまぁお熱いことで」
茶化すように言葉を投げかけるイッチー。小さな隙があれば、ここぞとばかりに反撃を加えることを忘れない男である。
いつもならチャチャに何か言い返されるところ。しかし、今回はどこか様子がおかしい。
「……えー、と。その……」
恥ずかしいとか、照れているとか、そういった反応ではない。どちらかというと困っているチャチャであった。
「あー、もしかしてチャチャもか?」
「ん? ってことはジーンも……?」
なにやら二人共に思うところがあるご様子。両者は目を合わせて、おもむろに視線を落とす。
チャチャは胸元で揺れるペンダントを握って。ジーンは小指にはめられた指輪を見て。
再び目を合わせて、やっぱりと笑いあう。
「この世界と、あの世界はやっぱ違うってことだな」
「私達は、私達の思うままにやってやりましょ」
誰のために戦うのか。チャチャはジーンのためにではなく。ジーンも、チャチャのためにではなく。
だったら誰のために戦うのか。
それは、たった一人の少女のため。約束した、小さな女の子のため。妹のような、心から愛しいと思える女の子のため。
想いは同じであるのだと、どこか嬉しく思う二人であった。
「ぶー、うらやましい」
「……あんたはそっち側か」
「私も、手。繋ぎたかった」
エルの内なる嫉妬。そこに恋愛感情はないのだが、イッチーからすれば恋する乙女のそれであった。しかし、既に誰かが入り込む隙はないのだ。可哀想な奴だな、と同情するイッチーである。
前を歩く二人に嫉妬の視線という矢の雨を降らせつつ。妙な雰囲気を振りまく少女の隣を歩くことに気まずさを感じつつ。
一方で戦闘を行く二人は、先の希望を掴むために。震えないように、互いに力強く手を握り合って進み続ける。
今ならなんでもできる。強く大きな想いは、あたかも当たり前であるかのように非現実を呼び起こすのだ。それを二人は既に学んでいる。
純白の魔力を仄かに纏い、その圧倒的な力をこれでもかと見せびらかせる。
押し寄せる脅威を、一切を息をするかの如く撥ね除けて。
「あ、いたんよ」
おびき寄せられるように、夜桜と合流を果たし。
「……ん? ばれてーら」
夜桜の跡をつけていたティティとも合流を果たし。
真っ白な扉を押し開け、中へと入っていく。
「ようこそ、君たちと会えて嬉しいよ」
一行は辿り着いたのだ。
「そう滾らせないで欲しいところではあるが……話し合いは無理かな?」
ボロボロの姿で地に伏すドート。既に戦闘があったのだろう様子に、どうしても気持ちが昂ってしまう。
「まぁ、落ち着きなよ」
そっと腕を上げるのは、誰かを傷つけるためではなく。
「……取り敢えず」
桜色の軌跡を残しながら一直線に。
「一発殴らせなさいよね!」
真っ赤に燃える熱い想いを拳に乗せて。
「ヤダよ。絶対痛いやつじゃん」
ジーンの攻撃を受け止め、平然と。
チャチャの攻撃を顔面で受け止め、涙目に。
跳ね転がって壁へと激突するリィ。壁際で丸くなって悶絶するミィの兄。
「…………やっぱ痛いじゃん」
涙を流す青年がそこにいた。