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第百三十話 誰のため



「まぁ、違いつっても全く同じ世界なんてないから、違ってて当たり前ではあるけど」


「……さっきから全然話進まないのはわざとか? わざとやってんのか?」


 ちびチャチャへの対応で精神的にやられ始めたイッチーは、力なくジーンへと問いかける。最初は警戒していたイッチーだったが、二人の態度から既にそれも消えてしまっていた。


 初めて会ったはずなのに、昔からの付き合いだったかのような。不思議な感覚を味わっているのだった。


「なら聞くけど、どうしてあなたは私達と話ができていると思う?」


「はぁ? そりゃお前らが何かやったんだろ」


「正解よ」


「……ん?」


 ちびチャチャが笑うだけで何故か泣きたくなるほどに心が揺れ動くのは気のせいか。しかし話が全く分からないのは間違いなかった。満足そうに微笑むちびチャチャを見て、疑問符を浮かべることになるイッチーであった。


「俺らが。もっと言えば、別世界の人間が干渉しているってのは異常であり特別。知ること観ることはできても、こうして話をするなんて普通ありえないだろ?」


「ん、まぁ確かに」


「一つ聞くが、俺達以外にそんな奴がいたか?」


 ジーンに問われ、記憶を遡るイッチー。あるのか? 答えは分からないだった。別世界の人間だ、なんて名乗られたことなんて一度もない以上、別世界の人間が干渉したかどうかなど判別できないからだ。


 怪しいのはいくつかあるので、それを口に出して確認してもらうことに。


「未来人とか、過去からきたとか言った奴らはどうだろう」


「ないな。そんな回りくどいやり方はしないだろう。貴重なチャンスを無駄にするかもしれないし、まずありえない。うん、ないない」


 回りくどい。あんたが言うなと誰もが思うであろうジーンの言葉であった。


「実際にジーンとチャチャが未来かどこかに飛ばされた。って話をしてたんだが、それはどうなんだ?」


「あの二人が行ったのね?」


「ああ」


「ん~、そっちは確定かもな」


 何が違うのか。与えた情報としては少ないはずなのに、断言する形で答えられるのか。


 遠くで波が揺れ光るのを視界の端で捉えた。赤い海を背景に、揺れる衣服や髪を演出している目の前の二人に見惚れてしまう。一瞬陰る景色の後に、消え入るような淡い光が訪れる。


 たった二人だけなのだ。


 自然と呼べるような遠くに見える現象も、きっと何かが違うのだろう。壊れているはずのこの世界は、どうしてこんなにも美しいのか。イッチーはその答えを持ち合わせていない。


「簡単に言ってしまえば、呼ぶことはできても行くことはできないのよ。それは生き物だけって話で、本とか武器とかだったら送ることはできるけどね」


「……あー、なるほどな」


「その後は何か変化あったか?」


「ん、強さの格が変わってたな。なんて言やいいんだ? こう、修行とか訓練じゃ到達できないような、未知の強さって言えばいいか?」


「ほう、それは興味深い」


「見ただけじゃ分からない……か。これは、本当に……」


「ははっ。俺も中々にやってくれるじゃないの」


 しばしイッチーを置き去りに、自らの世界へと入り込んでいくちびチャチャとジーン。こういった時は邪魔しないのが常なので、クルリと二人を背に改めてこの世界を視るイッチーであった。


 崩壊というからには、世界そのものが無くなってしまうものだと考えていたイッチー。


 でも、空気も水も大地だって残っている。空を飛ぶ鳥や地を這う獣は居ないが、イマイチ納得しきれないのだった。


「ま、いいや。何が言いたいか分かるな? 皆お前らに期待してんだよ」


「肝心のどうして俺らなのか、って部分は教えてくれねぇのかよ」


「ふふん、ここまで勿体ぶってきたけどね。それは私達にも分からないのよ」


「……うん?」


 またもや小さく胸を張って『褒めてくれてもいいのよ?』的な雰囲気をムンムンとさせるちびチャチャ。答えを早く、と思っていただけに、これでは素早く言葉を飲み込めないというもの。


 ジーンを見ても、特に何を言われることは無い。


「偶然ってことよ。私達があなた達を選んだわけじゃない。何かがあなた達を選んだの」


「ま、俺達にとっちゃ偶然だけど誰かから見れば必然なんだろうな。いくつかの世界から選ばれてるんだから」


 うんうん。と頷き合う二人であった。


「……じゃ、希望ってのは?」


 嘘なのか真実なのか、それすら分からなくなり始めるイッチー。参考程度に、くらいの気持ちで話を聞くことにするのだった。


 若干赤く滲んでいる月。空に浮かぶ雲は驚くほどに白く。通常であったら不気味なはずの景色が、それすらも愛おしく感じる世界で。


 灼けた海と対を成す真っ青な空。あぁ、やっぱりこの世界は崩壊しているのだ、と。


「私達は無意味な存在なんかじゃなかった。価値のある崩壊だった、意味のある絶望だったのだと。証明できた」


「俺達の世界があったから、お前らの世界を先へと導くことができるんだ。こんなに嬉しいことはないだろ?」


「……あんたら二人に未来はなくても、か」


「あら、気付いてたの?」


 既に崩れかけている景色。それを見て、察しない方がおかしいだろう。


 まっさらに、全てが溶けていく。かつての姿へと戻っているのか、始まりの無い、本当に役目を終えてしまった世界へと成るのか。


「私達が繋いだんだもの。もし、辿り着けなくっても諦めちゃダメよ? 約束」


「……ああ」


「その時は、今度はお前らが繋げるんだ」


「……ああ」


「ジーンが笑って過ごせるような世界に」


「チャチャが笑って過ごせるような世界に」


「理由なんて、それだけで十分でしょ?」


「理由なんて、それだけで十分だろ?」


「……二人にも伝えとくよ」


『泣いちゃダメよ? 笑って、見送って頂戴』


『話ができて楽しかったよ』


『それじゃあ、いきましょうか?』


『そうだな』


『さようなら。いつかまた、機会があったら会いましょ』


「……馬鹿か……そんな、こと……」


『――――――』


「……じゃあな」





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 来た道を戻る。同じ道だが、もう後ろには何もない。ゆっくりと、最後尾を移動していく。


 遠く、遥か遠くの、別世界。


 崩壊を見届けた、たった一人の観測者。


 零れる涙も、掠れる声も。何を遺すこともなく、前へ。立ち止まることは許されない。


 しょうがないわね。


 背中を押された気がした。最後の最後に、一番の力を貰ったように感じたのは都合がよすぎるだろうか?


 その問いに、答えが帰ってくることはない。


 笑って。


 そう、晴れやかに。ありがとうと、最期に残して彼は歩き出す。




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