表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/347

第百二十八話 最後に見たのは泣いた顔



 小さく笑った顔は、どこか困っているようにも見える。赤黒い光に照らされた涙が流れ落ち、水が薄っすらと張っている地面で弾ける。光の加減なのか、水面の揺らぎが妙に歪んでいた。


 血の池と見間違う程に鮮やかなサラサラとした色。ドロリと粘り気のある濁った暗い影。


 その景色に呆気にとられたまま、声を出すこともなく時間が流れる。


 薄く雲の広がった青空。熱のこもっていた肺が冷まされていく感覚がどこか心地よく。


 遠くに見える月がやけに大きく見える。徹底的に水平線を邪魔する存在(もの)が排除されているようだった。


 明らかに異質な空間。


 先に向かったはずであるイッチーの姿が見えない。というより、チャチャから目が離せないジーン。


 向こう数キロの距離があるのに。表情も、呼吸の様子も、服の擦れる音も手に取るように分かってしまう。切り取られた時間を眺めているようで、時間の感覚があやふやになってきてしまう。


 切り替わった世界では森が赤い海に沈んでいた。


 切り替わった世界では街が赤い海に沈んでいた。


 切り替わった世界では一人の少女が泣いていた。


「どうだった?」


 隣に立つチャチャに問いかけられ、やはり現実なのだと意識を引き戻されるジーン。気付けばエルも、ぷんすけも、ミカもいない。


 たった二人だけの世界。


「寂しい世界だな」


「そう、寂しい……。ここは何もかもが終わった世界。私が導いた先の世界」


 赤い風か、はたまた青い風か。


「もしもの世界?」


「違う。ここは実際の世界。存在が確定している世界よ」


 雲に覆われた世界。雨の降り続ける世界。枯れる果てた世界。砂に埋もれた世界。


 足跡を残したまま二人は、歩き始めた。


「なにも言わないんだ」


「……信じてるからな」


 沈んだ砂が点々と伸び続けたままに。世界を眺め、旅をやめることはない。


「あはは、…………嘘」


 不思議と暑さを感じない陽射しに身を任せ、仰向けになって寝そべるチャチャ。


「休憩か?」


 すぐ隣を陣取ったジーンは腰を下ろしたまま、歩いてきた道を見返す。


 なんて贅沢な世界なのだろうか。


 風に撫でられた心地良さ。近くに聞こえる息遣いがより心を落ち着かせる。


 たった二人だけのための時間。


 たった二人だけのための世界。


 たった二人だけで完結しているたった二枚の景色。


「私はね。もういいかなって」


 ジーンの前に立つ。


「抑えられない。抗えないの」


 チャチャと向き合う。


「その結果がこれなら。今ここで……」


 手を握る。


「死んじゃったほうがいいのかなって」


 その手を、握り返す。


 揺れる髪。


 陰る瞳。


 震える唇。





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





 最期に見せたいと願ったのは、笑った顔。


 そのために、たくさんの時間を使ったのだ。心の準備はとっくの昔にできているのだ。


 うじうじと長引かせたのは臆病だったから。何も話さなかったのは強がっていたから。


 これ以上ない、ありがとうを見せなきゃ意味がない。楽しかったのだと。嬉しかったのだと。幸せだったのだと。


 確かめてもらわなきゃ、意味がなかったのだと思わせてしまう。


 世界の終わりが来ないようにするには、これが一番の方法。


 私がいなくなれば、寂しい世界はもう生まれない。


 私がいなくなれば。


 それでいい。


 皆が幸せなら。


 それでいい。


 犠牲? 違う。


 私が世界を導くんだ。


 なんにもない世界じゃなくって、皆が笑えるような世界に導く。


 それができるんだから、そうするべきでしょ?


 私、間違ってないよね。


 気付いちゃったんだ。気付かなかったフリなんて、できない。


 この方法しか。


 ジーンと私にしかできない。


 たった一つの可能性。


 だからお願い。


 最後まで頑張って。


 笑って。お願いだから、笑って。


 嬉しいでしょ? 幸せでしょ?


 だから、笑うのよ。


 笑った顔を見せよう。


 無理やり作るなんて、カッコ悪い。


 そのままの気持ちで笑えば、それでいいんだ。


 嬉し過ぎて。幸せ過ぎて泣いちゃうかもだけど、悲しい涙じゃないから大丈夫。


 うん。


 もう、いいかな。


 えへへ。なんだか、恥ずかしくなってきちゃった。


 ありがとうって、言って、終わり。



































「ありがとう――」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ