第百二十五話 いつしかの
「通信は……ダメか」
「位置もバラバラだね」
転移後、冷静に状況を整理していくジーンとミカ。できること、できないことの把握に務める二人であった。
「近くに敵は無し。魔法は問題無く使える……外への転移は無理だが近くへの転移はできるのか」
『あるじーだいじょーぶー?』
「契約してる皆とは話せるみたいだね」
『そっちに行けねぇけどな』
『そう、だね。でも大丈夫! 時間かかるけど、なんとかしてみせるね!』
精霊との繋がりは、ちょっとやそっとじゃ切れるものじゃない。しかし、ある程度の阻害が効いてしまうのだ。
実際にリィによって邪魔されているのは精霊の召喚のみであるが、実力が拮抗している状況だと大きな枷になってしまう。
「リィはあっちか」
「ねぇ、一番乗り目指そーよ!」
「それなりに、な」
最低限の確認を済ませ、移動を開始する二人。綺麗に並べられた柱の間を抜け、大きな扉へと近づいていく。
「来ないな」
「ねー」
明らかに何かあると勘ぐってしまうジーンだったが、あと数メートルという所まで来ても何もない。疑い過ぎても時間をかえてしまうだけであり、ジーンは迷うことなく進むことに。
わざわざ手で押し開ける必要もない。魔力を使い少し離れた場所から扉を開けていくが、これが意外に重いのなんの。
「マジか」
「引くタイプ?」
「いや、ビクともしん」
押しても引いてもダメ。強力な結界もあり、物理的に壊すには大きく魔力を消耗してしまうことになる。回り道をするか? もう少し試してみるか?
そうこう悩んでいる内になんと。扉が勝手に開いていくではありませんか。
「開いたね」
「何でだ」
「さぁーねー?」
奥は真っ暗。先があるわけでもない。
「ん?」
「なんか来たね」
空気が押し出され、弱くはない風が二人を襲う。
浮いた円盤に乗り、上部からゆっくりと姿を現したのは、短く太い四つ足を持つずんぐりむっくりな魔物であった。
先手必勝。最後まで登場を待つ義理は無し。
「雷槍」
ピカッと一閃。魔物の頭から尻まで貫いて戦闘終了。重い身体が倒れるのと同時に、円盤が制止する。
扉以上に重そうな魔物の巨体であるが、ジーン一人でもその身体を引きずり出すことに成功。得体の知れないモノを持ち帰るわけにはいかないため、その魔物は放置することになった。
空いた空間を覗き込むように、二人は扉へと近づいていく。
「上に行くのかな?」
「まぁ、うん。そうなんじゃないか?」
リィの反応は確かに少し上にあることは把握していたジーン。といっても、具体的な移動方法は考えていなかったのだ。エレベーターとでも言うべき技術を知るわけでもない。
まさかこんな方法で……。と、驚きつつも、扉の先へ踏み込んでいく二人。
結界が張られてるようで、勝手に飛んでいくことは防がれている。右も左も前も後ろも壁。狭く囲まれた場所へ入っていくことになってしまう。
「罠じゃないかなぁ」
「槍が降ってきたりしてな。はははっ」
「……」
「……」
まさかとは思いつつ、二人して見上げてしまう。ゆっくりと動き出した円盤を止める術など持っていない二人は、完全に受け身。何をするにしても後手に回ることになってしまう。
何が降ってきたとしても問題はない。どんなことにも対応できるという自信はある二人だったが、油断はできない状況であることも理解していた。
「……っ」
「きた、きたきたきたっ」
空気を震わせ、何かが近づいてくる気配。
ぽた、ぽたぽた。と、結界をすり抜け降ってくるのは水。飛沫が風に溶けじんわりとした濡れた空気が胸に溢れる。
圧倒的な質量の予感。挟まれた空間が圧縮される感覚に、血が熱く滾る。通り道を押し返さんとする圧力にふらつく身体をミカに支えられ、おもむろに片膝を突くジーン。
「今なら……できる。やってみせる!」
激流に飲まれれば敗北濃厚。ならば頭上より押し寄せるあの水壁を押し返せばいい。
「準備はおけー?」
「おけー!」
二人を囲むように、八つの水柱が昇り立つ。
「うらー!」
初撃。重力によって加速を続ける水の勢いを僅かでも抑えるため。続くジーンの反抗の足がかりとして、上部に張られていた結界をもを破壊し魔力の波動を撃ち込むミカ。
ぐぐぐぅっと一瞬だけ表面をへこませるも、全体の勢いが変わることはない。
「ぁぁぁぁあああ!」
遠くに見えた水の天井も、二人を押しつぶさんと押し寄せる勢いは止まらない。
小さな歯車が大きな歯車を動かし始めるように。徐々にミカの放出する魔力が大きく、段階的に膨れ上がっていく。
ぐぐぐっ……
初めは限定的だった魔力の圧力も、
ごごぉっ……
広く、そしてより強く。
僅かに勢いの減衰に成功したか。気付きもしない微々たる差が、違和感を覚える程の小さな差へ。そして、目に見える程の大きな差に。
「天翔水竜」
うねり轟くのは咆哮。空を駆け、己の使命のため眼光が爛々と標的を狙う八竜。物語の中だけの存在は、今まさにジーンによって創り出され現世へと顕現したのだ。
個人では到底制御しきれぬ圧倒的な存在が、ジーンを救うべく自らを盾として道を拓く矛として先を征く。
『若き古の者よ』
『いざ征こうぞ』
『背に乗れ』
『背に立て』
『前を向け』
『背を任す者と共に』
『いざ征こうぞ』
『今がその時だ』
八つの竜が一匹の竜へと変化し、望まれるままにその背へと乗るジーン。目の前の障壁を打ち破り、どこまでも昇っていく。
解放された力に飲まれることなく、もとより持っていたモノだと錯覚してしまうほどに。それ程までに、自在に制御できるジーンであった。
気のせいであるのか。
遠い何処か。過去であるのか、未来であるのか。それとも、別の道を歩んできた自分自身であるのか。何か掴めそうな、少し気持ち悪い感覚。だが、不思議と心が軽くなったように感じるジーン。
『届いてるのかな?』
『ああ、きっと届いてるさ』
背中を押してくれている。励ましてくれている。胸が熱くなる。
「……ありがとう。ちゃんと届いてるよ」
その短い言葉は果たして。
何処へと流れ着き、長い長い旅を遂げるのか。
『頑張ってね』
小さく伸びる影が。ゆっくりと。光に溶けていく。