第百二十四.?話 一方その頃4
ドーシル視点
徹底的にやってやる。見えるモノは全て壊さなきゃ。
「やっぱり一人かぁ~」
意識とは別に動き出しかける身体。暴走しかける感情を抑え、ドーシルは周囲の状況を確認する。
広い空間に椅子やテーブルが並んでいて、所々に観葉植物が設置されている。真っ白に統一された空間に、緑がとても目立っていた。それが何とも不気味で、ドーシルは身体の中を掻き毟りたい衝動に駆られてしまう。
見れば見る程歩けば歩く程、異様さが増していく。出入口と思わしき扉をぶち開けても、同じような空間が再び広がっているだけ。
「こっちで合ってると思うんだけどなぁ」
明確にリィの位置だけは把握できる、という気持ちの悪い感覚に襲われつつも足を前へと進ませるドーシル。敵の姿一つないことも不気味さをより一層演出していた。
妙に自分の足音が良く聞こえる。妙に自分の鼓動が響く。
感覚を研ぎ澄まし、敵襲に備えるも意味を成すことはなかった。歩けども歩けども、一切防衛機能を目にすることはなかったのだった。
「完全に誘導されてるねぇ」
独り言を零すドーシル。独り言と言っても彼女の呟きには意味がある。融合した精霊との相談でもあるのだ。
自分自身との会話。無意識に問うのは自分自身のはずだが、果たして答えるのは自分自身であるのか。
ドーシルは二つの人格が混じり合った特異な存在である。一つの個体となった後もどちらかが消えてしまったわけではない。
あの色が好き。あの味が好き。あの景色が好き。あの動物が好き。
好きなモノが増えた。
あの食べ物が嫌い。あの匂いが嫌い。あの感触が嫌い。あの人が嫌い。
嫌いなモノも増えた。
あれやこれやと意見を交わしたわけでもなく、こうだああだと喧嘩したわけでもなく。ある日一つになった。
知らない記憶が……といったこともなく。小さな齟齬すらも自覚しないまま、だ。
「私は~、こっち!」
左右に別れた通路を左へと進んでいくドーシル。ぴょこんっ、と跳ねる仕草は暇を紛らわすためである。幼子同然の明るさは敵地であっても変わらない。
それがドーシルであった。
「兄様は上手くやってるかなぁ~?」
兄妹の関係は彼女が生まれた時からのモノ。離れている時間の方が少ない。とまではいかないが、多くの時間を二人で共に過ごしてきたのだ。
いつも妹よりも前を歩いていた。いつも妹よりも多くのことを考えていた。いつも自分よりも妹のことを大事に想っていた。それがドートであり、ドーシルの兄である。そんな彼を慕っているドーシルであった。
信頼という言葉を安易に使ってよいものか。彼女らの間には文字通り切れることのない繋がりがあるのだ。
――――
「……?」
遠くの物音を耳にするドーシル。壁の中を進んでいるような、こもった音だ。
敵襲かと身構えるドーシルであったが、その音も次第に小さくなっていく。
どこぞの誰が道なき道を突き進んでいるなど思いもしない。結局、何が起きていたのか知ることもなく事が終わってしまうのだった。
――――
「……っ」
今度は多くの足音。ドーシルは振り返り、顔は認識できないが味方と思わしき一団が通り過ぎていくのを見つける。
保護派の腕章を身につけていたこと。また、敵に追われている状況じゃないことを確認し合流をする必要が無いと判断するドーシルであった。
仲間のお守りが目的ではない。最優先はリィなのだ。一度止めた足を再び前へと動かし始めるドーシルであった。
この時もっと慎重になっていれば。少女の期待が裏切られることもなかっただろう。
この時注意を向けた相手ががリィでなかったならば。少女の絶望が這い出てくることもなかっただろう。
過ぎ去った時間を巻き戻すことなどできない。起きてしまったことを書き替えることなどできないのだ。
「っ!?」
今まで感じていた仲間の魔力が急変する。遠くでも、朧げに感じ取っている状態でも気付く事ができたほどの変化。
ただ、ドーシルが驚いたのは変化の仕方だ。
膨れ上がる、といった変化は戦闘開始だと判断できる。しかし、今回は違った。
「戦いながら成長している!? ってやつかな!」
魔力の質とも言えるだろう。ドーシルは魔力としての格が変化したのを感じ取ったのだった。より一層に存在感を放つようになり、誰の魔力なのかも判別がつくようになる。
「よっちゃんだねぇ~。やっるぅ」
通路を照らす光が点滅し若干の不自由を味わいつつ、更に中心部へと迫っていく。
仲間のことを思い、兄のことを思い、そして神子のことを想い。
暗転する視界。煩わしさを無視し早く無駄なく。そして確実に。
もう数分もしない内に目にできるであろう距離にいるドーシル。神子が唯一動揺を隠すこともなく不安を打ち明けるきっかけとなったリィという存在を前に、彼女はどんな行動を取るのか。
彼女の眠る、自覚しなまま秘している感情を前にした時。抑えることのできない激情に飲み込まれてしまった時、何が起きるのか。
「いっちばんだぁ~!」
我先にと乗り込んだ先で見た景色に、ドーシルは言葉を失うこととなった。
真っ白な部屋。なんにもない部屋。
居るはずなのに、感じられない存在感。
先程まで捉えていた魔力はなんだったのか。先程まで掴んでいた存在感はなんだったのか。
「ようこそ」
聞かされる言葉。
「一番は君だ」
聞かされる言葉。
「どうする? 先に始めてしまおうか?」
聞かされる言葉。
「……君がリィ、なの?」
「ああ、そうだとも」
目を離せば見失う。意識を逸らせば見失う。
気付けばリィが椅子に座っていた。距離が詰められているように感じ、不気味さを持つドーシル。心臓を握られたような感覚に次第に呼吸が荒くなっていく。
主導権は完全にリィが握っていた。
映るのは白。視えるのは黒。重なるはずのない景色を一つの結果としてドーシルの脳が認識していた。
他人よりも多くのモノを視るドーシル。彼女だからこその状況であった。その致命的な状況に、本人ではどうすることもできない。
「苦しいのかい? だったら座るといい。なんならベットも用意するが」
「…………」
意識の揺らぎを懸命に抑えようとするも、加えられた力に為す術もなく身体を倒されてしまうドーシル。これほどまでに無防備な姿を前にしても、リィがドーシルへと危害を加えることはなかった。
彼の笑う顔が何を意味しているのか。最後に視えたモノでそれを判断することができないまま。彼女は。




