第百二十四.?話 一方その頃2
~視点夜桜~
およよっと。……ドーシル達の予想通りなんよ。ジーン達とは別行動になったんよね。
「よっと」
遠くの方に皆の反応はあるけど、およぉ~……。それを頼りに動くのは危険っぽいんよ。だったら馬鹿正直にリィのとこに向かった方が賢いんよね。
「およよ」
にしても、とんでもない場所に転移させられちゃったんよ。右も左も戦闘中。敵か味方かも判断できないような混戦状態なんよね。これじゃ、反撃するのも難しいんよ。
保護派の人達は腕章をつけてるけど、いちいち確認するのは煩わしい。ってのが本音なんよ。
「およはパスなんよね」
逃げるが勝ち。無用な戦闘は避けるべしなんよ。
「さっさと抜けたいんよけどねぇ~」
あの通路の近くでおよだけを見てる奴。きっと簡単には通しちゃくれないんよ。
いやな予感なんよけど……でもでも、きっと大丈夫なんよ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夜桜が転移したのは魔法が入り乱れる戦場。施設の中であろうにもかかわらず、何百何千という人が居ても窮屈に感じない程の大きな空間。その中を、稲妻の如き動きで駆け抜けていく。
斬りかかってくる敵をひらり右に。放たれた魔法をひらり上に。ピンチと思わしき仲間を助太刀左へ。
一直線に目的地へ。とは簡単にいかない。それでも慌てることなく夜桜は戦場を横断していく。
「これでもくらえ!」
「およっと」
「そぉい!」
「よ~ん」
攻撃は避けるだけ。反撃は考えず、とにかく進むことを考える夜桜。時折漏れる声はおよそ戦場には似つかわしくないが、それは彼女が必要以上に自分を追い込んでいないから。
やることはやった。あとはなるようになるさ。それが彼女の考えであった。
あれこれ考え過ぎてガチガチになるより、よっぽど良いだろう。ティティ達との修行を経て、純粋に成長を遂げていた夜桜であった。もっとも、身体は縮んだままではあるが。
「……っ」
と、これまで前進続きだった夜桜が後ろへ跳んだ。
ブンッ。スカッ。
ブゥンッ。スカッ。
「へたっぴなんよね」
「……やっぱ、ただの子供じゃあないんだな」
金砕棒を振り回し夜桜へ迫る大男。夜桜の煽りもなんのその。冷静に目の前の夜桜を見据えていた。
「そっちこそ、他のモブとは違うみたいなんよ」
「どうだろうな?」
キリ、キリ、と床鳴らし、大男は夜桜へ近づいていく。
逃げようにも、右も左も戦闘で道は無い。空中に跳べば魔法攻撃の的となるだろう。リィの元へ行くのが目的であるため、後ろには退けない。
戦闘は避けられないと判断し、スイッチを切り替える夜桜。唯一の武器である木製の杖を前に、大男へと立ち向かう。
「それで俺に勝てるとでも?」
「やってみなきゃ、なんよね」
「ハハっ。楽しみだ」
先に動いたのは大男。一気に夜桜との距離を詰め金砕棒を振り下ろす。対して夜桜は一歩も動くことなく、僅かに握りしめた杖を動かすだけ。
ずばふっ
吹き飛んだのは大男。夜桜による爆発を全身に受け、勢いよく転がっていく。
「おお痛え。こりゃ効くねぇ」
「結構、強めにいったはずなんよけど……」
金砕棒が床を叩く音が妙に響く中、夜桜と大男は何度も繰り返す。大男の傷は増える一方。しかし、いっこうに力尽きる様子はない。
「どうして手を抜く」
「なんのことなんよ?」
「戦ってて理解したよ。あんたなら、最初の一撃で俺を仕留められていたはずだ。何故だ」
「…………」
「ま、言いたくねえってんならいいけどよ。時間稼ぎができりゃそれでいい」
自らの目的を隠すこともなく、再び武器を構える大男。それを見て、夜桜も杖を握り直す。
加減を調整し、相手を殺さずに無力化する。そんな夢物語のような展開を、彼女は真面目に実現しようとする。善人悪人という区別もしない。
殺したくない、という彼女の我が儘。殺さない、という彼女の覚悟。
流されない、というティティとの約束。当然、相手は命懸けで武器を手に向かってくる。殺すか殺されるかの、その覚悟を持って立ち向かってくる。
決めたことを曲げない曲げさせられない。無理だと諭され馬鹿だと呆れられ。それでも彼女は願ったのだ。
「負けるわけにはいかないんよ」
高火力の魔法に合わせて、拘束用の魔法を放つ。撃破が目的じゃない以上、敵の動きを止められれば夜桜の勝利であるのだ。
しかし、大男には効果が薄かった。目くらましも効かない、睡眠誘導も効かない。
どんな方法で防いでいるのか、なぜ効果が無いのか。それすらも、夜桜は分からなかった。
魔法で防いでいるわけでもない。それなのに、効果を感じられない。
「流石に飽きてきたぞ?」
「…………」
自ら制約を課し、先の無い果てを進み続ける。
夜桜にとっての敵は何処に居るのだろう。目の前の大男か。自分の心の中か。自らの我が儘か。
効果の無い魔法を。無意味だと悟っていても。それでも、何度も同じ手を繰り返す。無駄だと評されても仕方ない戦い方。ティティが居たら、一喝されるであろうこの状況。
折れそうだと。負けそうだと。心の隙が無いわけではない。本当にできるのか。自分にできるのかと。迷いが一切無いわけではない。
「俺はあんたを殺せないが、あんたも俺を殺せないらしい」
「……はぁ……はぁ」
有利な状況であるはずなのに。負けるはずのない差があるはずなのに。
「追い詰められてるのは、どっちなんだろうな」
気分が悪いと吐き捨てる大男。
「元は雇われの用心棒だ。やることはやるが……あんたみたいなのと殺り合うのは流石に気が入らねえ。覚悟を決めるか、諦めて退くかして欲しいんだがな」
「………………」
できるわけがない。そう言葉にすることができなかった。喉の奥に引っかかったまま、唾と共に流れ込んでいく。
どれだけ言い聞かせても、後ろ指を指されているような。それが嫌になるほど気になってしまう。振り向けば誰かが笑っているかのような、誰もが冷めた視線で自分を突き刺しているかのような。
雲で陰りができるように。隙が迷いが、夜桜の進む先をぐちゃぐちゃに狂わせている。
陽の光が途切れるように。足元から崩れ落ちてしまい、立てる場所すらないかのように。踏み出す先は見えてこない。
それでも、
「認めるわけにはいかないんよ」
ありふれたセリフ。聞き飽きたセリフ。
だが、たった一度。
「あきらめない」
零したのは誰に伝えるためでもない。己を奮い立たせるため。
ふと、花が舞い散る景色を思い出す。出会い、そして別れ。どちらの記憶にも花は綺麗に咲いていた。お祝いしてくれていたのか、元気づけてくれていたのか。
いつだって意味を持たせるのは、花ではない。勝手に人々が都合の良いように意味を持たせるのだ。花はただ、そこに咲くだけである。
ただ咲いているだけだが、いつだって人々を魅了する。その美しさがある。いつだって人々を勇気づける。その力強さがある。
花だって迷うこともあるだろう。折れそうな時だってあるだろう。それでも、人々の希望となって道を拓く力をくれるのだ。輝ける道を信じる力をくれるのだ。
『あなたの名は――』
いつか聞かされた、母の思い出話。内容は曖昧で、随分と古い記憶。覚えているのは、酷く悲しかった。という印象だけ。
ただ、母は笑っていた。何度も母の腕の中で見上げた顔は、いつだって笑っていた。どうして悲しいと感じたのか。どうして母は笑っていたのか。それはもう分からない。
手が震えるのは足が震えるのは。心が折れたからでも、敵が怖いからでもない。
「縛れ」
照らすものが無いのなら、進む道が無いのなら。私が光になればいい私が道をつくればいい。
いつだって綺麗に咲いている花になればいい。
『あなたは、私の希望なの』