第百二十四.?話 一方その頃1
~視点エル~
転移した。やっぱり、まだこの感覚は慣れないな。とりあえず、周りを見回して状況を確認。
「誰も、いないね」
「ぷん……」
遠くに仲間の魔力を感じるけど、バラバラしてる。やっぱり分断されたみたいだね。それに、妨害されてるみたいではっきりした場所は分かんないや。
まぁ、知らない魔力に向かっていけばいいのかな。大きくて、ちょっと嫌な感じ。誘導されてる気もするけど、だからって、行かないのは違うからね。
「あっちだよね」
「ぷんっ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
行き先に揉めることなく、迷うことなく二人は進み始める。白い廊下を右へ左へ。最優先は仲間との合流ではない。リィとの接触である。
打ち合わせで『分断されても目標へ』と決められたのだ。互いに知らぬ道を右往左往するよりも、共通の場所へと集合する方が良いだろうということである。
リィという分かりやすい集合場所があるのだ。それを活用すれば問題無いということで、話がまとまってしまったのである。
初陣を一人で、という状況を嫌ったエルであったが、反対意見を言える立場でもないし度胸もない。ジーンを睨むように凝視し、暗に『どうした?』と聞いて欲しいオーラを全開にしたエルではあるが、残念ながらその気持ちが届くことはなかった。
で、結局こうして新人二人で真っ白で殺風景な廊下を歩いているわけである。
「ぷんっ」
「ん? ここ?」
ある扉の前で、ぷんすけに呼び止められるエル。いくつかの扉をスルーしていた二人であるが、ぷんすけ的には見過ごせないらしい。強く扉の先へ行こうとエルの頭をぺしと何度も叩く。
付き合いは短くても、譲れない一線を感じ取るエル。相棒を信じ、おもむろに扉へ手を伸ばしていく。
「……っ」
不快感を促進させる感覚に、咄嗟に手をひっこめるエル。
手のひらを舐められたかのような、腕を虫が這いずり回ったかのような。既にもう一度手を伸ばそうなどと思いたくもない程の嫌悪感を持ってしまっているエルであった。
「やっぱり、やめない?」
「ぷん」
「でも、ほら。リィのとこ行かなきゃ」
「ぷんっぷんっ!」
「…………分かったから、叩かないで」
もう一度、取っ手を掴むエル。長く触れていることはできない。そう思ったエルは、一気に扉を押し開ける。
――あ……ぁあ……
――いた、い……よぉ
――…………い、や
――あああぁぁあ!!
頭に流れ込んでくるのは、赤く染まった泣声。胸に突き刺さるのは、黒く濁りきった叫棘。
視覚を塗り替える強烈な感情に点滅する視界。姿のはっきりしないナニかを曖昧に捉え、咄嗟に戦闘態勢へと移るエル。
狭い部屋の中ではマインヴァッフェは使えない。魔法で対処するも、それだけでは無力化できなかった。
「……うぅ」
敵前で膝を突くのは、絶えず渦巻く感情に耐えられなくなったからである。酷く耳に触る笑い声が近づいてくるのを感じ、なんとなくのデタラメな狙いで魔法を放つも効果は無い。
敵も無力ではなかったのだ。
「ハハハ、研究対象が自分からやってくるとは」
「侵入者ってこいつか? 間抜けにも程があるなぁ」
既に敵としての認識を捨てたらしい二人組。崩れ落ちるエルを無視し、あれに使おうこれも試してみようと話を進めていく。
どうやら何かの研究施設であるらしい。と、精一杯の頭を酷使して察するエル。
「まぁ、何にせよ拘束するぞ」
「ん、万一にでも逃げられたらあれだしな」
パリンッ
「ふぁっ!?」
「そぉおいっ!?」
硝子でできた球体が割れ、その音に過剰に反応する二人。
「あぁ!? 俺のグラスクーゲルがぁ!?」
「ハッ↑ハァ↓! ざまぁw」
「くぅうう! あれを眺めるのが俺の唯一の息抜きだったのによぉ……」
「ま、形あるモノいつかは壊れるって言うだろ? それが偶然今だったってだけさ」
「納得できねぇよ。絶対このガキのせい…………ってあれ?」
「ん? どうし…………ありゃ?」
研究員二人が硝子玉に気を取られている隙に、エルの姿が消えてしまっていたのだ。動けないエルではなく、ぷんすけのしわざである。固まる二人の隙を見逃すことなく、ぷんすけが行動を起こす。
「うがぁ」
「ですよねー」
意識外からの攻撃には対応できる能力はなかったらしい。あっさりと崩れ落ちる二人であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どうやらここは精霊を閉じ込めておく場所みたいだ。特殊な魔法がかけられた鎖に繋がれて、たくさんの精霊が硝子の奥に入れられている。大分慣れてきてしまったけど、あの頭に流れ込んできたのは彼らのものだったらしい。
悲しみ、痛み、憎しみ、恨み。そういった感情とでも言えばいいのだろうか。瘴気とか、毒気とかそんな感じ?
そんな考察は今はいいや。早く助けてあげないと。
「……はず、れない?」
僕の魔法じゃ壊せない。でも、ぷんすけなら壊してあげられるかも。
「お願い」
「ぷんっ」
ぷんすけの能力は消化。なんでも溶かしちゃうとっても凄い力。ちょっと見た目がアレだけどね、うん。でもでも、物理的に壊すこともできちゃうし、魔法の効果だって打ち消しちゃえるんだ。
バチバチっ! って音してるけど、なんだろ。ぷんすけの能力と同じくらい強い影響力がある魔法なのかな。多分、お互いの力がぶつかり合ってるんだろうけど、うーん? 大丈夫そう、かな?
「他の……ってもうやってるし」
他の子にも、ってお願いする必要はなかったみたい。ぷんすけってば自分からやってる。いや、まあいいんだけど。
「…………助けて、くれるのか?」
「うん。今すぐには無理かも、だけど、ここから逃げよ」
うーん。これは離脱優先っぽいかな? 皆でいちにいさんしい…………いっぱい居るし。僕だけだと庇いながらの戦闘は厳しいから、途中で誰かと合流できればいいんだけど。
味方の奇襲で混乱中でも、ここは敵の本拠地。それに出口も分からない。そして戦闘では守護の対象が複数いる。更にこちらは消耗する一方。
初陣にしては重過ぎるのでは。
「逃げ道、とか、出口知らない?」
少しでも無駄をなくしたいけど、捕まってたし何も情報は得られないかも……
「知ってるぞ」
「知ってるんだ」
「あいつらがかなり適当だったおかげでな」
あぁ、あの人達か。確かに僕を見つけても慌てたりしてなかったし、そもそも敵襲があったことすら知らなかったみたいだし。相当おかしな人達だったんだ。
ええっと、目的地までは何とかなりそう。あとは移動手段と戦闘時の対応か。見た感じ動くことも難しそうな精霊もいるし、動けても戦闘は無理そう。恰好の的ってやつだね。
「やっぱり……流石にこの数は、厳しい」
「仲間はどうした? あんた一人なのか?」
「そう。はぐれちゃった」
「ううむ、一気に脱出は無理……いや、待ってくれ。今通信が来た」
一方的に会話を中断し、僕とは別の何かに注意を向けてしまった。もしかしなくとも、この精霊さんの仲間からなのかな。
「よし、なんとかなりそうだ」
「ほんと?」
「ああ。他に捕まってた奴らも助け出してもらったらしい。今ここの場所も伝えたから、しばらくしたら救援にきてくれるだろう。大勢の人間がいるみたいだから、もう心配はいらんだろう」
大勢ってことは、先に奇襲を仕掛けてくれてた保護派の人達かな。だったら任せても大丈夫かも。
その人たちに任せて、僕はリィのところへ向かうべきか? それとも、脱出を優先するべきかな?
「ん?」
「…………」
っとと。急に服を掴まれたからちょっとびっくり。
「もうすぐ、ここから出られるからね」
「…………(こくん)」
幼子と話すときは目線を合わせること。ってリーサが言ってたから実戦。
うん、決めた。脱出を優先しよう。この子達を助けてあげなくちゃ。引き渡してはい終わりってのは、寂し過ぎるからね。
先に戦線離脱しちゃうのは少し思う所はあるけど、皆なら大丈夫だよね。僕が居ても居なくても、正直誤差だと思うし。
「……来た?」
「みたいだな」
僕でも分かるぐらい近づいてきた。それなりに強そうな人も居るみたいだし、もう安心――
ガチャっ
「残念でした」
扉を開けたのは仲間じゃなかった。僕の、僕らの敵が、たくさんいた。