第百二十三話 お寝坊?
「準備はできてるんよ」
「……エルも」
陽が昇るのと同時刻。玄関の戸を叩くのは夜桜とエル。気合い一杯の様子でジーン達を待ち受ける二人である。
「……おはよう」
「おはようなんよ!」
「お寝坊?」
一方、二人を迎えるジーンは未だ目を擦っている。それに、服装も戦闘に向かうような恰好ではない。
こんな時間になんの用だとでも言いたげなジーンの様子に、二人共にクエスチョンマークを浮かべることになる。
「な、なにをやってるんよ。まだ準備できてないんよ?」
「準備……? そういや、お前らどしたんだ?」
「……作戦。行かないの?」
エルの言葉で、ジーンはこの状況を把握することになる。
今日は、リィを頭に動く征服派の本拠地へと攻め込む日。特に時間の指定をしていなかったため、作戦前に味方に早朝に寝床へ攻め込まれた形になったのだと。
張り切り過ぎて空回りしているのだ。気合が入っていることは十分に良い傾向なのだが、力が入り過ぎているということとも考えられる。
「まぁまぁ、二人共。入りたまえよ」
ここで説明していると、ぐだぐだになることを予測するジーン。一旦家の中へと招き入れ、椅子へ座らせることに。
言われるがままに着席を済ませる夜桜とエルだったが、ソワソワとした気持ちまでは抑え切れない。家の中をあちらこちらと見回したり、妙に姿勢が良かったりとした様子であった。
「はい、お待たせ」
湯気を昇らせたコップを二人へ渡し、自らも椅子へと座る。
ジーンが持ってきたのは、ホットミルク。ほどよい甘さと、絶妙な苦みを含んだ味。一口飲んだらあら不思議。自然と力が抜けていくではありませんか。
緊張が抜け、余計な思考も溶けていく。一息つく二人の様子に、よかったよかったと、安堵するジーンである。
「普通のミルクじゃないんよ?」
すんすんと匂いを確認する夜桜。小さな身体と相まって、まさに子供同然のその姿にほっこりするジーン。
「ちょっと、黒い……?」
コップの中に渦を作り、その様子を観察するエル。余程気に入ったのだろう。にへらと顔を緩ませ、美味しいねと言葉を投げかけてくれるその様子に、ついつい見惚れてしまう。
「豆を入れてあるんだよ。チャチャに教えて貰った飲み方なんだけど、どうだ?」
「エルは好き」
「およも気に入ったんよ」
「そりゃよかった」
先程までのぎらぎらとヤル気を滾らせていた様子が一転、すっかりリラックスモードへと移行した二人。既に早朝からお宅訪問を受けていることは置いておき、大事な時に空回りする未来を事前に阻止できただろうと、安心するジーンである。
「ま、落ち着いたところでだが。出発はまだ先だから、それまでは休んでていいからな」
「まだ先って、どれくらいなんよ?」
「ん~、五時間くらいかなぁ」
「五、時間……」
「まぁ、急いでも仕方ないさ。皆もまだ寝てるし、大人しく待とうな」
「うぅ。およとしたことが張り切り過ぎてたんよね」
「……がくっ」
怒らない事が重要なのだ。彼女らは悪意を持っているわけではないし、懸命に立ち向かおうとした結果なだけである。怒鳴るないしは文句をぶつける、といった行動では良い方向へ導くこともできない。やる気は削がれ、不満も溜まる。
何が最善なのか分からないが、ジーンとしては一旦落ち着かせることが良いのではと考えた結果であった。
飲み物のおかわりを要求され、望まれるがままに二杯目を渡すジーン。
「ぷんすけの分も、貰っていい?」
「コップでいいか?」
「うん」
エルの頭に乗る契約した精霊は、動物の姿に近い。長い胴としっぽを持ち、四つの足でちょこんとエルのフードを掴んでいる。若干ピンクを帯びた肌。
名付けはエルがしたのだが、ぷんすけという名前にした理由。それは、直感であった。
ぷんすけという名のペットを飼っていたわけでもなく、そういった名前のキャラクターがいたわけでもない。そもそも正解はないだが、これだという確信に近いものがあったのだ。
何故か。何故だろう。といったところ。
「……美味しいね」
ぷんすと小さく鳴くぷんすけ。器用に魔力を使って、手を使わずに飲んでいくぷんすけ。小さな手でフード掴み直すぷんすけ。
「可愛いんよ」
「だな」
チャチャはぷんすけに。ジーンはエルに。些細なすれ違いだが、大きな解釈違い。
「ぷんすぅ~」
「えへ~」
自分が可愛いと言われたと思い、両者とも照れてしまう。
こいつ勘違いしてんな。夜桜もジーンもそうは思うが、細かいことはすぐに忘れ去りよじよじする様子を見守るのだった。
幼い頃から、夜桜はお世話好きであった。友達というよりも、エルのことは妹のように思って接していたのだ。エルにしか教えていない秘密もある。ジーンやドランとは、接し方の方向性が違ったのだ。
別れの時、人一倍に泣きじゃくったのも夜桜である。
「エ~ルゥ~」
「ん、……よしよし」
長い別れの分を補うかのように、夜桜はエルに抱き着いていく。本来ならば夜桜がエルを撫でまわす側なのだが、今は違った。
完全にお姉ちゃんに甘える妹のそれ。勿論お姉ちゃんがエルで、夜桜が妹である。
幼い頃の記憶とは違った光景に、ほっこりするジーンであったが、ふとあることを思い出す。
「ん、そうだ」
「なんよ?」
「夜桜はもういいからエルに聞きたいんだけど」
「なに?」
ジーンの言葉にムッとする夜桜。ぴくりと顔が引きつるも、ぐっと堪えることに。
「戦い方というか、どうやって連携とればいいかなって思ってさ」
「ふんっ、今更なんよ。もっと前に確認しとくべきなんよ。遅いんよ」
仕返しとばかりに、嫌味という言葉の弾丸をつぺぺぺぺぺと撃ち出す夜桜。完全に意図的に撃ち出された悪意が、無防備に晒されたジーンの心へ吸い込まれていく。
だが、ジーンにはあまり効果がなかった。激おこゲージが多少上昇するだけに留まる。
「ん、まぁ、うん。そうなんだけどさ」
「昔からそうなんよ。なんとかなるだろ、ってジーンは思ってるんよ? ならんよ! っておよはいつも思ってたんよ」
「……あぁ、まぁ。確かに」
ここで話が逸れていくことに。エルの援護射撃もあり、夜桜優勢で事が進んでいく。
意外なエルの参戦で、へこみゲージに変化が。夜桜相手ならまだしも、絶対的な信頼があるエルの言葉にはジーンも弱かったのだ。つまり、へこみポイントが高いということ。
いつもなら、はい×2で終わらせていた場面だったが、思ったよりも傷が大きくなってしまった。自覚がないまま、しゅんとするジーンである。
「あ、でもでも、悪いとは言ってないんよ?」
かっくーん。ここで急な方向転換。
「ほら、結局なんとかならなかった時なんて……あったんよね。……っあ、えとっ、そうなんよ! ジーンは優しいんよ!」
「……フォローに、なってない」
夜桜の言葉に、控えめに述べるエルである。
「ぇあ、お……元気出すんよ」
殴りかかってきたのは君でしょ? と、心の中で呟くジーン。地味にへこみポイントが追加されていくのであった。
そんなこんなを繰り返しつつ、エルに聞き取りをしていく。勿論ぷんすけについても話をして、実戦可能かも不明な連携案を出していく。
基本的に近接戦闘だが、得意とする魔法は遠距離型なものばかり。エルもぷんすけも、風属性を主にしているのだった。長所を殺して短所を補う、微妙過ぎる戦闘スタイルである。
マインヴァッフェという強力なモノがあるにしても、どうしたものかと少し考えるジーン。
「考え過ぎなんよ?」
「ま、それぐらいが丁度いいんだよ」
「……そういうもの?」
「そ。そういうもの」
戦力的には申し分ないのは変わらないのだ。エルが想定していた近距離は自分が、遠距離ぷんすけが。という、スタンスで落ち着くことに。
「おはよー。二人とも早いねぇ~」
「おはよーなんよ」
「……おはよう、ございます」
チャチャが起きてきたことで、話は終わりになる。
「空いてる部屋あるし、そっちで休んでもらえば?」
「採用」
チャチャの助言で、二人を空き部屋まで案内するジーンであった。
「まだ時間あるし、ゆっくりしてくれ。あ、別に外出歩てきても構わないからな」
「わかったんよ~」
「……ちょっと、横になるね」
「何かあったら呼んでくれ」
「んよ~」
「んよ~」
気の抜けた返事。こんなやり取りでも、なんだか嬉しく感じるジーンであった。
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「コップ洗っといたから」
「ありがとなんよ~」
「ジーンが言うと気持ち悪いね」
今日イチのへこみポイントは、チャチャのポイ捨てした爆弾だった。