第十三話 発見
――チュンチュン……チュン……チュンチュン
「うーん……もう朝か」
鳥たちの鳴き声に目を覚まし、心地よい空気を胸いっぱいに吸い込むジーン。
「それにしてもこの森にも鳥がいるんだな。昨日は全然見なかったのに。朝だけ活動する鳥なのか……」
身体を起こすことなく、涼やかで爽やかな空気を堪能する。しかし、それは長く続くことはなかった。
「チュンチュン、チュン」
「チュン、チュンチュン」
少しだけ鳥の鳴き声に違和感を感じながら目を開け、徐々に視界を広げていくジーン。
「チューン! チュ! チューン! ピョーー!」
「チュッチュン! チャーチュチュ! ギョエェーー!」
「流石におかしいだろ!」
ガバッと体を起こして、鳥の鳴き真似をしている二人に突っ込みを入れるジーン。
よく見れば二人は鳴き声だけでなく、両手をパタパタと動かしていた。控えめなミィに比べ、チャチャは目一杯腕を広げていた。
二人は「ピヨ……」と少し残念そうに返事を返す。
「いやぁ、ジーンが気持ちよく起きられればいいなぁって」
「でもね、どっちが上手に出来るかってやってたら……ちょっと熱くなっちゃった」
ごめんっ、とミィが手を合わせて謝る。
「別に怒ってる訳じゃないから気にすんなって」
ジーンは、ただ理由を知りたかっただけだったのだ。怖がらせてしまったと少し反省する。
出会ってまだ一晩しか経っていない。これから親睦を深めなければと、そう切り替えるジーンであった。
「そんなことよりジーン! 早くルオナ草を探さないとねっ」
「チャチャは朝から元気だな……」
チャチャが声を張って言う。言っている事は間違っていないのだが、何やら釈然としない。
きっと彼女は言動で損をするタイプであると、そう改めて判断を下すジーン。
「早いとこ見つけて帰るか」
主にチャチャが張り切って捜索を開始する。ミィも手伝ってくれるらしく、度々「これなのでは!?」と期待を込めた目で見つけた物をジーンに差し出してくる。
「……残念だが、これはただの雑草だ。ルオナ草はもっと”クルンッ”って感じだ」
見るからにがっかりとして、森の中に消えていくミィ。勿論、安全には気を遣っている。索敵を怠るようなヘマはしないジーン。
彼女にはぼんやりとした形を伝えただけだった。見つけられなくても仕方がないのだが……。
「ねぇ! これじゃない!? ”クルンッ”ってなってるよ!」
「確かに”クルンッ”としているが……これはパマパマ草だ。もう少し”クルンッ”が控えめの奴を頼む」
パマパマ草とは、髪をくるくるに巻くときに使うものだ。彼女はまたしてもがっかりとして、森の中に消えていく。
それから何度も、見つけては喜びを隠すことなく持ってくるのだが、ミィがルオナ草を手にして来たことはなかった。
途中から可哀そうになってしまったジーンは、自分の話し相手になってもらうことにしていた。
「なるほど。精霊術を使うには、精霊との契約が必要なんだな?」
「そう! ジーンなら今すぐにでもやっていいと思うんだけど、ちーねぇはもう少し強くなってからでもいいかな」
精霊は、火、水、風、地、四つの属性を得意とする者に分かれる。例外として他に分けられるが、それらの精霊は本当に気まぐれらしく、契約できればラッキーみたいな立ち位置なんだとか。
また、契約できるのは自身がある程度使える魔法の属性のみのようだ。
「チャチャも今扱える属性の精霊だけでも、早いとこ契約した方がいいんじゃないのか?」
「魔法の基礎能力がしっかりしてないとダメなの。精霊の力を手に入れる前にちゃんと力をつけておかないと、やることが一気に増えちゃって余計に時間がかかっちゃうから。ジーンは大丈夫そうだけど、ちーねぇはそこが心配なの」
魔法の鍛錬に、精霊術の鍛錬。それに、戦いでの剣術や体術。基礎体力の向上に、旅をするために必要な知識の勉強。
やることは一つだけではないのだ。
「なるほど、納得だな」
チャチャの修行はジーンが面倒見ればいい。元々センスは良いみたいだから、順調にいくだろうとジーンは考えていた。
しかし、問題は他にもある。
昨日はミィの故郷を探したり、修行したりする時間があると思っていた。しかし、それは考え直した方がいいかもしれなかった。
ミィの封印が解けたことは、封印した奴らからしたら大問題だろう。何か行動を起こすかもしれない。直接襲い掛かってくる可能性も大きい。
流石にもう本人が生きていることは無いはずだが、その子孫や組織の奴らがいるかもしれないのだ。そいつらがミィを再び封印しに来る可能性は、決してゼロじゃない。
その時に今の自分ががミィを守り切れるのか。それが少し不安に感じていたジーン。
絶対はないと考えなければいけない。それに、
「なにサボってんですかぁ?」
ジーンが振り返ると、チャチャと目が合う。じとーっとした目でジーン睨んでいた。
視線をチャチャの手向ければ、ルオナ草らしき物がしっかりと握られていた。
「おぉ、見つかったか。流石だな。よし! それじゃ早く届けに行こうか」
「すごいです、ちーねぇ! すぐに困ってる人に届けてあげましょう!」
別にサボっていた訳ではないのだが、ジーンはチャチャの視線が怖いので逃げるように言った。
ミィはサボっていた自覚があるようで、おどおどしている。
それでもチャチャは、「説明しろや、あぁ?」的な顔を止めることはない。
「そんなに怒るなって。別にサボってなかったぞ、俺は。チャチャに危険が及ばないように、出来る限り近づいてくる魔物を処理してたんだからな」
そうジーン言うと、「貴様裏切ったな!?」とは口には出さなかったが、ミィが驚きを隠せず目を見開く。
実際に魔物を処理していたというのは嘘ではない。この言い訳で逃げきれると確信していたジーン。まぁ、探しながらでも問題は無かったのだが、それは言わない方がいいだろうと判断する。
「……確かに、魔物が来ないのはおかしいとは持ってたけど、ジーンのおかげだったのね」
内心少し焦っていたジーンだったが、何とかなったようだ。
「わ、私は……」
「ミィは良いのよ。それを見れば、どれだけ頑張ったのかなんて聞かなくても分かるわよ」
チャチャが近くにある植物の山を指さしながら言った。
「そういえば、チャチャって話し方が変わった気がするな」
「そうなの? 私はよく分かんないけど……」
ジーンがミィにこそこそ話を振る。
それで問題があるわけではないが、気になったジーンであった。覚悟の現れなのだろうかと、勝手に憶測をして勝手に完結させる。
「誤解も解けたことだし、そろそろ行こうか。精霊の話ももっと聞きたいし」
その後ジーン達はクーガの森を抜け、何事もなく街へとたどり着く。
一番心配していた喰牙との遭遇が無かったのは不思議ではあるが、終わった事なのだから気にしないことにするジーン。
チドルやミーチャは、ミィについて聞かせて欲しそうだった。それでも頑なに話そうとしないジーンに「困ったらいつでも頼ってね」と一言だけ言って引いてくれた。
改めて、自分を理解してくれる仲間は大事にしようと思うジーン。
「ミーチャには今度、何か奢ってやろう」
「あ、私も私も~」
そんな軽口を言える程度には、仲良くなった二人であった。
依頼の方は無事に間に合って、ロゾクムさんにめちゃくちゃ感謝されることになった。
大量の報酬金を渡されたが、元々お金のために受けた依頼でもなかったので受け取らなかったジーン。
何かあればいつでも頼ってくれと言われたので、古い湖の情報が欲しいことを伝えておいた。
そうしたら、早速とばかりに本を一冊持ってきて、
「確か、クーガの森にある湖も相当古くからあるものだった気が……やっぱりそうだ。八〇〇〇年ほど昔からあるらしいですぞ」
とのこと。
ロゾクムさんは他にも探しておいてくれると約束してくれた。
ジーンは、情報を集めるのは任せてもいいかもしれないと考える。
ロゾクム邸を離れ、チャチャ達が待っているギルドに向かうと、チャチャ、ミーチャ、ミィが話をしているところだった。
「やっと帰ってきたー」
「お疲れさまー」
「これからどうすんのー」
二人とも、ミーチャの様にだらけきっていた。あの堕落っぷりは、伝染する類の危険なモノなのかもしれない。
「次の目的地もクーガの森だ。どうやらあの湖は古くからあるみたいだから、もっと周りを詳しく調べてみよう」
そう二人に伝えると、少しは気が引き締まった様子。力強い視線が返ってくるのを感じ、ジーンは安心する。
後はミーチャもいたので精霊などの話は出来なかったが、チャチャの修行のことや、長い旅に必要な物の確認などをする。
その日はギルドに泊まったため、食事には困らずに済んだ。
「旅の間は、もぐもぐ、誰が料理当番を、もぐもぐ、するんだろうか。ミィが、あぐあぐ、料理出来るのなら、はむはむ、いいんだが……後で聞いてみよう、ごっくんちょ…………やっぱここのサンドイッチめっさうめぇ」