第百二十一話 さいごの
手枷足枷を身につけ、刃を突き付けられるような感覚を全身に受けている。一歩でも踏み出してしまえば、即断罪されるであろう中。私だけを晒し続ける光の中で。
闇の中より刺さる否定拒絶の感情。隔たれた見えない壁の向こうには、既に私の居場所などないかのように錯覚させられる中で。
「またね」
神子様の言葉を最後に、視界が暗転する。
私の事情など知ることもなく。
自分達が見ている景色しか受け入れないのは、誰だってそうなのだろう。正義ではない存在を受け入れるなど、悪だと線引かれたモノを赦すなどあってはならない。そう考えるのは、普通であるのだろう。
何も聞こえない。それは構わない。
何も見えない。それも構わない。
何もしゃべれない。それだって構わない。
でも。ひとりは耐えられない。
誰にも声をかけられず。誰にも認識されることもなく。誰とも想いを語り合えない。
耐えられるはずもない。
床に張り付けられ、信じた仲間の顔を見ることもできない。私の想いを伝えることができないのが、こんなにも苦しいことだったなんて。
怖いよ。ずっとこのままなんて。
……どこからが、本当の気持ちだったんだろう。どこまでが、偽りの気持ちだったんだろう。
確かに恨んでいた気持ちはあった。何もかもをメチャクチャにしたいって気持ちも、確かにあった。でも、今は不思議とそんな気持ちは湧いてこない。
どうしてだろう。
操られていたって自覚は無い。騙されてたなんて、もっと分かんない。何が嘘で、真実だったのか。それを判断する力なんて、昔の私にはなかった。
言い訳だ。昔の過ちは、今の私が責任をとらなければいけない。
助けて。そんな言葉を使えるほど、私は強くない。……今となっては、そんな言葉すら届けられないけどね。
あーあ、お父さんにも悪い事しちゃったな。今更、全部思い出すなんて。
それにしても、おじいちゃんも酷いことするよね。行動範囲を限定させてさ、私の感情すらも制限かけちゃってさ。
でも、やっぱり私の知ってるじいちゃんって、もっと優しい感じだったんだけどなぁ。全部見せかけだったのかな。
確かに思い返しても具体的な話は出てこないけど、うーん。イマイチすっきりしないなぁ。
……悔しいんだな。たぶん、悔しいってのはこういうことなんだろうな。
何のために生まれてきたんだろう。小さい頃の記憶なんてないし、思い出せる範囲の思い出には既におじいちゃん居るし。
最初っから、私には自由なんてなかったんだろうか。好きなことしてきたって、そう思ってたけど違うのかな。
私が、本当に心からやりたいことって、なんだろう。偽りの気持ちじゃないモノって、どれなんだろう。
分かんないなあ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
神子によって隔離されてしまうその姿すら見せて貰えず。
助けようとしたのは、幻想に過ぎなかったのだ。二年前救えなかった時点で、こうなるのは確定していたようなもの。遅いか早いかの違いであった。
そうとも知らず、ただ己らの願いを叶えようとした結果がゼーちゃんの永久的な隔離だ。
どうにかなるだろう。なんとでもなるだろう。
目の前の欲望に、望むままの未来を掴もうとした。それが悪であるのか。
ジーン達にとってはそれが願いであり、悪だと思うはずもない。しかし、他の人間からすればどうか。
多くの街を破壊した。多くの仲間を葬った。多くの、想いを踏みにじってきた。
そんな存在を仲間に引き入れるのは、悪である。
神子としても、どちらの事情も知った上での判断だった。存在の消去ではなく、隔離。それが最終的に決定されたことであった。
これまでにない大きな喪失感。
どうしてこうなった。なんでこうなった。頭を抱え、ふさぎ込むのは弱さか。全てを受け入れ、仕方がないと切り替えることが、それが強さだと言うのか。
立ち止まっている暇はない。元凶と思わしき人物、リィをどうにかしないと、負の連鎖は止まらない。
だから、前を向く。
涙が止まらなくとも。
一人で立ち上がれなくとも。
「いこうか」
監視が解かれたのは、ゼーちゃんの隔離が終わった後。
「……分かってる」
ジーンは痛む身体を動かし二人に次の行動を促すと、先にチャチャが部屋を出ていく。
「止めなきゃな」
「……うん」
「辛いか?」
「…………うん」
「そっか」
「でも、大丈夫。やれるよ」
「……そっか」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
神子より、新たな指令が下ることになった。
新入りは二人。ジーンが連れてきたエル。そして、チャチャが連れてきたドラン。二人ともジーンの旧友である。更には夜桜も加え、かつての仲間が揃ったことに。
偶然か、必然か。よく耳にする言葉ではあるが、再会を喜び合った気持ちは偽りのないものである。些細なことを気にかけることなどするはずもない。
エルと夜桜は、ジーン達とともに戦闘員として。ドランは、後方支援に回されることに。
そして、次の作戦がいよいよ本番とも言える内容である。神子の言葉を聞き、一気に身が引き締まることとなった。
「次で終わりだ。期待してるよ」
いつも通り、とはいかなかったらしい。神子とて、緊張をするものなのであった。
自らの思惑から外れた存在など、早く解決したいのは当然である。それでも、ジーンにとって何が最善なのか。チャチャにとって何が最善なのか。ソチラにとって何が最善なのか。ミィにとって何が最善なのか。
それを常に気にかけ、そのためにできることをしたのだ。
神子が望むのは、最高のハッピーエンド。誰かが泣く未来など、掴み取るに値しないのだ。
もっとも、神子の思うハッピーエンドの中に存在するキャラクターなど、数えるほどしかいないのも事実であるが。
彼が彼女らが笑える未来に付随して、周囲もそのようになっている。というだけである。
特別であったからこその、特別な我儘というやつだ。理想を追い求め、始まりを探求し、終わりを見届ける。全ての過去は、未知の終わりを知るため素材。
今日も今日とて、神子は道を歩き続けるのだ。