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第百二十話 すべてが



 髪を撫でるのは、ぽやぽやとした朝の光。


 安らかに眠るその姿に、()も今日ばかりはお寝坊を見逃したくなる。


 彼女の眠る部屋には、他に誰も居ない。長閑な空気の中には似合わない、鎖に繋がれてただ独り。


 誰かが生活をしていただろう部屋に、ジャラリと無機質な音が響く異様な空間。


 超特急で備え付けたのは、誰も今の事態を予測していなかったからだ。準備不足を後悔しつつ、大急ぎで彼女のために(こしら)えられるその行動力から、彼女がどれほどに想われているのかが分かるというものだ。


 とっとっとっと。


 木造の階段を軽快に上ってくるのは家の主。愛くるしいそのキャラクターから、周囲からはマスコット的な扱いをされている。そんな彼女である。


「起きてるー?」


 ミィは一応ノックをするが、反応は無い。まだ寝ているんだろうと判断し、そのままドアを開けて部屋の中へと入っていく。


 ベットの上で眠っているゼーちゃんを見て、少し安堵する自分を自覚するミィ。


 どんな顔をすればいいんだろう。どんな言葉をかければいいんだろう。少し離れていただけなのに、物理的な距離だけではなく心の距離すら遠くなってしまったかのように感じてしまっていたのだ。


「おはよー」


 気持ちよさげに寝ているのに、起こしてしまうのは悪いと思いつつ、恐る恐る肩を揺するミィ。


 本来、敵であったほずのゼーちゃんに接触するのはご法度。ミィ含め、ジーンやチャチャは神子たちの主張を無視しているのだ。


 仲間だったはずのゼーちゃんを、檻に入れて椅子に縛り付けて拷問するのは許せない。という個人的な考えであり、神子側からすれば納得しかねる話である。


 ゼーちゃんに殺された仲間もいる。破壊された町や友を家族を失った人も勿論いるのだ。罪人というレッテルが張られたゼーちゃんを、お咎めなしにするということはできない。


 せめて目を覚ますまでは、というお願いを受け入れて貰ったからこそ、今の状況があるのだ。


「んぁ……ん~?」


「起きた?」


「ん~? あと少し、……みゅぅ」


 寝起きはいつもこんな感じだったな。そう懐かしむぐらいの時間が流れてしまっているのを、改めて感じるミィ。


 このまま一緒になってベットの中へと潜り込みたい、という衝動をタコ殴りにすることで抑え込み、ならば仕方ないと別の場所へと意識を向ける。


 手を伸ばすのは、ゼーちゃんの耳。先程からぴこぴこっと動いており、ミィの触りたいメーターが振り切ってしまいそうだったのだ。


 ついに(さわ)ることができると、プレゼントを貰ったかのような爆発的に盛り上がる感情を抑える事ができない。


「ぁ……みゃぁ~……」


「おっほ」


 おっさんのような言葉を漏らし、ゼーちゃんの耳の触り心地を堪能するミィ。何度か触ったことはあったが、ゼーちゃんが寝ている状況での経験はなかったのだ。


 甘えたような声と、もぞもぞ動く愛らしさ。何だかイケナイことをしているように感じ、別のスイッチが入りかけるミィ。


 ばたんっ!


「ぴぃっ!?」


 ドアが勢いよく開かれ、思わず飛び退いてしまうミィ。別の方向で心臓がドキドキすることになり、緊張と焦りで頭が働かなくなってしまう。


「おきたーー!?」


 部屋に入ってくるのはチャチャ。なにもミィを驚かせる目的はなかったのだが、チャチャもゼーちゃんとの接し方というのを模索中なのが原因であった。


「……」


「……」


 一瞬空気が固まる。ミィとチャチャの目が合うも、それでどちらかが何かをするということもなかった。平常心じゃない二人にとって、ちょっとしたことでも処理するのに時間がかかってしまうのだ。


「……うぇ?」


 微妙な()を味わう二人に対し、チャチャの『おきたーー!?』で目を覚ますゼーちゃん。


 寝ぼけたまま周りを見渡すとあら不思議。知っている顔があるじゃありませんか。


 焦って飛び起き……


 じゃらり。


 鎖に邪魔され我に返るゼーちゃん。反射的にふっしゃー! と威嚇しかけるも、友人に会えたと言う喜びが徐々に湧き始める。


 しかし、彼女らに何をしたのかも思い出し、噴き出る汗が止まらない。嬉しいけど、逃げ出したい。負の感情のやり場に困惑し、あうあうと声を漏らすことになるゼーちゃんであった。


「にっ、斬るなり魔力発電機にするなり好きにするといいとらよっ」


 彼女なりの覚悟を現したのがこの一言。全ての対応を相手に託すという、せめてもの誠意。


 に見えるのだが、実際は違う。ゼーちゃんの脳が考えるのを放棄しただけに過ぎない。それ以上考えなくてもいいように、という楽な選択肢を選んだだけであった。


「わ、分かったわ。斬ればいいのね!?」


「えっ、ちょっと!? ダメだよ!?」


 いつもの軽口の調子で言ったつもりのチャチャ。しかしそれを本気にするミィ。


 両者冷静でなかったからこそ生まれてしまった微妙な食い違いである。


「おぉ……チャチャが本気で怒ってるとらよ……」


「怒ってはない」


「だったらその手を下ろしてあげて」


「……あはー、冗談冗談ってね」


 誰もこのフワフワした状況を脱することができない! ギクシャクとした三人は誰が何を話すこともなく、ゼーちゃんはベットに仰向けになり、ミィとチャチャは椅子に座る。


 探り探りの会話も、第一声が無ければ始まらない。その最初の一声が上がるまでの時間が、三人には途轍もなく引き伸ばされて感じる。その数秒が発狂しそうな程辛く苦しい時間になるのだった。


 昔は気にすることもなかった接し方を考え、次第にストレスを感じるようになってしまう。それは三人が共に感じとった空気の悪さであり、自分のせいだと三人が同様に考えてしまう。


 相手を思うがゆえに最適解を探してしまう。何が正解なのかすらお互いに分かるわけもなく、正解の無い難問に頭を悩ませる。


 たった数秒の、地獄のような数秒。時間が巻き戻ることはない。


 三人が味わった強烈な感情の先に訪れるのは……


「……っぷ」


「あはっ」


「ふふっ」


 小さな羞恥。


 消化しきれない恥ずかしさを、身体の外へ漏らすことで対処することになる。


 『それがなんだかおかしくって』と。ただ三人は笑いあった。何がどうなるなど頭にはない。


 ただ、おかしかったのだ。ただ、笑いたくなったのだ。


 顔を真っ赤に、身体の痒みを抑えて、意識して息を吸うことになって。


 ただお互いに笑いあう。


 流れる涙はどんな想いからだろう。溢れる涙はどんな想いからだろう。


 今が一番幸せなんじゃなか、って。今が一番楽しいんじゃないか、って。


「おう、なんだか楽しそうだな」


「……えっへへ」


「……くくくっ」


「……あははっ」


 騒がしい部屋の様子を、ジーンが見に来る程。ジーンが混じったところで、それが終わることはなかった。


 何があったのかと聞かれても、笑って誰も答えられない。


 落ち着けと言われても、我慢なんてできるはずもない。


 自分の笑い声が。二人の笑い声が。時々来る静かになった瞬間が。


 がたごと鳴る椅子の音が。ぼすぽすと鳴るベットの音が。


 不思議がるジーンが。なんで笑ってるのかすら分からないこの時間が。


 全てがおかしくって。


 ただただ、三人は笑い続けてしまうのだった。



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