第百十六話 伝えられた真実
「あはははっ! 何今の!? 何ナニなにナになニ? 自爆? 面白いモノ見れちゃった!」
『ぎゃっぷんすぅ』が爆散した後、状況の整理がつかない二人にそんな言葉が聞こえてくる。
ジーンは声の聞こえた方へと目を向けるが、エルはぼーっと爆心地を見つめ続ける。そもそもエルには声が届いていないかのように、全く気にする素振りを見せなかったのだ。
いや、実際届いてはいなかった。エルには聞こえるはずもなかったのだ。
「……ゼーちゃんがやったのか?」
ジーンの目が捉えたのは、かつて仲間であったはずの精霊。ゼーちゃんであった。
「んーん。私は一切関係ないよ? なんか変なのがなんか勝手にああなっただけだよ?」
ニコニコと上機嫌にそう話すゼーちゃん。彼女のその言葉を聞き、それが真実なのかどうかを見分ける自信はジーンにはなかった。既にジーンの知っているゼーちゃんではないのだと、前回の戦いで思い知ったから。
しかし、それでゼーちゃんの奪還を諦めた訳ではない。何度戦うことになっても、諦めることなどしたくはない。その想いが変わることはなかった。
「エル、少し用ができた。先に帰っててくれ」
「……何かあったの?」
「ま、後でちゃんと話すよ」
ゆっくりと地上へ降り立ったジーンは、エルにそう言った。ただ、ゼーちゃんから目を離す事はない。
自分を見ることなく、何もないはずの空を見つめ続けるジーンを不思議に思うエルだったが、ふざけている訳ではないという事はエルに伝わっていた。
『ぎゃっぷんすぅ』捕獲後に降りていたマインヴァッフェに再び乗り込んだエルは、一瞬だけジーンを見たあとそのまま走り出す。
ドンッ!!
「っ!? ……あぅ」
しかし、エルはその場を離脱することはできなかった。見えない壁に阻まれてしまったのだ。
「あっは! 逃がす訳ないでしょ?」
犯人はゼーちゃん。心底楽しそうにそう宣言する。
「適当に遊んでてよ、用があるのはジーンだけだから」
そう言って、エルを結界で囲まれた空間に閉じ込めてしまうゼーちゃん。それと同時に、何処からともなく魔物が出現する。
魔法による移転のようで、数匹がエルを囲むように配置される。
「エルっ!」
一瞬意識を逸らしてしまうジーンだったが、その隙を見逃してくれる程ゼーちゃんは優しくなかった。
「ふーん。私よりもあの子が大事なんだ……?」
叩きつけるように振るわれたゼーちゃん愛用の風剣。それを寸前のところで受け止めるジーンだったが、衝撃を相殺することはできなかった。
そのまま地面へと叩きつけられるジーンである。
「ゴホッ、おぅ……。少しくらい、手加減してくれていいんじゃないか?」
「はぁ? 何言ってんの? 私はジーンを殺すために戦うの。手加減なんてするはずないでしょ?」
とは言いつつ、追撃をしないゼーちゃん。言動が中途半端なことに違和感を感じるジーンだが、先程振るわれた一撃は本物だったのだ。余計な事を考えていては負けるのは自分だと、気を引き締め直す。
「あぁ、はいはい。そうだったな」
「ま、別に今から死ぬんだし関係ないよね。死んでから後悔しなさい?」
上空からジーンを見下ろし、ビシィッ! と風剣をジーンへと向け小さく笑うゼーちゃん。
「……出来る限り抵抗させてもらおう」
ゼーちゃんへとそう答えつつ、埋まった体を起こしていくジーン。少なからずダメージを受けたジーンだったが、その後の戦闘では問題にならない程度のモノ。
咄嗟に精霊達がサポートに入ったのが功を奏したのだ。
ジーンは未だ空中を漂うゼーちゃんを見上げ、早速とばかりにキルシュブリューテを鞘から抜いていく。
既に戦闘モード全開のジーンはユラユラと魔力を立ち昇らせ、ゆっくりと腕を伸ばしていく。お返しとばかりにキルシュブリューテの切っ先をゼーちゃんへと向け、一言。
「まずは、ぼっこぼこにしてやんよ。話はそれからな」
ジーンは一気に同じ高さまで飛び上がり、突きの一撃を放つ。……が、それは本命ではない。
ゼーちゃんはその突きを避けた直後、背後から衝撃を受けることになった。
「っ!?」
横殴りの衝撃に数十メートル吹っ飛ばされ、ゼーちゃんは態勢を立て直そうとするが、既に次の攻撃が迫っていたことに気付く。
再びジーンが突きを繰り出してきていたのだ。
「何度も同じ手にいぃっ!?」
突きを避けた後の追撃の正体は、土塊でできた巨拳。魔力によって制御されたそれをゼーちゃんは叩き斬るが、瞬間土塊は爆発した。
何故、わざわざ土塊などという物を攻撃手段として使用したのか。少しでも対応しづらい不可視の魔力でも良かったのではないか。
「今日の俺達は、今までとは違うぞ?」
『僕たちがいるのも忘れちゃダメだよ?』
そう、今回の戦いは精霊達主体で進んでいるのだ。普段のジーンの戦い方とは少し違った方法、リズム、タイミングで攻めていることになる。
ゼーちゃんからすれば、複数人と戦闘を行うに等しい状況であるのだった。
土塊を避ければ水刃が、水刃を斬りつければ必要以上に飛沫が飛び散り、それらが一気に蒸発して爆発し。何かを対処する度に次の一手が直ぐに襲い掛かる。
ダメージこそ無いものの、反撃の隙も一切無い。いたずらに魔力を消費していくだけで、状況の進展が見られないまま時間が過ぎていく。
「まどろっこしい! 何がしたいのよ!?」
遂にはプンスカ地団駄を踏むゼーちゃん。いや実際には空中での戦闘のため、踏み鳴らす地面は無いのだが。
戦闘は一時中断。武器を下げ、理由を話せとばかりに睨みつけるゼーちゃんであった。
「懐かしいな」
「……は?」
「ほら、いつもこんな感じだっただろ?」
「だから何の話よ!?」
憎しみ恨みの感情など感じさせない程自然に。ただ子供のように、無邪気に声を張り上げるゼーちゃん。
ジーンも武器を下げ、戦闘の中断を受け入れることにする。
「こっちでは二年前、ってことになるんだったよな。俺とチャチャとゼーちゃんと、皆でさ、こうして稽古をしてたのを思い出してな」
「何よ今更。二年もほっぽり出しといて」
「それについては……ごめん」
「うぅ……何よ何よ、私だって寂しかったんだよ? ずうっと待ってたんだよ?」
「だから、俺達もすぐに迎えに行ったんだよ」
「それが遅いって言ってんのよ! って、すぐに? あれだけ逃げておいて何言ってるの?」
「逃げていた? ん? 何の話だ?」
今更過ぎる話であった。説明することもなく、ただすれ違ったまま別れることになったのが問題だったのだが、ようやく説明のチャンスが来たようである。
「それがさ、俺とチャチャは変な場所にとばされちゃってさ。多分過去か未来って可能性が高いんだけどな」
「え? そんな話知らないんだけど」
「まぁ、前会った時は話すとかそういう状況じゃなかっただろ? 話す前にゼーちゃんはいなくなっちゃうしさ」
「それはそうだけど……でも私は、ジーン達がワザと会わないように私を避けてるって……」
「はぁ? そんなはずないだろ。誰に聞いたんだよそれ。ゼーちゃん騙されてるぞ?」
「誰にって……リィに」
「リィ……ミィの兄ちゃんか」
ゼーちゃんの契約書であり、ミィの兄でもあるリィ。
そう。全ての元凶は、ミィの兄ぃのリィであったのだ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二年でゼーちゃんとジーン達の間に大きな溝を作ること。リィにとっては十分すぎる期間だった。
真実など関係ない。嘘、偽装などいくらでも用意できたし、元々心が不安定だったゼーちゃんである。極端に人との関りが無かったことも相まって、聞かされた情報だけでもそれが真実だと捉えてしまったのだ。
『さぁ、僕と契約すれば好きな所へ行けるようになるだろう。迷う必要なんてないよね?』
自由と引き換えに自由を手に入れたゼーちゃん。縛られていた環境から抜け出すことはできたが、何をするにも制限をかけられた。
リィの許可無しでは喋ることも許されない。リィの許可無しでは立ち歩くことも許されない。
ゼーちゃんを憎しみへと導くためだけに、捨てられたのだと存在を否定されたのだと言い聞かせるリィ。誰に救いの手を差し伸べてもらえるはずもなく、ゼーちゃんは一直線に闇へと堕ちていったのだった。
結果、憎しみのままに戦い、破壊衝動を抑えることの無い精霊としてジーン達の前に立ち塞がることになっていたのだ。
その時は、既に助けて欲しいなどという気持ちが残っているはずもなく、固い意思の元に契約が強く結ばれてたため、ジーン達はその契約を断ち切ることができなかった。
しかし、ようやくチャンスが来たと言えるだろう。
「そんなはずないよ! この二年、ずっと憎んでいたのが馬鹿みたいじゃない! 嫌っ、信じたくない!」
頭を抱え叫ぶゼーちゃんは、今まさに混乱していた。
契約によって悪はジーン達だと意識が誘導される。ジーン本人によって悪はリィだと突き付けられる。
何を信じるべきなのか、何を信じたいのか。ゼーちゃんの中で判断できないからこそ、その分だけ悩み苦しむことになった。
ゼーちゃんの背後に見える悪魔の姿は幻影か。
角を生やした細身の身体。一対の翼を持ち、長い爪をゼーちゃんの喉元に引っ掛けている。全てはこちらが握っているという、リィからのアピールなのだろうか。
動けばどうなるか分かるな? とでも言いたげなその様子に、ジーンは動くに動けない状況が続く。
ここで一声かけていれば。ここで無理にでもうごいていれば。
もっと別の未来が切り開けていたのかもしれない――。
ネットで気軽に小説が読める時代。外に出歩かなくても本を探せる、そして読める!
ウイルス感染のリスクをなるべく無くしつつ、楽しむことができるということです。
今こそ色んな作品に出会うチャンス!
ということで、ウイルスに負けることなく楽しく乗り切りましょう。