第百十四話 ぎゃっぷんすぅ
エルと並走するジーン。その中で、あの生き物について聞いていく。
「あれはなんだ?」
「ぎゃっぷんすぅ」
「ぎゃっぷんすぅ?」
「勝手に、そう呼んでる」
そう言葉を交わす二人の後ろから『ぎゃっぷんすぅ』が追いかける形で、木々の隙間を進んでいく。
攻撃することを禁止され、今はただ走らされているジーンであった。そして今一度振り向き、すぐ後ろを走っている『ぎゃっぷんすぅ』なるものの姿を確認する。
ぎゃっっぷんすぅ!
「鳴き声か」
「そう。面白い」
ぽめっちょ! がっぴぃっ! ちょんぴょりろまぬんぴぃ!!
「なんか、必死だな」
身体はトカゲっぽく、だが顔らしき部分は異様に丸っこい。目らしきモノがいくつか点在し、大きさがバラバラなのが嫌悪感を増大させている。
また、フォルムはトカゲだが、ブヨブヨとした肉なのかスライム状の何かに覆われていた。
体表が異様に湿っており、『ぎゃっぷんすぅ』が通った場所にはヌメヌメとした液体が跡になっている。
ぽみぽじょっぺん!
「……助けて。って言ってる」
「は? 言葉が分かるのか?」
あの意味不明な鳴き声にはそんな意味があったのか。驚きと共にエルへと視線を向けるが、エルが視線を合わせることはなかった。
「……気がするだけ」
多分。勘。きっと。あやふやで曖昧な意味を持つエルの言葉に、消化しきれないモヤモヤとしたモノが残るジーン。
「じゃあ、そう言ってるとして方法は、何か考えがあるのか?」
「無い」
「無いのか」
そもそも何から助けて欲しいのか。何をどうしていいのか。それすら不明だとエルは言う。そんな状況でよく助けたいと思えるな。そう思うジーンであった。
「だから、捕まえる」
「どうやって?」
「……落とし穴」
「そりゃまた単純な」
「むぅ、手伝って」
「ま、やってみるけどさ」
乗り気にはなれないが、エルの頼みを聞くことにするジーン。自身にとっては無駄に感じることであっても、エルにとっては意味のあることであるのだ。
人それぞれで価値観が違うのは当然。価値無価値を判断する基準も、その人の常識という偏見であるのだ。
だからこそ、自身が無駄だと判断した事を全否定する訳にはいかない。昔そんなことを言われた気もするな。と頭の中で記憶が薄っすらと蘇るジーンであった。
やるからには全力でやる。気持ちを切り替えたジーンは、くるりと進行方向とは逆へ身体を回転させる。
「ちょっと痛いかもだが、我慢してくれ」
『僕の出番、だね』
『頼む』
ジーンの意志を汲み取り、クーは『ぎゃっぷんすぅ』を結界で囲む。上下左右から隔離された空間に閉じ込められる『ぎゃっぷんすぅ』。
もっきゅばろりんべ!?
張られた結界へと勢いよく激突し、足を止める『ぎゃっぷんすぅ』。ぶよんっ、と一瞬身体が丸く潰れたあと、徐々にトカゲ型へと身体の形が元に戻っていく。
当然暴れる『ぎゃっぷんすぅ』であったが、強力なクーの結界の前には意味を成さない。念のためにと、チーやヒーの力も借りて結界をより強固なモノへと変化させていく。
「……流石」
瞬時に作られた結界の檻を見て、感動するエル。自分が何日もかけて作った罠が無駄になった瞬間であったが、しょうがないかと思う事にするエル。
今度、何かを強請ればいいか。と、いうのがエルの出した結論であった。
「しっかし不思議な生き物だな」
コンコン。と結界を小突きつつ『ぎゃっぷんすぅ』を観察するジーン。
おまっおぼったべっぷんすぅ!!
「……うわぁ」
「いじめちゃ、だめ」
ジーンの行為に対して、結界をべろんべろんと舐めて答える『ぎゃっぷんすぅ』。ねっちょねちょになった結界の壁から離れつつ、ジーンは自らの行為を反省することになった。
「俺、こういうの苦手なんだよな」
「自業自得。罰は、ぎゃっぷんすぅに、舐めてもらう……?」
「いや俺今苦手って言ったよな?」
「そうじゃないと、罰、ならないよね」
「やめてくれよ。冗談でも言っていい事と悪い事が……?」
目の前が急に真っ暗になるジーン。ついでに言えば、ねっとりとした何かに包まれている感触も。
身体が横倒しになり、ドシドシという足音と共に感じる震動。つまりは、
「……ジーンが、喰われた」
微妙に足先だけが見えている分、より恐怖を感じるエル。自分もああならないように必死で逃げることになった。
「……っ、……っ」
ぬろぬろ、ぬらぬらと、舌で舐め回されるジーン。
「……っ、……っ」
もっきゅもっきゅ。ハミハミされるジーン。
「……………………っ」
あまりの衝撃に、一瞬意識を失うジーン。
ぬらもっみるめっ。
非常に上機嫌な『ぎゃっぷんすぅ』。
ぬらみみぬん……? ぺっ。
満足してもらえたのか、乱暴に吐き出されるジーン。
びくびくと小刻みに震え、動くことすらままならないジーン。意識はあった。しかし、少しでも動くとヌメヌメとした感触が服の中を駆け巡るのだ。
何とかしたいが何ともできない。完全に動きを封じられたジーンであった。
『あるじー、ばっちぃ』
そこで動いたのはスイ。水で全てを洗い流し、ジーンの窮地を救う。あと数秒その措置が遅れていたら、ジーンは再起不能になっていただろう。
本日の最優秀賞がスイに決まった瞬間であった。
『あるじー、あるじー』
身体が綺麗になったからと言って、恐怖まで綺麗に消えた訳じゃない。地面に突っ伏したまま動かない、絶賛絶望中であるジーンの身体を揺するスイ。
『える、たすけるんでしょー?』
「…………」
『える、まってるよー?』
「…………」
『…………あ、わたしがやればいいのか』
「…………」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……あ、大丈夫?」
「…………」
「……ジーン?」
「…………」
すいーっと移動してエルに追いつくジーンだった。足を動かすことも無く、浮かんで、音もなく移動している。
浮かんでいるのはジーンだからあり得るんだろうと、そう納得するエルだった。しかし、声をかけても反応が無い事に心配をする。
よく見れば目すら開いていないのだが、それには気付かないエル。
『あるじー、おきないとまたたべられちゃうよー?』
鬼畜スイ。エサを吊るすように、『ぎゃっぷんすぅ』の目の前へとジーンを持っていく。
ぼらぼっふすきぃ! ぎょぼっぴんもすもしぃ!
先程吐き捨てたジーンを見て、それがご馳走であるかのように興奮しだす『ぎゃっぷんすぅ』。流石に『ぎゃっぷんすぅ』の鳴き声を間近で聞いてしまえば、ジーンも現実へと引き戻されてしまうことに。
「……ぁ?」
ぐぎゃぎゃぁあああぎゃっっぷんすぅ!
「っ!?」
その一瞬で現状を把握することはできない。だが、自分が『ぎゃっぷんすぅ』の目の前にいることだけは理解できたジーン。
ぷるめっ! ぽるめっ! ぎゃっぷんすぅ!
「わああああああぁぁぁぁ!!」
反射的に足が動き出すジーン。スイのサポートから離れ、ようやく自分の足で走り始めていく。
涙を滲ませ、絶叫を垂れ流して。それでもジーンは走り続ける。
ぽめっちょんがっぴぃっちょんぬ!
「やぁあぁぁああああ!」
全速力で走っているように見えるが、パニックのせいで半分の力も出せていない。普段なら余裕で引き離せる相手だが、やはり冷静さを欠いていては思い通りに身体は動かないのだ。
「おい! 本当にあれどうにか出来るんだろうな!?」
パニックの中、隣を走るエルへと問いかけるジーン。
「……あれすぐーとぅ」
「何言ってんのか全然分かんねぇよ!」
すふぉこしゃばだびぬめろりんぬ!
ジーンが叫び、エルが答え、『ぎゃっぷんすぅ』が鳴く。
「倒しちゃダメなのか?」
「……ないん……」
「どっちなんじゃい!?」
おぷもぬもぬんだらべぇぶぅどぅぬぅ!
彼らは『ぎゃっぷんすぅ』を捕獲できるのだろうか。