第百十三話 誘導、開始。
「おうおう、茶ぁ持ってきたぞ~、って。何だどうした?」
戻ってきてみれば、何やら様子がおかしいぞと。そう感じたモンハチである。
ジーンからすれば、何も変な事はしていないと思うことであった。しかしそれは、高次元な実力を持つ者が周りに居たからこそ。
エルやリーサからはどう見えるのか? と、考えを巡らせなかったことに後悔するジーンであった。
時すでに遅し。気が付いた時には、既に微妙な空気が漂い始めていたのだ。
「大丈夫よ、ちょっと驚いちゃってるだけ。お茶ありがとうね」
乱れた心を落ち着かせるように、リーサがコップへと手を伸ばす。それを見たエルもモンハチへと近づいていき、お茶を貰う。
「ほれ、ジーンだったか。お前も飲めや」
「ありがとうございます。頂きます」
よくは分からないが、心配するような事は起こっていないんだな。と、そう安心するモンハチ。
自分が離れている間に何があったのか。気にはなるが、別に今は聞く必要が無いとそう判断するモンハチ。自分の居る時にやってくれと、そう思うモンハチであった。
「あ~、あれか」
「はい。少し……気合が入っちゃって」
ジーンへと視線を向ければ、自然とその後ろにある物も視界に入る。つまりは、真っ二つに斬られた金属柱を見つけるモンハチである。
「あれを真っ二つか。俺も見たかったぜ」
「素晴らしい力を持ってるんですよ? びっくりしちゃいました」
先程の様子を見て、リーサに拒絶されるかもと内心びくびくしていたジーン。モンハチとリーサのその態度は、ジーンを安心させることになった。
「……どう?」
エルが聞くのは、武器の調子。一瞬だけ、お茶の味を聞かれたのかと勘違いしたジーンである。が、エルの目線が武器の方へとチラチラ吸い寄せられていたため、恥をかく事態にはならずに済む。
「十分な出来だよ。俺も欲しいくらいに、完成度の高い武器だった」
「じゃあ、あげる」
この剣をくれるの? と、一瞬その言葉を疑うジーンであった。売りに出せば国が動くレベルの代物であるのに、それをさも当たり前のことしているかのよう。
「いいのか?」
「……いい」
「分かった、大事にしよう」
押し付けられるように、ジーンはエル製の剣を貰うことになった。
「名前はあるのか?」
「……キルシュブリューテ」
「きる……?」
「……桜って意味」
柄の部分にあしらわれた模様は、桜の花びら。剣身が薄っすらとピンクを帯びているのは、魔力で性質を変化させ続けた結果だった。
「あー、成程な」
そう言いつつ、再びキルシュブリューテに魔力を流し込むジーン。立ち上る魔力も薄っすらとピンク色をしている事に気付き、ピッタリの名前だろうと納得する。
「でもまだ、完成じゃない」
「ん? そうなのか?」
「ドランのあれ」
「あれか」
「そう」
短い会話で、互いに全てを察することができていた。
「ドランの力を借りて、ようやく完全体って訳か」
「会える、かな?」
「もしよかったら、今度一緒に会いに行かないか?」
「……行きたい」
「そうだ。ちぃちゃんも連れて、三人で行こう!」
「よっちゃんも……?」
「ああ。この間、偶然出会ってな」
「……早く会いたい」
ジーンの服を掴んで、そのままグイグイと揺らすエル。今すぐにでも会いたいと、ジーンを急かしているのだ。
それはジーンにも伝わり、そうしたいところではあった。がしかし、任務の事を思い出し、思考を切り替える。
「あー、いや。すぐには無理なんだ。一応俺にもやることがあってな」
「……残念」
顔や声色に感情があまり出ないからなのか、エルの感情は身振り手振りで表現されることが多い。本当にガックシと肩を落として、俯いている。
「あの、やることとは何なのでしょう。聞いてもよろしいですか?」
「えっと、さっきも言いましたけど、調査ですかね。何か変わったことが起きているとか、何かに困っているとか。もし何かあれば教えて欲しいです」
「……ある」
ジーンの問いに、エルが一言。心当たりがあるらしく、真っすぐとジーンを見据えてそう言った。
「教えてくれ」
「待ってたら、分かる」
見た方が早いと言わんばかりに、それだけしか言わないエル。
実のところ説明に困ってしまう部分もあるのだった。詳しく分かっていることも少なく、エル自身も上手く説明できないからこその判断である。
「リーサさん達にも心当たりが?」
「そうねぇ。あれは、なんて言えばいいのかしら?」
「ううむ、やっぱ実際に見てもらうしかねぇよな」
リーサもモンハチも、その何かについて説明することはなかった。三人とも共通の何かを知っているのに、それを説明できない。
それを不思議に思いながらも、ジーンはそれ以上深く聞き出すことはしなかった。だが、そこであることに気付くジーン。
「……っと、何か来るな」
まだ距離はあるが、相当のスピードで移動する存在を認識するジーン。そして、その存在が目指す先がこの場所であることも予測する。
人でも、魔物でもない何か。それがどんな存在であるのかを判別する情報が、ジーンにはまだ足りていないかった。
「多分、それ」
「うーん? 何もしなくていいのか?」
「うん」
「ま、そう言うんなら信じるけどさ」
とは言っても、何が起きても良いように準備するのがジーンの考え。いつ戦闘になっても良いように、警戒を緩める事は無い。
と、そこでおもむろに金属人形へと近づいていくエル。そんなにゆっくりしている時間は無いんじゃ……? とは思いつつ、ジーンはその様子を見守ることに。
『何するんだろうね?』
『さぁ? あれで戦うとか、そんなところじゃないか?』
冗談半分にそんなことを話すジーン。全くもってその通りな訳であるのだが、ジーンもミカも用途を確信できないでいた。
そんなことをしている間にも、問題の反応はどんどんと近づいてくる。
「先に外出てるからな」
エルの返答を待つことなく、ジーンは移動を開始する。エルの思惑は気になるが、急速接近中の存在も放っておくことはできないのだ。
リーサ達に続いて、建物の外へと出るジーン。しかし、木々の間から異様なプレッシャーを感じ、反射的に戦闘モードへと意識が切り替わることとなった。
「こっちから手を出すなよ」
「何が起きるのか、分かりませんからね」
「わ、分かりました」
そう言われてしまえば、ジーンとしては受け身になるよりほかはない。未だ姿を確認することはできていないが、奇妙な鳴き声が少しづつ耳に届くようになっていく。
「……おまたせ」
もう少しで木々の間から出てくるだろうといったところで、エルが遅れてやってくる。がしょん、がしょんと聞き慣れない音を響かせながら。
「エ、エル……?」
一体どういうことだ。そう聞く前に、事態は動き出す。
ぐぎゃぎゃぁあああぎゃっっぷんすぅ!
奇妙な鳴き声と共に姿を現すそれ。土煙を盛大に上げつつ、急ブレーキをかけて止まったのは見慣れない生き物だった。
それは一定距離以上に近づく様子はなく、ジーン達をただじっと大きな目と小さな目で見つめるだけだった。
「誘導、開始。ついてきて」
何よりも先に動き出すのは、人形改めマインヴァッフェに乗ったエルだった。
「……了解」
いつも振り回されるのは変わらない。昔からそうだったことを懐かしく思いつつ、エルを追いかけるジーンである。