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第百十二話 才能の片鱗




「落ち着いたか?」


 エルの様子を窺いつつ、ジーンはそう言った。その言葉に対して頷き返すエルだったが、二人の距離が近いせいで頭がジーンの身体をコツンと叩く。


 その様子を後ろから見守る者達がいる。その一人であるミカは、エルの事を知っている。しかしエルにはその存在を知られていない。二人と一緒に、というのは世界が許さなかった。


 僕も一緒に。その想いはあったが、現実は非情であるのだ。


「エル、その人は……?」


 見守っていたのはミカだけではない。扉の奥から声をかけるのは、先程の女性。


「うん、僕の大切な人」


 簡潔に、エルはそう言った。


「リーサ」


 また、ジーンに向けてその声をかけた女性に指を指して言う。彼女なりに紹介をしているようであった。


「ジーンです」


「私はリーサ。よろしくね」


 ジーンは未だにジーンから離れないエルを抱いたまま。その状態でリーサと名乗り合う事になった。


 ジーンがさりげなく離れようとすると、それを嫌がるようにエルが寄り添っていく。その様子は兄妹と言われたら納得してしまいそうな程、自然で違和感がない。少しも恥ずかしさを感じさせない二人だったのだ。


 エルをずっと見てきたリーサにとって、それは驚くべき光景であった。だが、驚くのと同時に嬉しさが込み上げてくるのを感じていた。


 年頃の女の子が、こんな辺鄙な森の中に居ていいのだろうか。お友達と一緒に過ごさせた方が良いのではないか。そんな心配を持ったままだったのだ。


 エル自身は大丈夫と言うだけ。目標の為に頑張っている事を知ってはいても、本当に現状が最善なのか悩むのは、保護者にとっては当然の流れであったと言える。


 そして今、こうしてエルから聞かされ続けた人物が現れたのだ。娘に等しい存在が、一気に遠くに行ってしまったような。そんな風に感じてしまうリーサであった。


「おうおう。あんちゃんがエルの言ってたジーンか。俺はモンハチだ。よろしくな」


 扉の奥から出てきたのは、モンハチと名乗る男性。エルの保護者の一人である。


「はい、ジーンです。よろしくお願いします」


「それにしても急だな。なんか用事でもあったんか」


 特に再会の予定などしていない。その事をエルから聞いていたため、モンハチは少し怪しむような口調になってしまう。


 父親同然の彼からすれば、ジーンはよく知らんおかしな輩同然だ。突然訪れた事もそうだが、この場所はそう簡単に来られる場所じゃないことも関係している。


 少し歩けば魔物の群れに狙われ、道を知らなければ森を抜けられない。この名も無い森を訪れるのは、熟練の冒険者かモンハチを訪ねてくる商人くらいなのだ。


 それなのに、軽装でしかも一人きり。常識的に怪しいのレベルを超えているのだ。異常だと言ってもいい。エルの知っている人だからと言って、簡単に信用はしないぞと思うモンハチであった。


「そう、ですね。詳しくは言えませんが、この森の調査に来たと思ってもらえればいいかと」


「調査? 一人でか?」


「はい」


 調査に来たというジーンの言葉に、より一層怪訝な様子を見せるモンハチだった。色々と聞きだしたいモンハチだったが、それはエルによって中断されてしまうことになる。


「……こっち」


 大分落ち着いてきたエルは、扉をくぐって建物へと入っていく。手を握られていたジーンは、必然的に一緒になって建物へと入ることになった。


 中の様子から、やはり居住用ではない事を悟るジーン。大きな空間の中に見慣れない物体を見つけ、あれは何だとエルに問うが返答は無し。仕方なしに、手を引かれるままその物体に近づいていくジーンであった。


 そんな二人を眺めるのはモンハチとリーサ。


「どうも信用できん」


「そう? 私はいい子だと思うけど?」


「何から何まで怪しさてんこ盛りだろ」


「不思議な子だけど、エルがあんなにも懐いてるんだもの。これ以上にあの子が信用できる子だって証拠は無いと思うけど?」


「ううむ、それはそうなんだが……」


「うふふ、じゃあ私も行ってくるね?」


「……ああ」


 リーサは二人を追いかけて建物へと入っていく。それを見送るモンハチであった。暫く唸った末、そのまま扉を閉める。


「お茶でも持っていってやろう」


 何だかんだ言っても、エルの知り合いだ。そんな人物が来たのは嬉しい事であり、自分が少し浮かれた気分になっているのに気付かないモンハチである。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「これは、何だ?」


 エルに連れられ、ある物の前に来ることになったジーン。


「マインヴァッフェ」


 エルはそれだけ言って、あとは何も説明をしない。見た目は金属の人形。人形と言うには少し大き過ぎるが、ジーンはそう表現するしかなかった。


 自分よりも大きなその謎の人形だが、一体何に使うのか。ジーンは実際に触れてはみるが、それだけで何かが分かるということはなかった。


「いや、これは……」


 魔力で動かしてみようとした時、ジーンは気付く。


「魔力の伝達率が以上に高い……これはエルが?」


「がんばった」


 エルが言ったのは、その一言だけ。しかし、その『がんばった』に詰まっている、彼女の努力をジーンは理解する。


 本来、金属の性質を変化させるには膨大な時間が必要になってくるのだ。一日二日で変化させられる程、簡単な事ではなかったりする。


 そもそも、魔力の伝達率とは何なのか。ジーンは魔闘技という技術で自らを強化している。それは自分に触れている物体にも影響を与えられるのだが、それは百パーセントではない。


 武器や防具へと影響を与えようとする際、どうしても制限がかかってしまう。良くて四十パーセント。悪いと二十パーセント程度しか、効力を発揮できないのだ。


 その制限というのが伝達率である。


「九十くらい……?」


 驚愕の数字である。良作と呼ばれる武器でも、精々が七十パーセント程度であるのだ。八十パーセントを超える物も、数えるほどしかない。過去には九十パーセントを超える作品もあった。という記録があるだけで、現在は八十パーセント前半が最高傑作と言われている。


 ベテランの職人でも、何年という時間をかけてのその結果だ。それに、時間をかければ良いという話でもない。技術によって、限界という壁があるのだ。


 エルはその壁を超えたのだ。人間の限界と言われた八十パーセントの壁を、彼女が超えたのだ。


「武器は無いのか?」


「……そんな時間、無かった」


 実はエルも試そうとはしていたのだ。しかし、マインヴァッフェに力を注ぐのが最優先であったエル。二の次になってしまったのは、仕方がないと言えるだろう。


 小走りで奥の方へと走り去っていくエル。現状渡せそうな武器の幾つかを取りに行ったのだ。


「これ。八十、無いくらい。こっち、も。」


 エルが持ってきたのは、十分に傑作と呼べる武器であった。現在ジーンが所有している物でも、そこまでの伝達率を有する武器は無かった程だ。


「いる?」


「少し、持ってみてもいいか?」


「試し斬りも」


 サムズアップして答えるエル。『あれ斬ってみて』と指さすのは、金属の塊。自立できる程に太く長いそれは、生半可な実力ではどうにもできない代物であった。


 エル自身も無理だったのだろう。試し斬りには持って来いのモノだと紹介するように、瞳で語るエル。


「それじゃ、遠慮なく」


 エルから手渡された剣に魔力を流し込む。驚くほど自然に、以前から身体の一部だったかのように。今まで使い込んできた愛剣が霞んでしまいそうな程に。


 手に持つこの剣の異様さに、何かを斬る以前に理解してしまったジーン。昂る感情を表すかのように、剣に纏わりつく魔力が細く天へと立ち上る。


 曖昧に消えていく魔力がバチバチと、放電に似た現象を引き起こす。


 近くに居たエルは感じる魔力の威圧感に、興奮し目を輝かせる。だが反対に、遠くに居たリーサは逆に縮こまる感覚に陥っていた。


 常人では耐えられない空間が一瞬にして創り出され、呼吸の合間を縫う唐突の一閃。耳を劈く(つんざく)ような短い刃鳴りが響き、エルもリーサも反射的に身体が震えてしまいそうになる。


 斜めに切り込みが入った金属柱。その上部分が滑るようにズレていき、やがて落下を開始する。


「ばっちし、だな」


 エルとリーサには、落下したはずの金属が浮かんでいるように見えていることだろう。不可視の魔力によって支えられた金属が、ゆっくりと地面に置かれていく。


 その行動に、戸惑いを隠せないエルとリーサ。


「魔法、なのですか?」


「何も、感じなかったけど……」


 そう聞いてしまう程には、二人共に驚いていたのだ。エルもリーサも魔法に関しては素人ではない。


 もし物を浮かせる方法があるとしたら、魔法しかない。魔法を使ったのなら気付ける程度の実力はある二人だった。


 それにもかかわらず、何をしたのか分からなかったたのだ。余計に信じられないという感情が強くなってしまっていた。


「ん? まぁ、そんなところです」


 細かいことを説明する気は無かったので、そう答えるジーンであった。





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