第十一話 ミィと出会うまで(8)
「……話はまとまった? 話を進めてもいいかな」
「何見せつけてんだこの野郎」とでも言いたそうな顔で、ミィが二人に聞いた。
ジーンには全くそんなつもりは無かったのだが、第三者からすればイチャコラしているように見えたのだろう。チャチャが恥ずかしそうに、さっきまで座っていた場所まで戻っていく。
「早速なんだけど、”精霊”って言葉は聞いたことある? 二人は精霊について、どこまで知ってるの?」
ジーンは自分の記憶を掘り起こしていった。
精霊。確か小さい頃にチラッと何かで……もう少しで思い出せそうなんだが。誰かに聞いた? いや、違うな。もっとこう……静かな空間で……。
と考えている間に、先にチャチャが発言することになった。
「あっ。精霊って確か……小さい頃に読んだ絵本に出てきたのかな。詳しい話の内容は思い出せないけど、えっと……精霊は不思議な力が使えて、いろんな人を助けていた気がする」
チャチャが古い記憶を探り探りで話していく。その話を聞いて、チャチャと同じく絵本で読んだこと。それをジーンも思い出すことになった。
チャチャの読んだものとは少し違うみたいだが、内容はしっかりと思い出すことになった。
「俺も絵本で読んだな。確か話は、悪い奴が精霊の不思議な力を使って世界征服しようとした話だったな。最後は使っていた精霊達の力が暴走して、世界の環境が不安定になったとかなんとか。こんな感じだったと思う。知っているのはこんなとこだな」
チャチャとジーンがそう言った後、ミィは少しだけ驚いたように目を見開いた。一瞬遅れて表情が暗くなる。
「でも、精霊ってお話の中の存在でしょ? これから話す事と何か関係があるの?」
チャチャが首をかしげてそうミィに聞いた。
確かにチャチャの言う通りで、精霊は物語の中だけの存在だと誰もが思っていたはずだ。しかし、わざわざ”精霊”という言葉を出したということは、必ず理由があるはずだ。
何か、もしくは誰かを”精霊”という架空の存在として本に残した? それとも、魔法を精霊として表現したのか?
「色々考えているみたいだけど、もともと精霊っているんだよ? なんで知らないのか不思議なくらい」
ミィはさらりと言っているが、ジーンもチャチャもその一言に驚かされていた。
本当に精霊は実在するのか。もし本当に存在するのなら、何故今まで聞いたことすらないのか。ふざけているようには見えないが、少し疑ってしまうジーンであった。
「あ。その顔は信じてくれてないよね? なら、今から見せてあげる……と言いたいとこなんだけど、私だけで精霊を呼び出すことはできないの」
少し困ったように、顔をしかめてミィが言う。
「私は、ってことは誰かはその力を持ってるってこと?」
チャチャが「ピンときました!」とミィに聞く。
「うん。その通りなの。実は、魔法を扱える人は精霊を呼べるんだ。だから、ちーねぇも呼べるしジーンも呼べるはずなんだけど……」
精霊が呼べるとは言われても、どうすればいいのか全く分からない二人であった。チャチャなんか唸って両手を突き出している。それで呼べるのなら良かったんだけどな。と思うジーン。
「その方法が正しく伝わっていない、ということだな? それならどうしてミィは知ってるんだ?」
「出来るだけ分かりやすく、そして短くしてくれると助かるんだけど……」
難しい話になってくると察したのだろう。チャチャが申し訳なさそうに言った。
「うーん、じゃあ大事なとこだけ言うね。まず、私がどうして精霊について知っているのか。それは私がというか私の家族が、人と精霊との繋がりを途切らせないようにするのが役割だったから。私達は精霊を呼び出すことは出来ないけど、その代わりに精霊と人とを繋ぐ能力があったの。その力を持っているのは、私達だけじゃないはずなんだけど……」
「なら、なんで精霊のことが伝わっていないんだ?」
ミィは少しうつむいて話す。
「それはね、多分私の家族が突然襲われちゃったことが関係してると思うの。きっと他の能力を持つ一族の人達も……」
「えっ、誰に襲われたの? だからミィはこの森を彷徨っていたの? 家族の皆は大丈夫!?」
チャチャも心配しているのだろう。それに、もし襲われてるのだとしたら一刻も早く助けなきゃ、とか思っているのかもしれない。
しかし、それだとおかしい部分も見えてくる。本当に襲われていたのなら、ミィは気が付いた時点で助けを求めたはずだ。何よりジーンに最初に言った一言がなんだったのか。
「お腹空いた」だ。明らかにおかしいだろう。
「少し落ち着け。まずはミィの話を聞いてあげよう。動くとしてもそれからだ」
「でもっ……!」
「ちーねぇありがと。でも、まずは話を聞いてもらいたいな」
二人に言われたことで、チャチャも少し冷静になった様子であった。
「一つ言っておくと、家族は大丈夫。多分。他の人達のことはちょっと分からないけど……」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
話を聞くに、のんびりしていられる状況でもないだろう。しかし、ミィからは焦りを感じられない。
「まず、私達が襲われたのはずっと前だと思う。どれだけ前なのかは、正直判断出来ないけど。それに考えてみて。襲われたのが最近だとしたら、どうして精霊のことを知らない人が多いの? さっき二人の話を聞いて、思ったことがあるの」
「ちょっと待ってくれ。襲われたのがずっと前? 襲われてから、周囲が精霊のことを忘れかけている程の年月が流れているということか? だとしたらミィはどうしてそんな昔のことを……? わけが分からん」
一瞬、めちゃくちゃなお婆さんなのでは。とジーンとチャチャは二人して考えてしまう。
「いっぱい考えてるみたいだけど、勘違いしないでね? 私、そんなにおばあさんじゃないからね? 多分……」
「もういいだろ。早いとこ正解を聞かせてくれ」
ジーンは話が見えてこないため、ミィに答えを急かす。チャチャも考えすぎて頭がパンクしそうになっていた。
「ミィはおばあちゃん……ミィはおばあちゃん……」
などと呟き続けている。
「う、うん。そうだね……」
チャチャの様子を見て、顔を引き攣らせながらミィは話し出す。
「今って、何年か教えてくれる?」
「神歴のことか? それなら八と一二四年だが」
「ジーン違う! 今年はもう八と一二五年だよ」
「そう、なんだ……」
神歴を聞くと、精霊の話を聞いた時よりミィの顔に影がかかってしまう。声をかけようかと迷ったが、先にミィが話し出した。
「私が生まれたのは神歴四八〇年。今から……だいたい七五〇〇年前」
その一言を聞いた時、どう反応していいのかジーンは分からなかった。予想を遥かに上回る事だったのだ。声を出すことが出来ずにいたのは、チャチャも同様だった。
「私もびっくりしてる。こんなにも時間が経ってるんだって。信じてもらえないかもしれないけど。私たちが襲われたのは、確か四九六年。それは本当に突然のことで、抵抗することもできなかったの。そして私達は殺されるんじゃなくて、封印されてしまった」
ミィの話を聞き、これから大きな事件に関わるんだと改めて覚悟を決めたジーンであった。