第百六話 誘い
「って感じなのです!」
自身の事、ティティとの出会いを話したうーちゃん。それはもういい出会いでしょ? 的な圧を感じるジーン達であったが、反応に困ってしまう。
そもそも流れがおかしいのだ。急に語りだしたかと思えば、急に話を終える。終始自分中心なうーちゃんであった。
どうせなら今の状況、唯一の能力についての話を聞きたかったというのが、正直な感想なのだ。
「あの、はい。とても素晴らしい出会いだったんですね」
とりあえずは当たり障りのない返答をし、この場を乗り切ることにしたジーンである。
「ですよねですよねっ!」
ジーンの言葉を聞き、大変満足そうにはしゃぐうーちゃん。見た目のまんま、中身も子供っぽいと感じてしまうジーン達であった。
一通り話をして気が済んだのか、ようやく落ち着き始めるうーちゃん。冷静になってある事に気が付いたらしく、改めてティティに問うた。
「あれ? なんで私呼ばれたの?」
「いや状況把握できてないんかいっ!」
思わず言葉が出てしまったジーン。登場時のインパクトが強かったせいで、その分期待も膨らんでしまっていたのだ。我慢できなかったのは仕方がないのかも分からない。
「おっ、君いいですね。私相手にそんな事言うなんて」
「……ジーン。うーちゃんの機嫌が良くてよかったな」
驚きと呆れを含んだティティの言葉。うーちゃんの凶暴性や不条理さ理不尽さを知っているティティからすれば、友好な関係を築いていないジーンの発言に肝を冷やしたのだ。
ジーン達がその言葉の本当の意味を知ることになるのは、まだ先のこと。今はマズイことをしてしまったのだと、認識を改めるだけに留まっていた。
少しだけジーン達が補足しつつ、うーちゃんに現状を説明するティティ。ならばと唯一の能力の説明を始めるうーちゃんであったのだが……
「唯一の能力は、もうそういうものって感じなのです。はい、終わり」
説明にすらなっていない。しかし、うーちゃんにとってはそれが全てだった。
世界の不具合と言っても過言ではない、その異質な存在が唯一の能力なのだ。うーちゃんが意図して創り出した状況ではなかった、というのが真実であった。
「破滅帝はどうする?」
「ん~~?」
タマの問いに、頭を悩ませるうーちゃん。もっとも、既に頭の中では"何をしたいのか"は決まっていた。それをどう行動に繋げていくのかを悩んでいるのだ。
ティティと出会って以来、自分のやりたいことを自覚できるようになったうーちゃん。何をするのか、何がしたいのかを決め、それに向けて行動を起こす。
当たり前? それは違う。
少なくとも、うーちゃんにとっては当たり前ではなかった。ティティと出会い、共に過ごしていく中で芽生えたことだ。
"何がしたいのか"を自覚していく中で、うーちゃんは過程を大切にするようになった。ティティと会う。その目的を達成する中で、幾つもの選択肢を考えるのだ。
後ろから抱き着いてびっくりさせよう。何かプレゼントを持っていこう。いつも通りティティ大好きって言おう。
一つの終着点に至るまでの過程。それを考えるのが楽しみの一つでもあったのだ。言い方を変えれば、いたずら好きというのが一番近いのかもしれない。
「今から会いに行けば解決なのです?」
「うーちゃん? それ大丈夫? 危険じゃない?」
本来は敵である破滅帝に会いに行く。ティティにとって、そう簡単に了承できることではなかった。うーちゃんが行くと言うのならついていくしかないが、それは最後の最後だ。
途中で折れてくれないかな? くらいの気持ちではあるが、ささやかな抵抗をするティティ。
「大丈夫なのです! はーちゃんもお友達なので!」
「でっすよねー」
にっこり笑顔でそう言われてしまえば、これ以上ダラダラと言葉を交わすこともできない。
「お姉ちゃん。うーちゃんには弱いからねー」
分かり切っていた結果に、タマもため息をつき覚悟を決める。
これからのことを決める大切なお話合いのはずなのに、完全にジーン達は蚊帳の外。察するに、あの男もとい破滅帝に会いに行くということなのだろう。ジーンはそう判断するしかなかった。
うーちゃんの様子から、恐らく戦いにはならないのだろう。しかし、怖いものは怖い。殺し合いをした相手とは再び会いたくないのが正直な気持ちであった。
チャチャも同じだった。最後に剣を振るったあの瞬間を思い返し、今でも身体の緊張が甦る。気合でどうこうできるものでもないし、懸命に恐怖に耐えるだけであるのだ。
夜桜なんかは、絶望した顔を隠すことも無く立ち尽くしている。世の終わりを目の前にしたかのようである。助けを求めようにも、口を挟めるような状況じゃない。
視線で訴えかけようにも、うーちゃんには笑顔を返され、ティティには頷かれ、ジーンとチャチャは自分の事でいっぱいいっぱい。
隣には死んだかのように眠るソチラが見え、今はそんな彼が羨ましく思う夜桜であった。
「んじゃ、こいつも連れてくか。おいてく訳にもいかんしな。破滅帝に襲われたら真っ先にお陀仏だな。はっはっは」
前言撤回。言葉にしていなくとも前言撤回。ちっとも羨ましくなかった。一番なりたくはない立ち位置なのがソチラだった。
プルプルと震える手足もとい全身を精一杯動かし、ちょこんとジーンの服の端を掴む。
「皆準備はいい?」
よくないです。そんな想いは通じることなく、実際にはうーちゃんはジーン達のその想いを分かった上で、破滅帝の元へと転移する。
その瞬間、不思議と恐怖が消えていく。それは気のせいだったのか。それとも、うーちゃんもしくはティティによるものだったのか。
「ふんっ! 何奴!?」
目の前には大きな拳。瞬間自らの剣で防御するが、防ぎきれないと悟ってしまう。
「ちょい待ちなって」
ジーンへの顔面パンチを完全に防いだのは、ティティ。
ジーンの持つ柄に手を添え、ぶっちぎりの防御力で破滅帝の全力パンチを受け止める。一瞬ではあったが、この星最高峰の魔力の使い方に触れたジーン。
真似をするなどおこがましい程に、レベルの違いを実感する。だが、それで終わるジーンではなかった。この瞬間に何か掴むものを感じ、状況などお構いなしに高揚感を感じてしまっていた。
「ぬぅ、貴様はティティか。それに……神までいるとはな……っ!?」
「ってぇぇいっ!!」
冷静になりかけた破滅帝。安心しかけたのも束の間、何故かどうしてかうーちゃんが飛び掛かっていく。
文句なしの一閃に、文句なしの防御。
円形状に衝撃波が広がり、時間が止まったかのように二人の動きが止まる。その様に固まってしまうジーン達であったが、それはティティ達も同じだったようだ。ティティもタマも目を点にして隙を晒している。
「ふはは、昔を思い出す」
「ね、ホント久しぶりなのです」
不敵に笑う破滅帝と、にっこり笑顔のうーちゃん。
「満足して貰えたのです?」
「うむ、実に良い演出であった」
二人にしか分からない世界か出来上がっていた。そのことに少し不満な思いを募らせるティティであったが、ぐっと堪えて話を進めようと気持ちを切り替える。
「いつ以来だったか」
「ふん、封印した貴様が何を言うか」
どう切り出したものかと、軽く言葉を交わしていくティティ。
「封印? もうとっくに鎖から抜け出して何を言う」
「おかげで力のほとんどを使い果たしてしまったわ。本格的に抜け出すのはもう少し先だな。それに、やりたいこともできた」
「やりたいことだと。こいつらが関係してるってことは察しがつくが……」
「貴様には分からんだろうよ。いや、分かっていたとしても認めたくない、といったところか?」
チラリと視線を向けるティティだったが、すぐに破滅帝に向き直る。
「貴様の想い描く未来にはならない。私がいる限りな」
「ふはは、今更何を言っておる。そんな事分かっておるわ」
モヤモヤした部分が一向に晴れない。今自分が何をするべきなのか。
一番は、破滅帝を滅ぼすこと。しかしそれは不可能。次点で破滅帝の真意を知る事。だが、それも難しいと思い始める。
「はーちゃんはもう諦めたの?」
「いいや。世界の破滅は諦めておらんぞ。ただ、その役割を果たすのが我でなくても良いと理解したのだ」
「ふーん」
うーちゃんにはそれで伝わった様子だ。だが、それをティティやジーン達に教えることはない。
「私は皆の味方ですから。皆に口を挟み、皆に手を差し伸べるのです」
「だったら破滅帝の言ってる意味を教えてくれてもいいんじゃねぇ!?」
「ダメなのです。それだと皆が幸せになれませんから」
いつもの笑顔じゃない。そのことを感じ取ったティティとタマ。どこか悲しげで、それを隠すような。
「私にも話せねぇって?」
「今は、なのです」
ティティはその言葉で察する。確実にジーン達が関わっていることだと。それに自分の勘が正しければ……。
わざわざ破滅帝に会った意味があったというもの。自分には何も出来なくとも、見守っていく心の準備ができたのだ。それに、全てを諦めることも無い。対策、解決法もあるだろうと、前向きな考えに切り替えるティティであった。
「我はもう暫くこの中にいるが……貴様らは出ていくのだろう?」
破滅帝が問いかける。その眼はジーンに向けられており、その問いに答えるのはジーンである。
「そう、だな。俺達もやらなきゃいけない事があるんだ」
「そこで一つ提案だ。ここで我らが稽古をつけてやろう。そうだな、一ヶ月程度あれば十分か」
「はぁ!? 何を言っている破滅帝! そんな事私が許す訳ないだろう! それくらいなら私が……!?」
ニヤリと、破滅帝が笑った。
「言ったなティティよ。うむ。たった今、ティティも相手にできる状況になった。これ以上ない環境だと思うが……どうする?」
「いいんじゃないですか? 何よりとっても楽しそう! お泊り会の準備をしてきますね」
ジーンの返答を待つよりも先に、うーちゃんがうっきうきで消えていった。
「ふはは、気にするな青年。神の決定など関係ない。貴様の答えを聞かせろ」
断っても問題無いと破滅帝が言い、改めて考えを纏めるジーン。
破滅帝の様子からして、もう命懸けの戦闘にはならないだろう。もしかしたら、先の戦闘も稽古のつもりだったのかもしれない。
手加減されていたのも、それならば納得できる。そもそも、どうしてそういった思考になったのかは不明だが、それはどうなのだろう。
破滅帝の目的は世界の破滅。自分やチャチャが強くなるのが、その目的を手助けする形になるのだろうか。いや、なるのだろう。そうでなければ、破滅帝自ら動く理由がない。
だったら断わるのか。しかし、破滅帝もそうだがティティの強さに触れられるのは今しかない。話によれば、一度出てしまえば戻ってくるのは不可能だという。
道は受けるか受けないかのどちらか。後で、など甘ったれた決断は許されない。
「その話乗った」
ジーンは決断する。
「私もやるわ」
チャチャも決断する。
「だったら僕たちは」
「それを全力で助けてやらねーとな!」
ミカとイッチーは顔を合わせ、お互いに笑いあってそう言った。
「お、およは……」
ジーンとチャチャの次は私なのだろうと、夜桜が勇気を出して声を出す。私だけでも出してくれと、そう言うつもりだった夜桜だったが、その想いは叶わない。
「あ、よっちゃんは強制的に参加だぞ」
「よよっ!?」
「うむ、この封印から脱出するにも条件があるのだ。そのためには、強くならんとな」
「およぉ~!?」
メンバーが決まっていく中、ソチラはどうするのか。決まっている。
「この馬鹿も参加ね。この際だから一緒に頑張らないと」
ソチラの休暇など、頭から抜け落ちてしまっているタマであった。
神子との約束は少し破ってしまう形になったのかもしれない。少し悪い気はしている二人だが、今は目の前の強敵に胸が高鳴ってしまってしょうがないジーンとチャチャ。
最高の環境を目の前に、止まることなど出来るはずがなかったのだ。
この決断がどう転ぶのか。
破滅帝の目論見通り世界の破滅に繋がるのか。それともそれを跳ね除ける力に覚醒するのか。
期間は一ヶ月。
ジーン、チャチャ、夜桜、ソチラ。彼らの進む道に光はあるのだろうか。