第百五話 うーちゃんのはなし
本当に偶然に偶然が重なったと思うしかない。何年も、何十年も。もっと永い間待ち続けた。
自らが顕現し得る状況など、本来は無い。神だからと言って、いつでもどこでも只今参上! とかする訳にはいかないのだ。
それに前提として、創造神を認識できる存在もいない。いくら創造神とはいえ、その事実を捻じ曲げる事はできなかった。
うーちゃんは語りだす。
気まぐれで世界を創ったのはいいが、結局は自分は独りなのだと思い知ることになっただけ。自分が何故存在しているのか。これから何をすべきなのか、何をしたいのか。
何の枷も無い中、創造神が選択したのは世界の創造。どうしてと聞かれても、分からないという答えしか返せない。
無から有を創り出す過程で、全てが上手くいった訳ではなかった。時が経つほどに星は穢れ、動物植物はおろか、大地すら崩壊の道を辿っていく。
そこで生み出したのが精霊。穢れに対する浄化能力を持つ存在だ。当初猛毒の中に放り出された精霊達であったが、創造神の目論見通り、穢れを浄化し生物達が存在できる環境にまで立て直すことができた。
どうして世界を創り直さなかったのか?
気まぐれという他ない。意地があったのか、思い通りいく様が面白かったのか。まさに神のみぞ知るといったところ。いや、神すら 知らないことである。
白い世界。自分以外何も存在しなかった世界。
自分はどうして生まれたのか。なにから生まれたのか。
知識だけがそこに存在し、記憶や経験といった類のものは一切ない。
子が在るのならば親が在る。しかし、この空間には自分だけ。どれだけの時間待とうとも、その謎の真実に辿り着くことはなかった。そもそも、時間という概念が働いているのかすら怪しい場所。
変わり映えのない景色に、何か変化が欲しかったのだ。自分という存在を確認したかったのだ。比較する物が無ければ、それも叶わない。
自ら創り上げた世界は、まさに自分の生きる意味そのものになったのだ。全てが愛おしく、もう失うことなど考えられなかった。
世界が変化に変化を重ね、多くの動植物が生まれては死んでいく。創造神は一切の手を加えることなく、その様を見守るだけであった。
自分以外に何かが存在しているだけで、それだけで満足だったのだ。しかし、それも長くは続かない。世界の流れが安定し始めてきた時思ったのだ。
私もこの世界で共に生きたい。
仲間、友、家族。知識はあるが、自分にはそういった存在がいなかった。だからこそ、自分の世界を少しづつ調整し始めてしまう。
最初に行ったのは、精霊という概念に自我を持たせること。一個体として存在を分離し、生き物の枠組みに無理やりねじ込ませたのだ。
精霊という存在は、神を認識できる可能性を持つことになった。自我を持つ、神に近しい存在が生まれたことになる。
しかし、結果は満足のいくものではなかった。多種多様な精霊が生まれていく中、自分を認識してくれる存在は現れなかったのだ。
ここで創造神は暫くの間、自分への関心を失うことになった。
何をするでもなく、ただ一番居心地のいい場所にいるだけ。何もしなくてもよい、変化の無い閉鎖されているとも言える、そんな場所で。
その場にいなくとも、即座に全世界の情報を認識できた。意識するだけで、最適化された情報がいつでも手に入る。
全世界の記録、星の記憶とでも言える膨大な情報だ。どれだけの時間を費やしても、その時間だけ次々に情報は追加されていく。
何日も、何日も。
何年も、何十年も。
ただひたすらに思考することから逃げ続ける。
時に気になった場所へ赴き、何を得ることもなく、毎回恐怖に襲われ逃げ帰る。
何をしたいのかすら想い描くこともできず、されど何かをしたいと願い続ける。
悲しみの感情が現れた時は、世界が水で覆われた。
怒りの感情が現れた時は、世界が燃え上がる炎で染まった。
苦しい時は大地が激震を繰り返し、怖い時には日は昇らなかった。
感情に振り回され、自らを傷つけることもあった。
感情のままに叫び、感情のままに壊し、感情のままに膝を抱えて寝転がる。
笑うのが怖い、見るのが怖い、知るのが怖い、声を出すのが怖い、考えるのが怖い。
笑ってみたい、見てみたい、知りたい、喋りたい、考えたい。
何もしたくない、何もして欲しくない、何も関わりたくない。
何かしたい、何かして欲しい。
誰か
助けて。
――……
――……
――……
――……誰?
「あん? こんなとこで何してんだ、嬢ちゃん?」
――怖い。
「嬢ちゃん一人か?」
――怖いの。
「あー、まぁ最近何かと物騒だしな」
――誰か。
「誰か探してんのか?」
――誰か。
「おーい。聞こえてますかー」
――誰でもいいから。
「きーこーえーてーねーなぁー! これは」
――誰か。
「いやぁ、どうしたもんか」
――……
「あ? あんだって?」
――……
「だから聞こえねぇって」
――私を
「……嬢ちゃんを?」
――……
「ん? どうすんだ。なぁおい、どうして欲しいんだよ」
――……
「よし決めた。意地でもこっから離れねぇ」
――……
「……」
――……
「…………」
――…………
「………………」
――…………
「………………」
――…………
「………………」
――…………
「………………」
――…………
「………………」
――…………
「………………」
――…………
「………………」
――……………………殺して
「……はぁ?」
――……
「盛大に焦らしておいて"殺して"は無ぇだろ? 何年待ったと思ってんだ」
――……
「ったくよぉ、素直になれって」
――殺して
「違ぇだろ」
――殺して
「違ぇ」
――殺して
「違ぇ」
――私を、
「……」
――殺して
「違ぇって! 私は何遍でも言ってやるぞ。嬢ちゃんは殺して欲しいなんて願っちゃいねぇんだ」
――殺して
「違ぇ」
――……殺して
「違ぇ」
――…………私を殺して
「違ぇ」
――……
「……」
――……
「…………」
――…………
「……………………」
――…………
「……………………」
――っ
「…………」
――っ、っ
「…………」
――…………
「……」
――っ
「……」
――……て
「…………」
――っ、誰か……
「……」
――誰か私を
「……」
――私、と
「……」
――…………
「……」
――私、に……?
「……」
――……
「……」
――教えて
「…………ん?」
――私に教えて
「何をだ?」
――誰か私に
「……」
――誰か私に、私の願いを教えて
「っしゃぁあああ!! よく言った嬢ちゃん! ああもう何でも教えてやっからな!」
――……
「あぁ、なんかもう泣けてきたわ。ホント、本当によくやったな嬢ちゃん……」
――教えて、くれるの?
「当たり前だって」
――私は、何を願ってるの?
「それはな、嬢ちゃん」
――なに?
「これが答えってなもんよ」
――っ
「私はティティ・リィリィ。嬢ちゃん、名前は?」
――名前? 無い。
「うっへぇ。そんなことないでしょ」
――ううん、無いの。
「そっかぁ、それは困った」
――私は創造神。だから、名前なんて無いの。
「騒々しい……? 何かよく分らんが、ならうーちゃんって呼ぶぞ。反論は今だけ受け付ける」
――うーちゃん? 私の……名前?
「そ、イヤなら別の考えるからな」
――うーちゃん。うーちゃんがいい。
「お? 初めて笑ったな。うん、絶対うーちゃんは笑った方が愛らしいぞ」
――ティティ・リィリィ。うーちゃんって、もっとうーちゃんって呼んで!
「満足するまで言ってやるぞ、うーちゃん」
――うーちゃん……
「うーちゃん」
――うーちゃん、うーちゃん……!
「うーちゃん」
――うーちゃん! 私はうーちゃんなのです!!
「おう、元気出たみたいで良かったぜ! これからよろしくな、うーちゃん!」
――よろしくなのです!