表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/347

第百二話 かつての英雄




 少し時間は戻り、ジーン達が穴に吸い込まれた頃。


 町を抜け出すことができた二人は、無事に調査ポイントに到着していた。


「ここで合ってるよな」


「ジーン達はいないね」


 着いた先には、瓦礫が幾つも転がっているだけ。


 見通しが良い訳ではないが、ジーン達の魔力反応が無い。そのことから、近くには誰もいないと判断するしかなかった。


 既に日は落ちて、辺りは真っ暗になっている。野宿をしているのならば明かりくらい見えるだろうし、どうしたものかと頭を悩ますことになった。


「せっかくだし、私達だけで調査しちゃう?」


 周辺には強力な魔物の生息地はない。たとえ戦闘になったとしても、十分に対処できるという自信が二人にはあった。


 調査といっても、具体的な指示はされていない。妙な場所や魔力反応が無いか、適当に確認をするつもりだったソチラ。

 何もしないで帰るのは時間が勿体ない気がしたため、タマの提案を受け入れることにする。


「今日は時間を無駄に使っちゃったからな。少し頑張ろうか」


「じゃあ、あっち見てくるね」


 足首程にまで伸びた雑草を踏み荒らし、ソチラは調査という名のお散歩を開始する。


 最初に向かったのは、背丈ほどの高さまで積まれた石が集まっている場所。夜桜とジーン達が出会った場所でもある。


 建物の壁だったのだろうと推測はできるが、今にも崩れてしまいそうな程に古くなっていた。


「……ん? これは、何て書いているんだ?」


 何気なく拾った瓦礫に、違和感を覚えたソチラ。


 汚れかとも思ったが、タマに聞いてみようと判断する。頭の隅に調査の文字が残っていたため、普段より用心深くなっていたおかげであった。


「なぁタマ。これどう思う?」


「は? そんな汚い物持ってこないでよ」


 辛辣な返しには慣れているソチラ。この程度では折れることは無い。


「いやいや、何か書いてあるんだってここ」


「目、腐ってるんじゃない? 大丈夫? お医者さん行く?」


 こんな言葉もなんのその。ソチラにとっては日常会話レベルである。慣れとは怖いものであった。


「あ、分かる? 最近遠くの物が見づらくなってきてるんだよな……」


「……今も?」


「いやまぁそうなんだけど、問題ないかなって」


「この馬鹿っ! 後々もっと酷くなったらどうするのよ! ちょっと見せなさいっ」


 言葉はとげとげしいタマではあるが、ソチラを蔑ろにしている訳ではないのだ。


 今も目の病気を心配し、その場で検査を始めるくらいにはソチラの事が大事なのである。


「ちょっとタマ。今じゃなくても」


「馬鹿は黙ってて」


「…………」


 瞼の上から指を置き、魔力を指に集中させて異常が無いか丁寧に確認していく。


 目に仄かに熱を感じたため、ソチラは大人しく待っていることにした。


 こんな真似ができるのは、契約した精霊だからではない。タマ自身の能力によるもので、長年の経験、確かな知識、観察力、絶妙な魔力制御のおかげであった。


「ホント馬鹿。心配して損しちゃった」


「……と、申されますと?」


「あーやめやめ。今日はオシマイね。町に戻って明日にしましょ」


 説明をすることも無く、タマはソチラにそう告げる。


 問題だったのは疲れ。目だけでなく、身体中に疲れが溜まっていたソチラ。


 タマと契約して以来、修行に訓練に鍛錬。パートナーが優秀であったために、多少の無理をした時もあったのだ。


 自分に足りない能力を底上げする為の努力を近くで見ていたのは、他の誰でもないタマである。


「明日もこっちの調査はジーン達に任せて、私達は町でお仲間探しね」


 仲間探しは建前である。本音は気分転換や休息をさせたいだけであったタマ。


 作戦? 任務? そんなもの関係なかった。その決断から見ても、タマの中での優先順位が分かるだろう。


「いや、調査は人数が多い方が」


「ダメ、絶対ダメなの! 絶対ったら絶対なんだからねっ!」


 二人の会話はそれで終わりとなった。


 ソチラが何も言い返さなかった訳ではない。タマが言葉を続けなかった訳でもない。


 ぱっくりと闇が口を開け、その場に居る全てを飲み込んだ。真っ黒な半球は、そのまま地面の中へと潜りこんでいく。


 ジーン達を飲み込んだ闇と同じく、ソチラとタマも逃げることは出来なかった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「おいっ、どういうことだよ!」


「あら? おしゃべりの時間は無いわよ?」


「おわぁっ!?」


 闇に飲み込まれた後、ソチラ達は一人の女性に出会っていた。


「なんだよここ!? 真っ暗だし、急に襲われるし!」


「説明ありがとう。でもほら、ほらっ、ほらほらっ! 隙が多いわよ?」


 ただ、それが良い出会いであったのかは、今の状況を見れば分かるだろう。


 会話をする暇もなく襲い掛かってきた女性に、防戦一方のソチラだった。


「タマも急にどうしたんだよ!」


「…………」


 初撃はタマのおかげで防ぐことができたが、以降は全く戦闘に参加してこない。ソチラ一人では、反撃することさえできずにいた。


 そうこうしている内に、彼女の攻撃がソチラのガードを抜ける。


「これで、終わりよっ!」


 二メートルはあるだろう大きな剣が、ソチラの身体に吸い込まれていく。


「ぬわぁーーーー!!!」


 万策尽きたか、恐怖でパニックになってしまうソチラ。


 もうあとは流れに身を任せることしかできない。身体は彼女の動きに対応できず、頭だけが妙に働いている。


 一瞬が何秒にも感じ、目の前の出来事を徐々に受け入れていく。


 ここで死ぬんだな。そう諦めて、最後の足掻きすらしない。


「……? あれ?」


 思考が正常に戻った時、急速に鼓動が早くなり汗も溢れてきていたソチラ。


「勝手に諦めてんじゃないの。しっかりして」


 少し離れた場所には、恐怖の象徴となっている女。すぐ隣には希望の象徴である契約者。


 救われたのは命だけではなかった。一度は諦めた生への道。もう一度立ち上がる勇気を貰うことになった。


「私がいるんだから。そう簡単に殺らせる訳ないでしょ?」


 手も足も出なかったソチラを背に、タマはそう宣言する。


「言ってくれるじゃない」


 一瞬で距離を詰められるが、全く焦りを見せないタマ。それは、敵の動きについていけないからではない。


 タマの目は確実に女の姿を捉えていた。


 女は自分の動きが完全に見切られていることを不気味に思い、一瞬武器を振るう手に迷いが生じてしまう。


 その隙を見逃すことなく、タマは反撃に出る。


「っ、くそ!」


「ふーん、その程度で私に勝てるとでも? 赤ん坊からやり直したらどう、おばさん?」


 理性が吹き飛ぶとはこういったことなのだろう。


 タマの一言に、先程感じた不気味さなど忘れて二人に突っ込んでいく女であった。


 目に赤い光が灯り、怒りの感情をあらわにしている。完全に二人を殺すことだけを目的とした殺戮者が、再びタマの目の前に現れる。


「だめ、話にならない」


 タマに吹き飛ばされ、再び女との距離が遠くなっていく。


 何度も地面を跳ねた後、ようやくその勢いが止まった。女はゆっくりと立ち上がり、再び戦闘態勢に入る。


「ってことで、後は任せるね」


「ふぇ?」


 実家にでも帰ったかのように気を抜いていたソチラ。


 タマの言葉をすぐに理解できない。


「お休み貰う前の最後の任務。サポートはするからあんたが倒すのよ」


「いやでも」


 敵は二人の打ち合わせを待ってくれない。


「来たよ?」


「のわぁぁ!?」


 女の攻撃を寸前で防ぐことに成功するソチラ。そしてその後の攻撃も防ぎ、隙をついて反撃することにも成功した。


 この事実に、ソチラ自身が違和感を覚える。


「さっきより、動きが……?」


「このガキ……なに、どういうことっ!?」


 ソチラが彼女の動きに対応できている。しかし、それはソチラが急に強くなった訳ではない。


 先程のサポートというタマの言葉。それが答えであった。


「ちょっと結界を張っただけよ。特別な結界を、ね?」


 何をされたのか理解をした後、急に女の様子が変化する。


「……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だっ。そんなハズはない!」


「あ、やっと気付いたの?」


 二人の会話に全くついていけないソチラ。はてなマークを頭に浮かべ、ただ聞くことしかできない。完全に蚊帳の外である。


「だって、そんな……純霊はあの方が滅ぼしたんじゃなかったの!?」


 剣を振るう手を止めることなく、女とタマの会話は続く。


 ソチラとの戦闘は、僅かにソチラが有利に進んでいく。


「確かに、私達の仲間は皆死んじゃった。でもね、五人は生き残ったの」


「はぁっ! ……でも、たった六人だけならいいわ。私がここで死んでも、私達にはあの方がいるんだから問題ないわね」


 ダメージ覚悟の一撃も上手く決まらず、女は一旦距離を離す。


 女の言葉を聞き、タマは心底呆れてしまう。


「はぁ、もしかして知らないの? あぁ、それも無理ないか」


「何のことよ」


 タマの言葉を聞き、イヤな予感がしてしかたがない。聞きたい気持ちと、聞きたくない気持ちが半分ずつ。


 もしかしたら。自分の勘が外れてくれと願うばかりの女であった。


「あなたはどれだけの時間封印されていたのか分かる?」


「……五年」


「五年ねぇ、本気で言ってる?」


「…………」


「あなたが封印されてから、もう数千年の時が過ぎてるのよ」


 女はその言葉を受け入れることができない。驚くとか、そんなレベルではないのだ。


 数千年。自分の生きた時代から数千年後の風景を想像できるだろうか。


 数年、数十年の時間でさえ、目まぐるしく変化する世界である。数千年など夢物語の範疇で語るしかなくなるだろう。


「そんなもの信じられない!」


 勢いの乗った一撃を上手く逸らし、反対に傷を負わせるソチラ。


 落ち着けば対処できるのだ。ソチラが力を十全に発揮できるのなら、この状況なら負ける要素は少ない。


 しかし、簡単に負けてくれるような相手でもなかった。


「っ、まだ早くなるのか!?」


 疲れを知らないのか、時間が経つほどに女の動きが早くなっていく。


「あ、言い忘れてたんだけど。この結界って時間制限がついてるから、早く倒さないと駄目だよ?」


「それを早く言ってくれっ!」


 言っていたところで結果は変わっていなかっただろう。全力を持って対処して、それでも倒せなかったのが事実である。


 しかも、時間が経つほどにソチラは疲れるが、敵は力を増していく。


 既に有利不利が逆転し始めていた。


「ははっ、あなたも馬鹿ね! 一緒になって私を殺してれば良かったのに」


「あなたこそお馬鹿さんなんじゃない? 私はいつでもあなたを殺せるの。訓練相手に丁度いいから、こうして戦わせてあげてるだけだよ」


 タマの言葉を信じることは無い。自分の命が既に握られているだなんて、納得できるはずはなかった。


 この結界さえ無くなれば、後はなんとかなる。そう信じて女は戦い続ける。


 しかし、思うように戦いを進めることができない。何故、どうしてという気持ちだけが増幅していく。


 自分の力は戻ってきているのに。


 身体を守っていた鎧が破損していく。アップヘアにまとめられていた髪が解ける。頬に一筋の傷ができる。


「どうして貴様を殺せにゃい!」


「にゃい、だって! 戦いながら喋っちゃダメだよ?」


 女は激しい戦闘と焦りから、平常心とは程遠い錯乱状態に陥ってしまっていた。


 戦闘能力では確実に上回っているはずなのに、ソチラを押し切れない状況が続く。


「ごめんね、あなたにも事情はあるのは分かってる。でも私にもやらなきゃいけない事があるの」


「俺も、ここで死ぬ訳にはいかないんだ」


 ユラユラと、ソチラの身体から黄金の光が立ち昇っていく。


「貴様……そう、そうなんだな」


「分かったかしら? これでもこの馬鹿は、かつて私達純霊と共に戦ってくれた一族の子孫なの」


 結界は既に消え、純粋な戦闘力での戦いになっていた。


 両者共に傷つき、血を流した。互角の戦いだ。最初は手も足も出なかったソチラだったが、女と同等に戦えるようになっている。


「それも、限界突破の血筋よ」


「……純霊に越血か。初めから勝ち目は無かったということね」


 悟ったような顔をする女。ようやく納得がいったと、逆に気が楽になったようだった。


「まあ、それで諦める私でもないんでね」


 キリとしたツリ目に、改めて赤い光が灯る。


 長く揺れる髪を、改めてまとめ上げる。


 首に下げられた指輪のような物を握りしめ、長く祈りを捧げる。


「ありがとう。さぁ、とっておきを見せてあげる」


 そう言って、女は右手を突き上げる。


「これは……」


「流石は四帝ってことね」


 とぐろを巻くのは彼女の赤龍。彼女の守護神である意志ある赤龍。


 巨大という一言では足りない程に、圧倒的な気迫を誇るその存在。


 自然を相手にしているかのように、底など計り知れないその存在。


『我が子に仇なす愚か者よ』


『我が命尽きるまで』


『存分に』


『その選を悔いるがよい』


 雷炎が迸る炎獄の渦。


 無数の炎刃がソチラを焼き尽くさんと押し寄せる。


 両手では足りない。


(つるぎ)三刃(みっつのやいば)


 炎刃がソチラの身体を焼く。


(つるぎ)四刃(よっつのやいば)


 まだだ。


(つるぎ)五刃(いつつのやいば)


 まだ。


(つるぎ)六刃(むっつのやいば)


 足りない。


(つるぎ)七刃(ななつのやいば)


 足りるはずがない。


(つるぎ)八刃(やっつのやいば)


 もっとだ。


(つるぎ)九舞(ここのつのまい)


 限界など関係ない。


(つるぎ)壱零舞(いちれいのまい)


 宙に舞う八つの剣と両手に持つ剣を操り、際限なく湧いてくる炎龍の猛攻を凌ぐ。


 しかし、計十本の(つるぎ)でも全てを防ぐことはできない。


 腕が、頬が、脚が。防ぎきれなかった炎刃に焼かれていく。


 既にソチラの体力は限界が近い。魔力も底をつきかけている。それでも、諦めることはなかった。


 限界など関係ない。


 カチリと、ソチラの中で鍵が外れる。枷が外れたと言ってもいい。隠されていた真の力の一部が解き放たれる。


「黄金騎士、エルドラド再臨ね」


「舐めないで。この馬鹿はあの英雄を超えるんだから」


「……そう。それが見れないのは残念ね」


「ふふっ、安心して。呪いから解き放たれれば、好きなだけあの世で見物できるから」


「あなた達の教えね。それは、とっても楽しみだわ」


 果ての無い炎獄の中。黄金の光は一層に輝きを増していき、今ここにかつての英雄が顕現する。


「奥義・夢幻刀舞」


 御仕舞い。


 炎龍とソチラの戦いに決着がつく。炎龍は消え、倒れた女だけがそこに残る。


「……王国はどうなったの」


「もう無いわ。あなたが封印されてから、すぐにね」


「レイカは、ジュゼはキシュ―は」


「皆死んだか封印されたよ。まぁ、こっちも残ったのは私とお姉ちゃんだけだったけどね」


「…………あの方は」


「私のお姉ちゃんに封印されたわ。純霊隊隊長って言えば分かるかな」


「……ティティ・リィリィ、か」


「そう。エルドラドの契約者にね」


「だけど、知らなかったな。ティティ・リィリィに妹がいたなんて」


「まぁ、意図的に隠されていたしね。しょうがないよ」


 文字通り命をかけた死闘。女の死は近い。


「この身体を持って生まれたことを憎んではないけど、何だろうね。何だか悔しいよ」


「あなたも自然の摂理に従って存在する命。必要だったから生まれたのよ」


「役割を、果たせた、のかな」


「うん、大丈夫。私が、私達があなたの死を無駄になんてさせないよ」


「……あり、がとうね。あぁ、なんだか。……安心したら、眠く、なって……」


「おやすみなさい。ゆっくり、休んでいいんだよ」


「そう、させて……もらうね」


「さようなら、アスカ」


「…………」


 炎龍帝アスカ。


 彼女の最期は、静かに。


 彼女は最期に笑って。


 炎龍に抱かれ、静かに消えていく。


 寂し気な炎龍と共に、永遠に。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ