第十話 ミィと出会うまで(7)
「えぇっとぉ、質問良いかな? まず名前でしょ。それと、どうしてこんなとこにいたのか。教えてくれる?」
ジーンに任せていると、話がなかなか進まないと思ったチャチャ。少女の隣に移動し質問をする。
その後ろでは、ジーンが穴から顔だけ出して様子をうかがっていた。
「助けて頂いた上に、こんな美味しいごはん。本当にありがとうございました!」
腹を満たしたことで元気が戻ったご様子。
名乗るよりも前に、少女は頭を下げお礼をしてくれた。
「私はミィっていいます。どうしてここにいるかは秘密です!」
名前は教えてくれたが、ここにいる理由は教えてくれないらしい。
「なら、ミィちゃんのお仲間さんはどうしたのかな? ジーンが見つけた時は一人だったらしいけど。あっ、ジーンっていうのはあそこの穴にいる人ね」
チャチャが指をさしてジーンの紹介する。どうも、と頭を下げるミィ。
……これはチャンス!
「そう、俺が君を見つけ……」
「ミィにはお仲間はいません。というか逃げてきました! お姉さんのお名前も教えてもらっていいですか?」
あっれぇ? おかしいなぁ。タイミングは間違えなかったはずなんだが。……気にしないようにしよう。
「え、えぇ。私はチャチャ。好きなように呼んでね」
あんまりジーンに話を振らないことにしようと思いながら、ミィの質問に答えるチャチャであった。
そんなことより。彼女は“逃げてきた”らしい。ここにいる理由を話せないのにそこは話してもいいのか、少し疑問ではある。
「それなら……ちーねぇって呼ぶね?」
ジーンが見つけた時はかなり衰弱していたようだったが、今は元気に会話をしている。エネルギー補給ができたおかげだろうか。チャチャが少し押され気味になっていた。
俺は力になれそうにない。がんばってくれ。と心の中で応援するジーン。
「ねぇねぇ、ちーねぇは何でこんなところにいるの?」
ミィはチャチャの手を掴み、楽しそうに話し始める。既にジーンのことなど目に入っていないご様子。
「えっと、私たちは依頼を受けてここに来たの。ルオナ草っていう薬草を探しに来てて……」
「ルオナ草? それってどこにあるの? 何に使うの?」
「病気を治す薬を作るのに使うの。この辺りにあるみたいなんだけど」
ミィは自分が思ったことを遠慮なく口にしている。小さい子供を相手にしているかのようだ。溜まっていたものを吐き出しているかのようにも見えた。
「――ねぇねぇ、そこってどんな街なの?」
「え、えっとぉ……」
いくつか質問をされていたが、そろそろ助けてと目で訴えてくる。流石にいつまでもこんなことはしてられない。気は進まないが覚悟を決めるジーン。
「そろそろ良いんじゃないかな。これからどうしたいのか、それぐらいは聞かせて欲しいんだけど」
「…………」
はぅっ……堂々と無視されるのもなかなか心に来るものがあるな。
そんな気持ちを知るはずもないミィ。ジーンにはだんまりを決め込む。
「ミィちゃん? ジーンの質問にもちゃんと答えてあげて?」
すかさずフォローに入ってくれる。グッジョブチャチャ。
「……いやです」
ミィは顔を俯け、ボソッとつぶやく。
「私にも教えられない……かな?」
ミィの顔を覗き込むように、チャチャが問いかける。少しの間そうしていたが、なかなか話してくれない。
ふむ。原因は俺にあるのか、それとも別なのか。心当たりは…………まさか? ミィが気を失った後、彼女をおぶってきた訳なんだが、その時にチラッと白いものが……いや、流石にそのことではないはず。確かにあの時ミィは気を失っていたはずで、そもそも見たかった訳じゃない。そう、あれは事故なのだ。
「どうかしたんですか? 凄い汗かいてますけど。それに顔色も少し……」
チャチャはジーンの変化に気づき、心配して声をかける。
俺としたことが少し顔に出ていたようだ。アブナイ、アブナイ。
「いや、大丈夫。心配しなくていいよ」
少し目を細め、怪しむ視線を送るチャチャ。だが、すぐにまたミィに向き直った。
観察眼が鋭いのも、状況によっては困りものだ。そんなことを思うジーン。一緒に旅をするのなら気を付けようと心のノートにメモするのだった。
二人の会話が終わり、我慢がならなかったのか。ようやくミィが口を開いた。
「気に入らないんです」
ミィが発した言葉はその一言。これにはチャチャも困った顔で、何を言えばいいのか言葉を探しているようだった。ミィの一言は、ジーンに言った言葉なのか、ミィに言った言葉なのか。それともその両方なのか。
しばらく、誰もが何も言わない時間が流れる。
今日はここまでにして、明日に備えて寝ようと提案しようか考え始めた頃。ミィが再び口を開く。
「自分の力が誰のおかげなのかも知らない。ただ力を使うだけで、感謝の気持ちは持っていない。それが気に入らないんです」
ミィが何のことを言っているのか、ジーンには分からなかった。チャチャも分かっていないようで、頭にはてなマークを浮かべていた。
「やっぱり、何も分かっていないんです」
ミィはそれだけ言い、また黙り込んでしまった。このままではスッキリしないので詳しくミィに聞きたかった。しかし自分が聞くとまた何か言われそうだと思ったジーン。チャチャにアイコンタクトと、必要最小限のジェスチャーを送る。
「(ド・ウ・イ・ウ・コ・ト・ナ・ノ・カ・キ・イ・テ・ク・レ)」
メッセージに気付いたチャチャが「(リョ・ウ・カ・イ・シ・タ)」と返す。
いや、そこは頷いてくれるだけでいいんだけども。まぁ今はそんな細かいことは気にしなくていいか。
「何をどう分かってないのか説明してくれないと、私達もどうしていいのか分かんないよ。ミィちゃんにとってはとても大事なことなんでしょ? 私もちゃんと知った上で直したいと思うんだけど……どうかな?」
ミィは顔を上げ、チャチャの目をしばらく見つめていた。そのあとジーンのことも見る。ジーンは負けじと見つめ返した。
ミィは諦めたかのように「ふぅ」と息を吐く。
「分かりました。でも話す前に一つ確認しますね。この話を聞いたら絶対に厄介事に巻き込まれるし、それで後悔するかもしれない。今の生活が続けられなくなるかもしれない。最悪命を落とすことになるかもしれない。それでもいいですか? 急な話かもしれないですけど、覚悟を決めてください」
ミィが真剣な表情で言う。あなた達には覚悟がありますか? と問うたのだ。
厄介事。ジーンは結構その手の話には慣れているつもりだった。しかしそれとは別に、何故か今回は彼女を助けてあげたい。そう感じていた。女の子だから? 子供だから? 違う。何かが心に訴えかけてきていた。助けなければいけないと。
ジーンの覚悟は既に決まっていた。問題なのは……。
「チャチャ、もし覚悟が決まらないのなら、少しの間離れててもいいんだぞ? 無理をすることはない」
悩んでいますと顔に出ていたチャチャ。
「これまでチャチャは辛い思いをしてきた。それに、今はミーチャ達との生活を楽しいと思えているんだよな。わざわざ大変な道を選ばなくてもいい。無理してついて来なくてもいい。決めるのはチャチャだが、中途半端な選択だけはしないでくれ」
ジーンの言葉を聞き少し驚くチャチャだったが、少し考えた後スッと立ち上がる。理由を聞けずスッキリしないだろうが、チャチャの選んだ答えだ。ジーンもどうこう言うつもりは無い。
チャチャはそのまま歩き出し、ジーンの前を通り過ぎて――いかなかった。
「私は、ジーンについて行くって決めたから。たとえ、それがどんなに辛い道でも。また私の心が傷をつけられることなっても。ついて行くって覚悟を決めたから。それに、ミィちゃんを放っておけないしね」
チャチャは言う。その表情には、不安、恐怖。そんな負の気持ちがまだ残っているように思えた。しかし、それ以上に後悔しないという覚悟の思いも伝わってくる。そんな表情を、ジーンは美しいと感じていた。
「だから……だからもう、ついて来なくてもいいなんて、寂しいことは言わないでね? 約束して」
そう言ってそっとジーンの手を握る。それは力強く、それでいて優しく。ジーンの手を包み込んでいた。