第一話 ジーンと精霊
「ひっ、へっくちゅ!!」
静かな森の中で響いたのは一人の少女のくしゃみ。我慢をしたかったらしいのだが、変に力んだせいで余計に残念な感じになってしまったようであった。
「ぷっ、変に意識するからそんな風になるんだぞ?」
少女のくしゃみを聞いて笑うのは。
「し、仕方ないでしょ? それに笑わないでよ……」
少女は顔を真っ赤にし、その細く流れる指々でその顔を隠したがる。
「ごめんごめん。って、そんなことより昼飯どうする? ウサギには逃げられけど]
「あ……ミィのせいだよね。ごめん」
少女の名はミィ。二人は丁度ウサギを狩っていた最中であったらしく、小さな背の木々の隙間から会話が漏れている。だからこそ少女は、ミィはくしゃみを我慢しようとしていたのであった。
結果としては逃げられてしまったようであるが。男が笑っていることから、そこまで深刻な問題ではないのだと分かる。
「謝んなくていいさ」
「で、でもお昼ご飯はどうしよう?」
ミィは申し訳なさそうにしつつ、自身の昼食の行方が心配なのかウサギが逃げて行った方向を見やる。
「そうだな……まぁ、あるものだけで済ますか。もうちょっとで村に着くからな」
食料の蓄えがあるらしく、ウサギを逃がしてもあまり気にしていない様子。
食料あるのにどうしてウサギ狩ってんだよ。という問いに、彼らは気が向いたからとそう答えるだろう。
「うん、それでいいよ。ウサギ逃がしちゃったのミィのせいだもん」
ミィも異論はないようで男からパンを貰って食べ始める。勿論、目の前にはパン以外のものも並んでいる。
「…………」
「どうかした?」
暫くは知らんぷりをしていたミィであったが、流石に我慢ならなくなったのか無言で視線を向けてくる男へ問いかける。
「いや、気にしないでくれ」
そう言われれば気にする必要はない。男の視線を無視してまたモグモグとパンを食べ始めるミィであった。
お昼ご飯を食べてから、タイミングを見計らって男――ジーンはミィへ話しかける。
「いつものやっときたいんだが、いいか?」
「ん、大丈夫だよ。ちゃんと続けないといけないからね」
ミィから許可を貰い『いつもの』をやることに。いつものというのは、ある存在とコミュニケーションをとること。
ある存在とは、精霊のこと。
この世界では、精霊なんてものは一般的には見ることも感じることもできない。ほとんどの人が関心を深めることはない存在であった。
ジーン自身も以前まではほとんど知らなかった存在。それが精霊。
ジーンが精霊の存在を知ることができたのはミィと出会ったからであった。
「何してるの? もしかして調子悪い?」
不思議そうにジーンの顔を覗き込むミィ。いつまで経っても始めないジーンを心配したのだろう。
「いや、大丈夫だよ。ちょっと昔のことを思い出してただけだから」
調子が悪かったら自分からやるなんて言わないだろう。と心の中でつぶやくジーンであった。
「…………」
意識を集中して、深く。呼吸を深く、深く。
何かと繋がる。これまでに何度も味わってきたその感覚は。
すぐさまジーンの目の前に変化が起き、光に包まれて何かが出現してくる。
「ピューー!」
「ミューー!」
「フーー!」
「シューー!」
ポンっ、ポンポンっと出てきたのは火の精霊に水の精霊、風の精霊に、地の精霊だ。
ジーンはそれぞれ、ヒー、スイ、フー、チーと呼んでいた。
この子達は言葉を話すことはできない。それでもジーンには彼らが何を伝えたいのかがぼんやりと分かるようになっていた。
「みんな、変わりはないか?」
「ピ、ピピュー! ピューピューピー!」
身体ををいっぱいに使って、その想いをジーンに伝えようとする精霊達。
「そうかそうか、それはよかった」
ヒーは、他の精霊達と遊んでいたらしい。
当然、精霊はこの子達だけじゃなくて他にも沢山いる。地水火風、それに属する精霊だけでなく様々な精霊がいるのだとか。
「ミュミュミューミィーー!」
「そっかそっか。でもあんまり無茶しちゃだめだぞ?」
水の精霊であるスイが私も! とジーンの服を引っ張ってその想いを伝えようとする。
スイは他の精霊達と誰が一番速いのかの競争をしていたらしく。結構激しいものであったのだと嬉しそうに語る。
ミィが言うには基本精霊はみんながやんちゃであるらしく、暫くコミュニケーションをとっているジーン的には子供っぽいという感想であった。
「フー! フーフィー!」
「ありがとな。こっちは順調だ」
フーは旅の調子を心配してくれているようで、ジーンが大丈夫だと伝えると安心したらしくフワフワと揺れ動く。
フーは比較的に落ち着いている子で、いつもジーン達のことを気にしてくれるのはフーだけであった。
「……」
「そうだな、俺もそう思うよ」
そして、チーは誰よりも落ち着いている。
他の精霊と違ってチーは身振り手振りで伝えてこようとはしてくれないのが特徴。
本当はヒー達もジェスチャーをする必要はなかったりするのだが。元気なのは良いことだよな。と、ジーンはあまり深く考えていない。
チーは森のパトロール中だったようで今日も特別問題はないとのこと。このまま何もないのが一番いいと語る。
ちなみにチーがどこをパトロールしているのかはジーンもミィも何も知らなかったり。
「……」
「それは何より」
その森がどこの森なのかは知らないんだよなぁ。とは思っても、口にはしない。
精霊達は今も身振り手振りで、ジーンへと何かを伝えようとしていて。昔はそれでも全然分からなくて、ミィに手伝ってもらっていたのを思い出すジーンであった。
ミィの力を借りなくても彼らの想いが分かるようになったことを考えると、ジーンの成長が分かるといったものか。
「コミュニケーションは大事だから、忘れちゃダメだからね! ジーンは特にだよ?」
ミィはいつも人差し指を立てながら、ジーンへそう言うのだった。
「分かってる。俺の力は精霊達の力でもあるからな。それに、こうやって話ができるのは楽しいからな。暇ができたらやってるのはミィも知ってるだろ?」
「まあね。その力はみんなを守る力でもあるんだから、忘れちゃだめよ?」
「おうとも」
それから三十分ほど精霊達との会話を楽しむジーンであった。彼らを送還し、二人は再び村へ向かって歩き始める。
村には日が落ちる前に着く予定であった。急がなくても十分に時間はある。
ただ、この森には魔物がいる。襲われても大丈夫なように準備をしておく必要があった。
少し警戒範囲を広げるか? とジーンが考えていた時、ミィがジーンの袖をチョンチョンと。
「(……いつもこの仕草をされる度に可愛いと思ってしまうのは、しょうがないよな? まぁ、ミィはいつも可愛らしいけど)」
そんな想いをを脳内で再生するジーンであった。
「どうかした?」
「ちょっとお花を摘みに……」
ミィはもじもじと。恥ずかしいのか視線を逸らしていた。
「なら、あんまり遠くには行かないようにな。魔物に襲われないとも限らない」
トイレだな。そう確信し、ジーンは了解だと頷く。
うろうろと少し彷徨ったのち、納得のいく場所を求めて茂みの中へと入っていくミィであった。
しかし、
「…………遅いな」
数分後、ミィの帰りが遅いので心配になるジーン。ミィを探しに行こうかと、そう思った矢先であった。
「きゃぁーー!?」
瞬間。
既にジーンの身体は行動を開始していた。
2020/2/2(修正)
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2021/06/01
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