泣き顔とクッキーと笑顔
フリーワンライ企画 @freedom_1write 様より
【第132回フリーワンライ】
お題「表情の崩れた君が好き」
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
※03/18 誤字訂正しました。
高校2年生の7月、生徒会の役員になった。書記だ。
僕の高校では、生徒会役員選挙は6月中旬に行われる。生徒会は会長、副会長、会計、書記、庶務で構成され、役員のほとんどは2年生で、たまに1年生が紛れ込む。任期は選挙後の引き継ぎを経て、7月から次の年の7月までの1年間だ。役員候補は自薦または他薦で、他薦の場合は本人の同意を経て正式に候補者になる。候補者が複数いれば投票を実施し、いなければ信任投票を行う。
今年の生徒会選挙で候補者が複数いたのは会長と副会長だけで、会計、庶務は自薦、僕の書記は他薦でともに他の候補者がなく信任投票で役員に決定した。
「書記に推薦されている」
と選挙管理委員に言われるまで、生徒会役員になろうなんて気はまったくなかった。
実は中学の時に、内申に有利だと言われて生徒会役員の会計をやっていたのだが、期末は数字とのにらみ合いだし、意外と雑用も多く、正直めんどくさかったのだ。そう思って、一度は断った。しかし、ほかに候補者がいなかったからだろう、選挙管理委員も「いますぐ返事はいらないから、少し考えてくれ」とかなんとか言って、すぐには辞退させてくれなかった。
どうしたものかと思っていたら、生徒会長候補に彼女がいると知った。
僕たちの期の入学首席で新入生代表を務めた彼女だ。
長い黒髪がきれいな、きりっとした表情の子で「かわいい」という形容詞より「凛々しい」「きれい」「うつくしい」といった形容詞が似合いそうな子だった。
去年も今年も、同じクラスではなかったので、接点はなかった。しかし、彼女は優秀で、しかも運動もなんなくこなすので、良くも悪くも目立っていて、何か行事があると僕は目で彼女を追ってしまったりしていた。彼女がどんな子なのか気になった。
生徒会役員になれば、そして彼女も生徒会長になれば、接点が増える。もちろん、会話する機会だって山ほどあるだろうし、仕事以外の話だってできるかもしれない。そうすれば、少しは彼女がどんな子か知ることもできる。知りたい。
そんな下心が芽生えて、書記を引き受けることにした。選挙管理委員には、しぶしぶと言った表情をして、それを伝える。
そして、彼女は選挙に勝ち、生徒会長になった。もちろん僕も不信任になることもなく書記になった。
あとから聞いた話では、彼女は自薦で候補者になったわけではなく、他薦だったらしい。
やはり良くも悪くも目立っていたせいで、彼女をよく思わない同級生もいたらしく、ちょっと彼女を懲らしめてやろう、ちょっと苦労をさせてやろう、と考えた輩に推薦されたらしい。
彼女もそんな奴らに推薦されて会長になるのはしゃくだと考え、辞退しようとしたらしいのだが、仲の良い友達数人から
「私たちはあなたに会長をやってほしい」
「そんな奴らに推薦されたからと言って、辞退してしまえば陰でまた何か言うにきまっている」
「あなただったら絶対選挙だって勝つし、会長だって立派にできる」
というようなことを言われ、じゃあ、と受けることにしたらしい。
僕はその話を聞いて、ただただ、まじめだなぁ、と思った。僕の下心がちょっと申し訳なくなった。
そんなある日、生徒会室に行く前に図書室によろうと生徒会室と反対側の階段を上っていたら、階上から話声が聞こえた。上の階の踊り場で誰かが井戸端会議をしているらしい。
「にしても、まじ生徒会長はむかつくよな」
「ほんとそれ、ちょっときれいで、ちょっと頭よくて、しかも運動もできるからって、なんかお高くとまってるしよ」
聞こうとも思っていなかったのに聞こえてきた会話に固まる。このまま、上にあがって鉢合わせするのは避けようと、身を返して階段を降りようとしたら、下の階の廊下の角に生徒会長が佇んでいた。
階上の奴らの下品な笑い声が聞こえる。僕のいる場所と生徒会長のいる場所まで何メートルも離れていない。きっと、奴らのさっきの会話も彼女の耳に届いていたに違いない。
何か声をかけようと、でもなんて声をかけよう、と考えながら、彼女の方に近付く。
すると、彼女は僕が何かいうより先に、真っ赤な目をして
「今日の生徒会、遅れるね。もしかしたら行けないかも」
と悲しそうに微笑みながら小声で言った。言いながら、つぅっと涙が一筋頬を伝って、彼女は顔をゆがませて、僕が何か言うより先に身を翻して、廊下を駆けていってしまった。
僕はその場から動くことができなかった。
結局、その日の生徒会に彼女はこなかった。
副会長に、会長と廊下ですれ違って遅刻か欠席するかもしれないと言われたと伝える。特に急ぎの案件もなかったので、それぞれの作業の進捗状況を共有したあと、簡単に生徒会室の掃除をして、早めに解散になった。
解散になったあとも、もしかしたら彼女が生徒会室にやって来ないだろうか、と僕はひとり残って、書類の整理を続けていた。
5階の隅っこにある生徒会室は、日当たりが良い。掃除をしたあとなので、舞った埃に日の光があたって、きらきら輝いている。
彼女が涙を流して身を翻したとき、僕には何ができただろう。何かできなかっただろうか、と考える。
人間なのだから、泣いたり、笑ったりすることももちろんあるだろうが、いつもきりっとしている彼女があんな顔をすることもあるのだ、と思うと悲しかった。
椅子の背もたれに体重を預けて、宙にきらきらと舞う埃と窓越しの青空を見ながらそんなことを考えていたら、誰かが生徒会室に向かってくる足音がする。
おっちょこちょいの庶務の子が忘れ物でもしたのかな、とぼんやり考えてたら、ドアを開けて入ってきたのは、生徒会長だった。
彼女はまだ僕が残っていたとは思っていなかったようで、生徒会室に足を入れたところで一瞬だけ足を止め、何もなかったかのように、机のほうに歩いてきた。
「もう誰もいないかと思ってた」
という。僕は背もたれから背を起こし
「ちょっと整理したい書類があったから」
と嘘をつく。
「私もちょっと気になる書類があって」
と言いながら彼女は棚から書類綴りを出し、椅子に座ってぱらぱらと中を確認する。その顔にはまだ少し泣いたあとが残っていた。
今日の生徒会の活動内容を簡単に伝えながら、やっぱり僕はまだ、何か彼女に掛ける別の言葉を探していた。話すこともなくなって、僕の作業も終わって、ただ彼女が紙をめくる音だけがする。
このままここにいるのがいたたまれなくて、僕は今日はもう帰ろうと立ち上がり、床においていた鞄を手にとる。
ふと、鞄におやつのクッキーが入っていたのを思い出す。育ちざかりの男子高校生にはおやつも欠かせないのだ。
鞄からクッキーをとりだし、書類を片付けるために棚のほうへ移動する。棚に書類を戻してから、彼女に近付く。クッキーを差し出す。彼女は差し出されたクッキーを見てから、不思議そうな顔をしてこちらを見上げる。
「これあげる。……あんまりへこむなよ」
とだけ僕は言う。
彼女はちょっと恥ずかしそうな顔をして、もう一度クッキーを見つめ、そしていつもの硬い表情を崩し、今まで見たことがない笑顔をして言った。
「ありがとう」
僕はその笑顔に面喰って、返事もそこそこにあたふたと生徒会室をあとにした。
家に帰りながら、まだ心臓はどきどきしていて、僕は彼女が好きかもしれない、いや好きなんだと気づいて、
「あの笑顔は反則だろ」
と呟いた。
今度から、鞄にはたくさんのお菓子を忍ばせておこう。また彼女のあの笑顔を見るために。
これを ツンデレ というのでしょうか。




