008 あの子はどんな子?
「ねぇ、逆木さん」
「うん?」
クラスの自席に腰かけたまま呼びかけられた方を見ると、ベリーショートに髪を整えたボーイッシュな少女がいた。
背は170センチ近くあるだろうか、かなり高い。クラスメイトの一人だ。名前は、……たしか、樋川だったはず。
「一年の子安貝さんって子、知ってる?」
ただ読みが、「ひかわ」か「ひがわ」か分からない。よし、名前は呼ばずに乗り切ろうとアマネが決意すると今度はよく知っている名前が出てきた。
「うん、知ってるよ」
言い終えてから、しまったと思う。特に理由はないけれど嘘をつくチャンスだったのに。
「その、あの子とどういう関係なの?」
「は?」
浮気相手を問い詰めるかのようなセリフにアマネがぽかんとしていると、樋川が付け加えた。
「えぇとこの間、体育祭があったでしょ? それでクラス対抗バレーがあってさ。一年に良い動きする子がいるなぁと思ってね。そしたら中学の時の部活の後輩でね。ほら、私バレー部でキャプテンやってるからさ、スカウトしたのね」
はぁ、とアマネは気のない返事を返す。キャプテンだったとは初耳だ。きっと次に聞いた時も初耳になるだろう。
「それがつばめだったってこと?」
「え、あぁ、うん」
し、下の名前で呼び合う関係なんだ、と樋川が少し動揺している。
「それで断られちゃったんだけど。『樋川先輩と同じクラスのアマネ先輩が良いって言うなら入ってもいいですよ』って言うからさ。うちのクラスで名前が『アマネ』なのって逆木さんだけだから、どういう関係なのかなぁと」
「ふぅん、で、あの子を説得してバレー部に入るように言って欲しいってこと?」
あぁ、「ひかわ」が正解だったのか、と大した感慨もなくアマネは思った。
「うん、まぁ、ぶっちゃけるとそうね」
「……あいつは多分、バレー部に入るつもりなんか元々なくて、そう言って適当に言い逃れただけだと思うよ」
おそらく夏休み明け直後、クラスで名前を出したことの仕返しだろう。
「や、やっぱり? うぅん、バレー嫌いになっちゃったのかなぁ?」
「……他に興味のある物が出来ただけじゃない? 髪、伸ばしてるみたいだし、それを切るのが嫌なだけかもしれないけど」
バレー部ってそういうところ厳しいんでしょ? と全く何一つ理解していないが当てずっぽうで言うと、樋川はまぁねと苦笑いした。良かった、当たって! とアマネは内心拳をぐっと握る。
「そっか、無理言っちゃってごめんね」
「別にいいよ。
……ねぇ、樋川さん。中学生の頃のつばめってどんな感じだった?」
立ち去ろうとする彼女を引き留めて、アマネは聞いた。
「どんな感じか? うぅん、真面目な子だったかな、毎日練習に来てたし。そう考えると今は結構変わったかな。なんていうか……」
「色っぽくなった?」
「え? あぁ、うん。確かにそうかも。あはは、凄いね、逆木さん。私が思いついてもいなかった言葉なのにドンピシャだよ」
じゃあね、良かったら子安貝さんと一緒に部活見に来てよと言って自席に戻っていった。
「真面目な子、ね」
二年付き合っていて、それだけしか感想がないのか。
笑うときに少し首をかしげる癖があること、知らないの?
心を許した相手には時々ムカつくくらいに生意気なんだってことは?
照れた時に、追い打ちをかけて怒らせた時の可愛さは?
たまにどきりとするくらい大人っぽい仕草をすることは?
影響を受けやすくて、どっかの馬鹿な先輩の真似をして髪を伸ばそうとしてるってことは?
もし本当に仲の良い先輩と後輩だったなら、あるいは信頼するチームメイトだったなら、つばめは自殺を目論む前に君に相談できたんじゃないのか?
だが樋川にとって「子安貝さん」は「子安貝つばめ」ではなく、「後輩の一人」に過ぎない。
もしかしたら彼女にとっては自分自身さえ「樋川なにがし」ではなく、「バレー部キャプテン」なのかもしれない。
まるで機械のパーツのようだな、とアマネは思った。
パーツにパーツ扱いされてちゃおしまいだな、と続けて思った。