006 好きなタイプは?
夏休みが明けて、二学期初日、アマネがクラスに入るとかすかなざわめきが起こった。
どうやらクラスを間違えていると思われたらしい。
そのまま自席に腰かけるとざわめきが大きくなった。
「あ~、もしかして、逆木か?」
そう話しかけてきたのは眼鏡をかけた、ツリ目の気の強そうな少女だった。
「もしかしなくても僕だよ。おはよう、委員長」
答えるともはや隠しようがないほどに周囲で驚きの声が上がる。
「あ、あぁ、おはよう。どうしたんだ? 何というか、その随分変わったというか、明るくなったというか」
以前は前髪が表情を隠していたので暗いというか幽鬼のごとき誰かを呪っていそうな外見だったが、赤と青の派手なバレッタで髪を後ろでまとめるようになったため、印象が一変したのだろう。
またひどかった隈もプロの腕前には遠く及ばないが、練習の結果わりと隠せるようになった。つばめに自撮り画像を送ったら「なんか幸薄そうですね」とすげない返事が返ってきたが。
「なに? 似合わねー格好してんじゃねーよって?」
「そういう意味じゃない! ……あぁ、間違いなく逆木だな」
委員長と呼ばれた女生徒はアマネと一年時も同クラスであったため、アマネの皮肉にも大分慣れているようだ。発言から察するに皮肉が無ければアマネでないと思っているかもしれない。
そこまで慣れており、また彼女自身の真面目な性質により、しばしばこの天邪鬼とセットにされていることこそ最も皮肉なことなのだが。
「まぁ、色々あってね」
「……男か?」
なんでそうなる!? と返しかかったが、喉元で飲み込んで口元をぐにゃりと曲げて言った。
「いいや、女の子さ」
その答えにクラスが色めき立つ。どこからか「キマシタワー」と声が聞こえる。なんだその塔は。
「……そういう趣味だったのか?」
「随分な言い方だね。まぁ、彼女が僕に『新しい事』を教えてくれたことは否定しない」
勿論、化粧のことである。
委員長の口元がどんどん引きつっていくのが愉快で、アマネはさらに続けた。
「その子は後輩でね、つばめっていう名前なんだ。この髪留めも彼女がくれたんだよ。これもツバメみたいだろう?」
さもいとおしげに髪留めを見せ、こぼれた横髪を薬指で耳にかける。仕草が何とも色っぽい。
「そ、そうか」とだけ言って、委員長は自分の席に戻っていった。
しばらく絶えなかったクラスの喧騒も、担任であるよもぎが入室することで収まったが、彼女もアマネに「もしかして逆木さん?」と聞いたことから再度同じようなやり取りが行われた。
***
「ということが今日、あってだね」
「何してくれてんですかっ!」
つばめが頭を抱えてうがあっとうなる。
「私は先輩と違って健全なんです! ノーマルなの! そもそも名前出す必要ないでしょう!?」
「散々授業をフケておいて健全て」
アマネは全く反省する様子を見せずにげらげら笑っている。
「ていうか先輩、本当に同性愛者だったりしませんよね……?」
そう言えば膝枕をねだられたり、抱きしめられたりしたような……とちょっぴり引きつつ、つばめは尋ねた。
「違うよ。男も女も嫌いだから安心してね」
「ひどい答えっ。でも好きなタイプくらいあるんじゃないですか?」
「背が高くて、そして同時に背が低い人が好きだね。そしてまた完全に同時にそれらを嫌いでもある」
「いや、意味分かんないし」
「僕が真っ当にだれかを好きになれるような性格をしているとでも? そういうつばめのタイプはどんな人?」
「……スポーツマンタイプは苦手ですね。あとモテる人も勘弁して欲しいです。あとは、あぁ! 私の事を好きとか言わない人ですかね……」
嫌なことを思い出したのか、遠い目をして言った。
「地雷かー、これ」
後輩の闇が深い、とアマネが呟いた。