005 デート(自身を構成する要素についての考察その1)
「で、なんで男装なんですか?」
待ち合わせ場所である駅前にやってきたアマネにつばめは尋ねる。
つばめの服装はゆったりとした白ハーフパンツに紺の七分丈のシャツ、足元は白と茶の丈の短いブーツだ。黒の小柄なショルダーバックを肩にかけ、傘をさしている。
女性らしく、また涼しげでもある。顔と肩で傘を抑える動作に連動して肩まである毛先を緩くカールした髪の毛が動く。
「え? 別に男装なんてしてないけど……」
対するアマネの格好は黒のロングパンツと白のブラウス、その上に黒のベストである。靴に至っては学校指定のローファーだ。そしてあろうことか携帯電話とお財布がパンツのポケットに無造作に突っ込まれている以外に所持品が見当たらない。
髪型は長髪を後ろで無造作に一つにまとめただけだ。事務員か。
「……はぁ」
ここまで酷いとは思っていなかったので、思わずつばめは溜め息をついた。
「今日は先輩の服を買いましょう」
「いや、もうあるし……。別にいいよ」
「買います」
「はい」
有無を言わせぬ迫力に頷いてしまう。
「取りあえずその髪ゴム外してください。せっかくの髪が痛みます」
「はい」
***
アマネの服選びは順調に難航した。
肌が見える服装が嫌いらしく、五分はおろか七分丈でも拒否する。下は足首まで、トップスは手首まで隠れていないと嫌だという。
「暑くないんですか?」
「オシャレは我慢っていうし……」
「オシャレしてから言ってください」
「それにほら、僕の魅力ってミステリアスなところじゃん?」
「……」
「ミステリアスなところなのね!」
なんだか喋るたびにつばめの視線の温度が冷たくなっているような気がする。
「いっそ超ミニスカートでも着たら、他のも抵抗なくなるんじゃないですかね」
ショック療法で。などと言いながらつばめがミニスカートを持ってくる。
「止めてよ、パンツ見えちゃうじゃないか」
「どうせババ臭いの着けてるんだから、誰も得しないから大丈夫です」
「流石にひどくないっ!?」
ミニを押し付けてから、それよりは長い丈の物で納得させるという詐欺師のような手法を使い、服を揃える。
着ていた服は没収され、購入した内の一つである真っ白なワンピースに身を包んでいるとどこぞの令嬢のようである。目以外は。
本人は腰回りをごそごそ探した後、
「つばめ、これ、ポケット無い奴! ケータイとお財布しまえないよ!」
などと言っている。
「じゃあ、今度はバッグを見に行きましょう」
普段使いにも使える物が良いだろうからと思って、アマネに選ばせると何故かふらふらと女性用コーナーを離れ、ポケットのたくさん付いた男性用リュックサックコーナーを眺めていたので、連れ戻す。
この中から選んでくださいと三つほど見繕うと、案の定一番色合いの地味な黒のバケット型バックを選んだので、それは選択肢から除外してもう一度選ばせる。
「水色は子供っぽくない?」
「バッグならそうでもないです。革製ですし」
「うぅん。赤は派手じゃない?」
「そうですね。でも長い黒髪には映えてよく似合うと思いますよ」
「うぅん。うぅ~ん。……じゃあ、こっち」
赤を指差す。
「次は靴ですね」
「まだあるの!?」
***
アマネは足が長く、背が高い。だからブーツもパンプスも似合うはずだ。
だがこれから夏真っ盛り。暑いと絶対履かないだろうし……。そもそもかかとが高い靴を履きなれていないだろうから足首を痛める恐れもある。
「先輩って普段、ローファー以外に何履いてるんですか?」
「スニーカーか、つっかけ」
「ですよねぇ」
出来るだけヒールの低いミュールを選んで持っていくと、ソックスを履いたまま履こうとしていたので、引っ張って脱がす。
「あとは化粧ですね。とにかく隈を何とかしないと……」
「うへぇ」
「誰のためにやってると思ってるんですか」
そもそも化粧の仕方が分からないなどと言い出したため、BAさんに教えてもらいましょうと言うと、
「ビーエーさん? ……お婆さんが教えてくれるの?」
おしろい塗らなきゃいけないほどひどいかな、などと言っている。
「バァさんじゃないです。ビューティー・アドバイザーです。いや、ていうか、本人の前で言うのは絶対止めてくださいね! あ、いや駄目だ! 逆です。絶対にそう言ってください!」
途中でニヤニヤし始めたアマネを見て、慌てて訂正する。こうしておかないとこの天邪鬼は絶対にやる。
アマネのあまりに濃い隈を見て、アドバイザーは親身になって相談に乗ってくれた。
コンシーラーとファンデーションで実演しつつ使い方を教え、顔面マッサージと食事、睡眠の助言までしてくれた。
最後に薄く桃色の頬紅が引かれ、頬がわずかに上気したかのような印象に変わる。
「だれだこれ」
鏡に映るのは真っ白なワンピースを纏い、頬を桃色に染めたぬばたまの髪を持つ美女であった。いつもの貞子ではない。
つばめはふぉぉっと言いながら、パシャパシャと写真を撮っている。
「あぁ、これはまさしく化けると呼ぶに相応しいな。自分でない自分になる、か。
云わば物理的な仮面を被ることで、精神にも仮面をかける。いや、素晴らしい高揚感だが、これでどうして世の女たちは自我を保てる?」
混乱しているのか、口元にいつもの笑みを浮かべながら、頬に爪を立てるように手を置いていた。
自身の変貌により化粧品に興味を持ったらしいアマネは色々購入したうえ、試供品までもらって紙袋に詰めてもらっていた。
「まさか先輩が一番興味を示すのがお化粧とは意外でした」
「うん。僕もだ。帰ったら色々試してみるよ。……僕が言い出したはずなのに、僕の物ばかり買ってたね。ごめんね、つばめ」
「謝らないでくださいよ、先輩らしくもない。私は楽しかったから気にしないでください。
……先輩、これあげます」
つばめが小さな紙袋を手渡す。
アマネがその中身を開くと、髪留めが入っていた。左右非対称の三角形で二辺が青、一辺が赤。その中ほどで相反する二色がマーブルに混じり合う。何とも毒々しく、目を引かずにはいられない。
「その、先輩のイメージに合っていると思って。アンバランスで、混沌としていて、矛盾していて。……だからお礼も兼ねてプレゼントです」
照れ隠しだろう、つばめは顔を背けた。
「……僕はつばめにお礼をしてもらうようなこと、した覚えはないけどな」
アマネは困ったような微笑みを浮かべる。いつものような皮肉気な雰囲気は込められていない。
「でも、くれるというのなら受け取るよ。……つばめが付けてくれないか。髪の毛、好きに弄っていいからさ」
「はい」
アマネから髪留めを受け取り、腰かける彼女の後ろに回る。ほどなくして「出来ました」と声がかけられる。
後ろ髪は垂らしたまま、サイドの髪に緩やかなねじりを加えて後ろでひとまとめにしてバレッタで押さえる。ハーフアップが正式名だったはずだ。
「似合うかな?」
「……はい」
まだ照れているのか、つばめの耳が赤い。
それを見てアマネは、
「それにしてもつばめは僕のことが本当に好きなんだなぁ。自分の名前と同じ色の物を身に着けて欲しいだなんて」
意地悪をすることにした。
それを聞いたつばめは一瞬ぽかんとしていたが、自分の贈ったバレッタが『飛び立つツバメ』のように見えなくもないということに気付いた瞬間、顔を真っ赤に染めた。
慌てて髪留めを奪おうとするが、アマネは既に立ち上がり、それを許さない。
「か、か、返してください!」
「やだね。もう受け取っちゃったし」
わたわたとアマネの正面から後頭部に手を伸ばすと、ぎゅっと抱きしめられる。
「熱烈だなぁ」
「もーっ!」
叫ぶつばめの頭にアマネがどこからか取り出したカチューシャを通した。
「やっぱり似た者同士、考えることは同じだね」
今日のお礼、とアマネが言う。
その幅広のカチューシャは頭頂部が青い光沢をもち、端に移るにつれて黒が濃くなっていく。こちらもツバメの色だ。
「自分の名前にまつわる物を贈る方が痛いのか、相手の名前にまつわる物を贈る方が痛いのか。それが問題だ」
「自分の名前の方に決まってるじゃないですか! うぅ、先輩より痛い行動を取ってしまった……」
さりげなくひどい事を言っている。
「まぁ、大事にしてよ。せっかくの贈り物だ。カチューシャも、自分の名前もね」
アマネがぱちりとウインクする。
「格好つけても、両手いっぱいに荷物持ってたら台無しです」
あらら、とアマネは肩をすくめた。
~帰り道で~
「いつの間に買ったの? このバレッタ」
「先輩が化粧品に夢中になってる間です。先輩こそ、いつの間に買ったんですか? カチューシャなんて」
「つばめがトイレ行ってる時」
「え? 一緒に行きましたよね?」
「入ったふりして、すぐ出て買って戻ってきたの。で、出口で待ってた」
「ミステリのトリックみたいなことしてるっ!」