003 ファッション
「先輩って真っ黒ですよね」
「お腹の話?」
「違いますよ。いや、違くないかもしれないけど。服装の話です」
「うちの学校、制服黒いから当然じゃないかな?」
ちなみにリボンの色は入学年度ごとによって異なり、二年生のアマネは赤、一年生のつばめは青である。
「でも布面積が広いっていうか、スカートも折り曲げてないし、ソックスも黒のせいで肌色、顔と手しか無いですよね。顔も髪で半分くらい隠れてますけど」
「古風でお淑やかなお嬢さんに見えるかい?」
スカートをつまみ、くるっと一回転して見せる。
「いえ、旧校舎の亡霊に見えます」
その冷たい答えに、アマネはかくっと肩を落とす。
しかし、事実夕暮れ時の木造の旧校舎の中では、その濡れ羽色は肌の青白さもあって、異形の者にしか見えない。
昨日のサボりがバレて課せられた旧校舎の掃除を二人掛かりで終わらせ、コンクリート製の新校舎へと戻る。
「私服はそんなことないんだけどね」
旧校舎の鍵束を人差し指でくるくる回しながら、アマネがつぶやいた。
「へぇ。ちょっと興味あります。先輩の私服」
「じゃあ今度デートでもしようじゃないか」
「はい! じゃあ明日のお昼に駅前で待ってますね!」
「……は? いや、」
「じゃあ私はこれから明日着ていく服を選ばなくてはならなくなったので、お先に失礼します!」
「つばめ、ちょっと、話を」
「ドタキャンとかしたら絶交ですからね~」
手を振って駆けて行ってしまった。
そもそも明日は平日なのだが。彼女は自分が何で罰を課せられたのか理解しているのだろうか。
だが、
「学校サボって、街で後輩とデートってのは良いね。ふふふ」
一瞬呆けていたが、すぐに普段のように歪んだ笑みを浮かべた。
職員室に入り、担任教諭である三枝よもぎに旧校舎の鍵を返却する。
「あれ、子安貝さんは?」
「もう暗いので先に返しました」
嘘だ。率先して帰りやがった。しかも翌日分のサボり宣言までしていった。
「ぼ、……私も帰ります。さようなら、先生」
「ちょっと待った。まだサボった動機を聞いてなかった」
アマネは首を少し傾けて、顔だけよもぎに向けて言う。
「別に。お昼食べたら眠たくなって、授業受ける気が失せただけですよ」
「そう。じゃあ、そういうことにしておくわ。……いつも傍にいてあげることが、必ずしも彼女を救うことになるとは限らないと思う、とだけ言っておきます。逆木さんは優しいから、彼女に引きずられてしまうのではないか、心配だわ」
ひくっとアマネの口元が揺れ、への字を作る。体をひるがえし、よもぎと向かい合った。
「えぇ、そうですね。僕は優しいですからね。あまりに優しいので生涯子供を作らないことを誓っているくらいです。こんな世の中、生まれてきても辛くて、苦しくて、がっかりするようなことしかないですから。産まれてくる子供が可哀想というものです」
げらげらげらとわざとらしく哄笑する。
よもぎは一瞬だけ顔をしかめて、すぐにそれを隠した。
手は膨らんだ腹部の上で握られている。
つまらないな、とアマネは思った。ここでヒステリーでも起こして逆上してくれたら、嫌味たっぷりに「そんなに怒るとお腹の子供に障りますよぉ」と言ってやろうと思っていたのに。
「逆木さん。先生は貴女がどんな経験に基づいて、そういう振る舞いをしているのかは分からないけれど、それを続けていたらきっと貴女は一人になってしまうわ」
「いいですねぇ。読書が捗りそうで」
どうせ人は一人では生きられないだとか、貴女が困った時に手を差し伸べてくれる人がいなくなるだとか、月並みな言葉が続くと予想して先んじて皮肉を言っておく。
よもぎは開いた口から、そのまま溜め息を吐き出して「今日はもう遅いから、また明日お話ししましょう」と言った。
「分かりました。それじゃあ、先生、また明日」
「えぇ。気をつけて帰ってね」
これっぽっちも真実にするつもりのない言葉を吐き出して、アマネは職員室を出た。
さて、明日はどこにつばめとのデートに行こうかなと考えていた。