019 なんでもない日
二月下旬になると卒業式の予行練習が行われるようになった。
練習といっても三年の学年主任教諭の起立の挨拶に合わせて、立ったり座ったりするだけだ。
送辞は御門が、答辞は龍頭が行うためアマネもつばめもほとんど座ったまま、周囲に合わせてワンテンポ遅れて起立と着席を繰り返している。
練習が終わってアマネがクラスに戻ろうとすると龍頭に呼び止められた。
「待った! そこの不良生徒!」
「なんですか……」
相変わらず声のでかい人だなと思いつつ、振り返る。
「おお、不良である自覚はあったのか」
なぜ声をかけた方が驚いているのか。
「バレンタインの時のお返しを要求する!」
「まだ三月に入ってすらいませんけど……」
「卒業したら会う機会無くなっちゃうから今のうちにもらっておこうと思って!」
「なるほど。コンビニの奴でいいですか?」
「なんでだよ!」
「なにがですか」
手作りがいいとか言い出すつもりだろうか。
「惜しんでよ! 悲しんでよ! 『会う機会無くなっちゃう』に反応を見せてよ!」
「いや、卒業式で委員長、……御門にお花もらえるじゃないですか。十分惜しまれてますよ」
「物が欲しいわけじゃないの! 気持ちが欲しいの! 後輩に囲まれて号泣的なことがしたいの!」
設定に引きずられているがゆえの欲求だろうか。それとも単にこういうキャラなだけか。
「物は要らないんですか。じゃあお返しも必要ないですよね?」
「それは別腹」
「この人ほんとにディベート部かよ……」
発言が場当たりすぎる。
***
龍頭には後でお菓子を渡して、適当になだめすかしておいた。
「私もお返しを要求します」
アマネの部屋でいまだに片づけていないこたつに入りながら、つばめが言った。
「モノをもらってないんだけど」
本日の龍頭の件について話して返ってきた道理の通らない要求を突っぱねる。
「クッキーとかならそんなに臭いは残らないと思いますよ」
「しかも作らせる気か! いや、オーブンとか無いし……」
流石に何も無い状態は解消され、冷蔵庫や電子レンジ、食器の類はあるが本来そこまで自炊をする機会がないので本格的な調理器具などは持っていない。
「つばめ、君は大晦日の時に、贈り物は半分が相手の、もう半分が自分の事を考えて贈る物だと言ったね」
「先輩は全部自分のためだって言ってましたね」
つばめがぽちぽちと携帯をいじりながら答えた。
「バレンタインはどう? あれはまさしく好意の押し付け、全て自分本位の行為じゃないかな?」
「もらえない僻みですか?」
「龍頭先輩から貰ったし!」
抗議した後に、こほんと咳払いをして続ける。
「君のように他人の好意を疎ましいと思う精神性の持ち主なら、本来バレンタインは非難するのがしかるべき対応じゃないかな?」
「私の事、何だと思っているんですか……。バレンタインは相手の好意であったり、ホワイトデイのお返しであったりと相手から何かを返してもらうことが前提としてあるケースがほとんどだと思います。だからバレンタインのチョコは贈り物じゃなくて、前払いなんじゃないですかね。だから後日商品が届かなければ、怒る」
「やっぱり否定的じゃないか。見返りを求めないことが贈り物である条件であり、それ以外はコンビニで200円払ってからアイスを買うのと変わらない、と? だが贈る側は何も返ってこなければどうしたって落胆する。それは君も認めている点だったね?」
「はい。ですけどその二つは違います。自分本位か相手本位か。当然もらえると思っていた物がもらえなかったことに対する身勝手な憤りと、何も反応がないことに対する悲しみは別種のものです。以前も言いましたが贈り物の場合であれば贈った段階で目的は達成しているんです。目的が相手にあるか自分の中にあるかの違いです」
だから、とつばめが続ける。
「バレンタインじゃダメなんです。本当にそれに意味を込めたいのなら、なんでもない日に贈らなきゃいけないんです」
顔をアマネから逸らして、バッグからラッピングされた小包を取り出してこたつの天板の上に置いた。
「おぉ、愛い奴め、愛い奴め!」
頬を染めているつばめを後ろから抱きしめて、わっしゃわしゃと髪の毛を撫でる。
「みんながやっている時にはやらない、アマネ先輩流です」
さりげなく天邪鬼だと言われたが気にしない。
「あとでお返しくださいね」
「え~、見返りは求めないのが本物じゃなかったの?」
つばめが携帯電話の画面を背後のアマネに見せる。
「これとかどうですか。可愛いですよ」
丸っこいメタリックレッドのオーブンがそのお高めのお値段とともに表示されている。
「買わす気!? ……高くない、値段?」
「化粧品散々買っといて」
じとっと目を細くして、睨まれる。
「……それは別腹」
目を逸らすと、どこかで聞いたような言葉が口から出てきた。