017 何を祝うのかずっと謎
アマネがこたつに入ってボーっとしていると携帯電話が震えた。液晶画面には後輩の名前が表示されている。
二週間ほど前にひいた風邪はつばめの看病の成果もあってか、完治した。つばめは体が丈夫だからかアマネから感染することもなかったようだ。
御門から提出を求められていた進路希望書にはまるで二分前に急いで書きましたとでもいうような汚い走り書きで「進学」と書いて出し、無事冬休みを迎えることが出来た。
『先輩、お誕生日おめでとうございます』
電話口からつばめの声が聞こえる。カレンダーを見上げると看病に来た時に残していったのであろう花丸マークで『誕生日!』と書かれていた。
「自分で適当に決めただけの日付を祝われてもね」
『またそういうこと言う~』
つばめが口を尖らせて言うその様子がありありと想像できて、こらえきれずにくすくすと笑う。
「それで何の用?」
『初詣に行きませんか?』
***
「普通こういう時って着物で待ち合わせとかじゃないですか?」
「僕、着物どころか浴衣も持ってないけど」
持っていたところで着付けの仕方も分からない。
「まぁ、私も着物は持ってませんけど……」
今日は初詣に行ったあと、アマネの家に泊まると両親に伝えて17時くらいからマンションのリビングで二人揃ってこたつでぬくぬくとしていた。
神社は小さいものだがアマネの家から歩いて十分程度の所にあるため、集合地点は自然とこのマンションに決まった。一旦靴を脱いでしまっても待ち合わせしたと呼べるのだろうか、とつばめは言いたいのだろう。
時刻が23時半になってから二人揃って家を出る。
つばめはクリーム色のセーターに深い赤のロングスカート、その上からキャラメル色のコートを羽織っている。頭にはいつもの青と黒のカチューシャが乗っている。足元はファーのついたもこもことしたブーツだ。
一方のアマネはジーパンの上に黒のダウンジャケットを着て、ポケットに手を突っ込んでいる。首元をマフラーでぐるぐる巻きにして、髪留めは前髪をよけるために使われている。靴は白っぽいスニーカーを履いている。
「……おかしい。何故こんな適当なチョイスなのに格好よく見えるのか……」
「ひどい言いようだなぁ」
「痩せ型で脚が長いから、ダウンジャケットを着ていてもスリムに見えるんですね。この脚か、こいつの仕業か!」
そう言ってつばめがアマネの太ももを執拗に触ってくるので、それを一々はたき落とす。
「やめろ、この、こら。ポケットに手を入れるなっての!」
じゃれあっているうちに神社につく。
ちらほらと参拝客が見えるがそれほど人数は多くない。
鳥居をくぐり、手と口を清めて境内の中で使い捨てカイロをにぎにぎしながら年明けを待つ。
「人間は『意味』が好きだよね」
「何ですか、急に?」
「誕生日も元日も、一年の中のただの一日だ。その中でわざわざ始まりを決めてそれを祝う」
祝日もそうだし記念日とかもそうだね、とカイロを弄びながら呟く。
「日付だけじゃない。花言葉や宝石、そして言葉とあらゆる表現。みんながそれらの中に意味を求めて探している。何故だろう?」
「……」
いつもの自分だったら、迷うことなく「人間は誰しも自分の事を特別だと思いたいからに決まっているじゃないですか」と返しただろうとつばめは思う。現に今、即浮かんだのはそのセリフだった。
だけど。
だけど今日くらいは少し違う答えをしてみたいと思った。
どんなこっぱずかしい、らしくない答えでもあと数分で終わる今年の中に置き去りに出来るから。この人にとって今日は間違いなく特別な日のはずだから。
「贈り物ばっかりですね」
「え?」
アマネが首をかしげるとマフラーの上で長髪がたわむ。
「花も宝石も、言葉も。贈り物です。みんなが意味を探しているんじゃないですよ、求めているんじゃないです。みんな意味を込めてそれを贈っているんです。大切な相手にそれが伝わるようにって。
言葉にすると恥ずかしいから、安っぽくて自分の伝えたい本当の気持ちでなくなってしまうような気がするから。でもそれでも貴女は私にとっての特別なんだよ、って分かってほしいから」
どうしてそれを選んで贈ったのか、その意味を考えてほしいから。
「だから、……だから。……」
詰まってしまった。どうすれば伝わるのか分からなくて、口は開いているのに言葉が出てこない。息を吸い込むたびに喉が凍り付いて、涙が出そうになる。
きっと間違ったセリフだったら簡単に言えるのに。あざ笑うような最低の言葉だったらすぐにでも思いつくのに。普段は使わないせいで肝心な時に出て来てくれない。
「まるで、祈りだな」
「え?」
俯きかけた顔を挙げて、アマネの瞳を見る。
「一方的で、相手任せだ」
「贈る側にとっては贈った時点で目的を達成していますからね」
「でも勝手に贈りつけておきながら、期待する行動を取ってくれなければ勝手に落胆する。それでいながら口では見返りを求めているわけではないと言う」
「それは、そうですよ。どうしてたって思っちゃいますよ。分かってもらいたくて贈っているんですから。だからきっと半分は自分のために贈るんです」
「僕は全部自分のためだと思うけど。『誰かのため』と言いつつ、自分しか愛していない。良くある話だろう?」
きっと生徒会長や幹ならそれを否定して、プレゼントはその想いまで含めて全て相手本位だとそう破綻なく主張できたかもしれない。だけど自分にそれは出来ない。
なぜなら自分自身でそれは嘘だと思ってしまっている。行動に自分の利益が伴わない人間なんていない。人間はそういう動物だ。頭の中の理性的な部分がそう言っている。だけど今日は特別な日だからそれはちょっとひかえめにして、だいぶオマケをして、半分と言った。
「いいえ、半分です。例え相手によく思われたいのだとしても、何の興味もない相手によく思われても仕方ないでしょう? その相手のどこかを認めているからその人にはよく思われたいんです。
見返りを受け取ることが目的だったとしても、その人が見返りをくれそうなくらい気に入ってくれる物を悩んで選んだっていうことは事実です。だから途中でどんな変遷をたどって最後にはまるで自分のためだけみたいになってしまったとしても、その出どころはきっと相手本位なはずです。だから祈り、なんかじゃないです」
言い切ったと思って、顔を上げるとアマネがこちらを見ていた。しばらく目が合って、その後ほんの少しだけ微笑んだ。
「なまいき」
「えへへ、おかげさまでっ!」
つばめがそう言うのと、参拝客が本殿に向けて並び始めるのが同じだった。携帯電話で時間を確認すると、日付が変わっていた。
「先輩、明けましておめでとうございます」
「ん。今年もよろしく」
新年の挨拶を交わすと周囲にならって、参拝の列に並ぶ。
「正直なところ、先輩がこういう周囲がやっているからやるみたいな慣習とか行事とかに参加していると凄い違和感があります」
「君が誘ったくせに何を言っているんだ。一人だったら絶対来ないよ、ちょー寒いし」
ていうか、とアマネが続ける。
「人を誘っておいて、わざわざこうして初詣にまで来ておきながら、境内で祈りを自分本位って言い切るって凄い根性してるよね」
「あはは……」
せっかく良い事を言ったのに台無しであった。やはり慣れないことはするものじゃないなと新年早々そんなことを思った。