014 アマネのいない日その2
「でも一つ問題がある」
つばめがぴっと人差し指を立てる。
「何よ?」
酸素を取り入れようと深呼吸を繰り返しながら、伽倶夜は聞いた。
「女同士の友情は成立しないのではなかったか?」
その問いを聞いて、伽倶夜はげほげほとむせた後に困ったような呆れたような表情をして言った。
「それ、触れないでおいた方がいい奴だから」
「そう言われると触れずにはいられないっ!」
そうだ、こういう奴だったと深く深く溜め息をつく。
「でもさ、男と女の友情も成立しないっていうじゃん。その二つが正しいとすると女は友情を備えてないって結論になっちゃうんだけど……」
「何故『友情』と呼ばれているものは一般的に男性同士のそれを指すのかということね?」
かなり強引に質問を矯正する。どうしてこいつらはわざわざ悪い言い回しを選択するのだろうか。
「でも男の友情ってかなりあっさりだよね。弟がよく友達と遊びに出かけているけどどこに住んでいるのかは知らないとか言ってたし」
クラスと名前を知っているだけで、誕生日も血液型もおよそパーソナルデータとでも呼べるようなものをほとんど知らなくても友達なのだという。不思議な生き物だ。
「つまりそれらは友情の成立には関係が無い物ってことね」
「じゃあ何が関係あるの? おんなじゲーム持ってることとか?」
「物か。個人的にそれは認めたくないけど同じ時間、同じ場所で同じ経験をしたことがあるというのは重要かもしれないわね」
「いやいやいや、既に友情が成立していないとその条件って滅多に発生しないでしょ。同じゲームを持っていたからって友達じゃない子と遊ぶ? ……遊びそうだなぁ。交換とか対戦とかよく付き合わされたし……」
最近は恥ずかしくなってきたのか一緒にゲームをすることはほとんどない。むしろやっているゲームを覗き込むと隠されるのでちょっと寂しい。
「それによって形成された言うなれば同じ価値観こそ友情を成立させるものかもしれないわね。男女で価値観が違うのはよくあることだし、その価値観の中に本能的なものが含まれるのだとしたらなおのこと男女の友情の成立は難しいだろうし」
「女同士の場合は?」
少なくともある一定の類型化は出来るはずなのに何故友情が成立しないと言われるのだろうか。
「……角が立つから言わない」
「美人かどうかがどんな価値観よりも重視されるからでしょ。少なくとも世間ではそうだし」
「お願いだからもうちょっとマイルドに言って……」
『美しさ』という本能に直結する共通の価値観が競合を起こすから、とか。
目元を痛そうに押さえる伽倶夜に、つばめがお高くとまってんじゃねーやいと舌を出す。
「でも、なるほど。それなら確かに私と先輩の間には共通する価値観があるね」
つばめは納得したようにうんうんと頷いている。
「一応聞いてもいい?」
「価値あるとされている物をあざ笑って喜ぶ価値観」
「最低じゃないの」
やっぱりろくな答えじゃなかったと伽倶夜が溜め息をつく。
「でも先輩だったらもっと悪く言うだろうな……。そうだなぁ。人間の命に価値はないから、当然人間の作った物すべてに価値はない。だから価値という基準にも価値がない。とか?」
「基準が無意味なら『価値がない』ことを判定できないのだから前提が定義できないでしょ。ただの言葉遊びね」
「……よくそういう返しがすぐ思いつくよね」
ほぉと感心したように呟いている。
「なによ急に」
きっとこの少女であれば、ただ追従し、共に腐っていることしかできない自分とは違ってあの人がたびたび掲げる歪んだテーゼに正しいアンチテーゼをぶつけることが出来るのだろう。
共に手を取り合ってお互いを高めることが出来るのだろう。
「別に。……幹の方がアマネ先輩の隣にいるには相応しいんじゃないかなと思っただけ」
きっとそれこそが本来あるべき姿なのではないだろうか。
「それは無理ね」
伽倶夜は迷いなく即答した。
「なんでさ」
「だって私、あの人の友達にはなれないもの。なりたいとも思わない」
「……。ふふっ、あはははっ。やっぱり性格悪いじゃんか」
「そうかもね」
そう言うと顔を見合わせて笑った。
「ふふふっ、ふふっ」
つばめが口元を手で覆って隠して笑う。
「いつまで笑ってんのよ」
「いや、先輩が告白してもいないのに振られてやんの、と思ったら可笑しくって」
「ねぇ、本当に友情はあるのよね?」




