0090
翌日の待ち合わせを受け、様々な材料を買い込みにいく。
もちろん、倉庫の中には満載になっているんだけど、あれは表では使わない事にしている。
イモ類に野菜類、様々な調味料に香辛料、干し肉各種に塩漬け肉、小麦粉に野小麦と呼ばれる陸稲、後は木の食器各種にスプーンやフォーク。
そして肝心の油をそれなりに購入する。
定宿にしている『やすらぎ亭』に戻り、部屋で石鹸を構築する。
水石鹸と言えば良いか、液体洗剤みたいな石鹸で、少量手に付けて洗えば清潔さを保てる。
これは食器洗いにも使える天然素材使用の石鹸なので、肌にも優しいというおまけ付きだ。
それを水筒蛙で造られた容器に入れておく。
これは弾力のある柔らかい容器で、昔は水筒に使っていたと言われるところから付いた名前らしい。
今の主流は雪山羊のなめし皮で作られた水筒であり、大きさも自由自在なところから人気の品になっている。
断熱効果まではいかないけど、外気温に余り影響されないのも特徴のひとつであり、炎天下でもそこまでぬるくない水が得られるとあって、多少高価だけど皆が求める品のひとつだ。
そんな訳で人気の無い水筒蛙の容器はかなり安く、水石鹸の容器にちょうど良いのだ。
後はヘチマみたいな植物の実を購入するんだけど、これをスポンジ代わりに使っている人を見た事が無い。
この実の液体の使用目的は、クリーンポーションと呼ばれる消毒薬みたいな薬の材料になる。
もちろん化粧水に使っている人もいないんだけど、水石鹸と混ぜると更にマイルドな肌触りとなり、後で肌がつるつるになる。
なので女性用の水石鹸にはその液体を混ぜる事にしている。
そうして液体を取った後の実を急速乾燥させれば、ヘチマっぽいスポンジ状物質の出来上がりだ。
これも食器洗いと身体洗いの為にアイテムポーチの中に詰めておく。
後は濃縮シチューの元を作ろうと、とろ火で煮込みながらシャワーを浴びる。
シャワーと言っても水汲みを頼めば銀貨1枚必要なので、シャワー室では自前で水を出して浴びている。
水石鹸の調子を見るのにも、シャワーは必要なのだ。
ヘチマモドキに水石鹸を垂らし、水を浴びた後で身体を擦る。
文明社会の石鹸のような泡立ちは無理だけど、それなりに泡だって気持ちが良い。
使い勝手も良いので、恐らく出先で披露する事になるだろうな。
シャワーが終わって煮詰まった濃縮シチューを急速冷却し、専用の壺に入れてポーチに入れておく。
これはいわゆるインスタントシチューの素のような位置取りで、スプーン1杯を容器に入れ、熱水を注げばそのままシチューになるって寸法だ。
硬パンはそのままだけど、簡素な蒸し器を持っているから柔らかくなる。
本当に魔法のある世界は。何かと便利でありがたいよ。
そして翌日。
待ち合わせ場所に赴いたんだけど、何かトラブルの様相。
見れば昨日の雑魚が意気揚々と、見知らぬおっさんと共にマグラスさんを問い詰めている。
「何かあったの? 」
「おお、おぬし、こやつらに苛められておるそうだの。もう心配は要らぬからの、安心して帰るがよい」
「あのさぁ、オレの仕事取らないでくれるかな」
「こいつ、可哀想に気づいてないんですよ」
「おぬしが誘致されたのは、難易度Aと呼ばれるダンジョンじゃ。とてもEランクの行ける場所では無いのじゃ」
「あのさぁ、ギルドランクと腕前をイコールに見たいのは分かるけどさ、例えば街の衛兵さんが初心者として始めるのと、貴族のボンボンが始めるのとじゃ、同じ始まりにはならないのは分かるよね」
「なればおぬしは自信があると申すか」
「マグラスさんがいけると言うんだ。その道のプロのお墨付きを疑うとか、ギルドの存在意義に関わるよね。所属外になったほうが自由だと勧めたいのなら、ギルドの役員の座を降りてからにしないと背信って言われるよ」
「マグラスよ」
「あんだよ、煩ぇな。あんまし言うようならこいつの言う通り、所属外になっても良いんだぜ」
「早まるでない。ならばの、こやつも共に連れてゆくのじゃ」
「それこそ足手まといだろ」
「オレはCランクだ。こんなEの雑魚とは出来が違うんだよ」
「ならよ、自己責任で良いな」
「ああ、オレの腕前を見せてやるぜ」
「ポーターなんだけどな、お仕事は」
「ふんっ、自分の身ぐらいは守れるさ。まあ、お前じゃそんな事は無理だろうから、マグラスの足手まといになるんだろうけどな」
「んじゃ荷物は半々で運ぼうかね」
「お前、アイテムポーチがあるんだろ。全部持ちやがれよな」
「あれぇ、荷物も持たずに腕前を見せるのかい? オレ抜きだと全部持たないといけないんだよ」
「持てばいいんだろ、持てばよ」
それぞれに荷物を担ぎ、ダンジョンに向けて歩き出す。
それは良いんだけど、どうにも体力が無いのかねぇ。
「お前、どうしてアイテムポーチを使わないんだ」
「あのな、こいつは素材を入れる為のものだ。探索の荷物は担げばいいんだよ。まあ、今日は半分だから楽だけどさ。ほれほれ、とっとと走れぇぇ」
「くそぅ、オレも馬車に乗せてくれよ」
「何を言ってんのかな。あの馬車は彼らの所有物。重い荷物は載せてもオレ達は余分なんだから走るのが当たり前だろ」
「くそぅ、こんなはずじゃ」
軽快に馬車の横を併走していると、どうにも嫌そうな声が聞こえてくる。
「あーあ、今日はハズレの日だわね」
「まあそう言うなよ」
「折角、いい調子でやれそうだと思ったのに、足手まといを連れて行くとか、やる気が失せる話だわ」
「そこはほれ、サクリアの名の元にって事でさ」
「あはは、あのショートカットを使う気なのね」
「普通じゃちょいと使う気になれねぇ道だけどよ、自己責任を承諾したから構うまい」
「何それ、もしかしてオレを生贄にしようとか思っていた? 」
「コウならクリア出来る話よ」
詳細を聞いてみると、どうやらサクリアってサクリファイスから取ったような名前で、生贄を使えばショートカットが出来るらしいのだ。
なので盗賊とかがその生贄にされたりするらしいんだけど、今回は自己責任の彼が居るから、これ幸いと使おうって事になったらしい。
「ならさ、生贄2人のコースならもっと楽なんじゃないの? 」
「コウ、やってみたいのか? 」
「聞いた限りだと、クリアしたら希少なアイテムが貰えそうだし、合流もやれるんならお得かと思ってね」
「あいつに勝てるか」
「まあ、余裕じゃないかな。体力も無さそうだしさ。ほれ、あんなに遅れているし」
「やれやれ、荷物のあらかたを馬車に載せたと言うのに、何してやがるんだ、あいつはよ」
「何気なくその場所に導いてさ、休憩を思わせて先に行けば良いさ。オレが残っていれば罠とは思わないだろうし」
「まあ、荷物と言っても入れてあるんだろ、メシとか色々」
「こっちのポーチは荷物用、こっちのポーチは素材用。見せるのはこっちだけ」
「お前なぁ、複数とか普通はあり得ないんだぞ」
「しかもレジェンド級とかね」
「えええええ」
「どんだけ入るんだよ」
「この馬車入れようか」
「呆れた奴だ。お前、何処の国の王子だったんだ」
「ああ、もう戻れない、オレの故郷の国」
「やっぱりそんなとこだと思ったぜ」
「国宝がバレたらヤバい」
「マジかよ、てめぇ」
あれ、信じた?
軽い冗談なのに。
「まあそんな冗談はともかく、あいつ、見えなくなったぞ」
「何処までが冗談よ」
「馬車は入らないよ。白金貨50枚の品だし」
「小型中程度の品か。となるとどっかの富豪の放蕩息子辺りか」
「2つ買ったら怒ってね。それ持って出て行けって短気だよね」
「他にも色々あったんだろうな」
「この短剣もそうだし、この皮鎧もそうさ」
「この皮鎧。以前から気になっていたんだけど、まさか」
「うん、緑竜のお腹の皮」
「うわぁぁ、白金貨80枚は最低する品だわ」
「この短剣はモノコーンの角を削り出した品で、こっちの2本はパイコーンの双短剣だ」
「そりゃ勘当になる訳だぜ」
まあ、99人の財産の中にあったアイテムだけど、折角だから使っているだけさ。
皆の興味が向いたようなので、ダンジョン入り口であの雑魚を待つ間に色々と披露する事になった。
「これは身代わりの首飾りで、腕輪は両方で筋力増強の効果。後はこの靴だけど羽根ウサギの皮で出来ていて、しかも精霊の祝福付だ」
「マグラス、どれぐらいかな」
「全部でざっと黒金貨5枚ってところか」
「そりゃ勘当にもなるわね」
「よくぞそこまで耐えたって感じだろ」
「そうかもね」
「その代わり、いきなり戦いが余裕に」
「当たり前だ。そんな高級装備でいきなりとか、やれねぇほうがどうかしてるぜ」




