0009
早朝の時間帯。
町はまだ眠りの中にあり、薄闇の中のランニングは出会う相手も殆ど居ない。
途中で新聞配達に出会う事はあるが、こちらを特に意識もしてないだろう。
相手が人外だとしても、それと知覚しなければ人間は危険に気付けない。
だからかな、僕が通るといつも吼えるんだ、近所の犬達。
彼らにはバレているのかも知れないね。
息が切れても走るのは止めない。
筋肉の痛みなど、どうでもいい事だ。
身体が悲鳴を上げたからと言って、それで僕が困る訳でもない。
全速力で走って数時間、そんな心境のまま近所に辿り付く。
足がガクガクして倒れそうになるとは、実に脆い身体をしている。
たった数時間の運動でこうなるなんて、やっぱり人間は脆弱だ。
だからこそ鍛えるんだけどね。
これでも少しはましになったほうだ。
最初なんて数分で今の状態だったんだから。
晩秋とはいえ、まだまだ走ると大汗をかく季節。
台所で汗を濡らしたタオルで拭いた後、冷蔵庫の牛乳とプロテイン。
タマゴを軽く焼いた後、塩を掛けてずるりと飲み込む。
後はヨーグルトで朝食は終わりだ。
メシに味は不要であり、栄養素だけあればいい。
たまの外食は娯楽の一種であり、だからこそ味に拘るのだ。
そうでなければ栄養ドリンクで構わない。
さあ、また仮面を被るとしましょうかね。
最近、剥ぐ人が多くてさ、昨日も剥がれちゃって。
困るんだよな、この仮面は生活必需品なんだから。
「おい、畑中、お前、テスト勉強やったのか」
「うえっ、テストって何時? 」
「くっくっくっ、同類発見だぜ。てか、オレより酷ぇ。今日だよ、今日」
「ええええ、そんなの知らないよ」
「そりゃいつも寝てるからだろ」
「うわぁぁぁ、どうしよう、ねぇ、どうしよう」
「くっくっくっ、諦めてオレと一緒に補習受けようぜ」
「おっ、キタキタキター」
「てめぇ、まさか、おい」
「153ページからだぁぁぁぁ」
「「「「「悪魔の予言が来たぁ」」」」」
「遅ぇよ。なんで昨日来ねぇんだよ。と、153ページだったな」
そして赤点確実と思われた面々は、辛くもそれを逃れる事になる。
この予言もどきは悪魔の予言と言われるようになり……それと言うのも例の超常現象研究会でのニックネームで悪魔ってやったものだから、あのバカ達が悪魔と呼ぶようになり、だからなし崩し的に悪魔の予言になった。
そしてその的中率は今のところ100パーセントなのだ。
「ねぇ、畑中君」
「なーに」
「これ、どれが当たるか分かる? 」
「うーんとねぇ、うーん……おおおお、これこれ」
「え、これ? 嘘でしょ」
「でも、ビビッと来たよ」
「信じられないわ。まさか……でも、当たると、むふふ」
「確かに趣味が刺繍って男の趣味じゃ無いよね」
「これきっと大穴よ。当たるとアタシだけが、むふふっ」
「まあ、10択だからありそうな話だね」
「うん、そうそう。ありがとね」
「あいよ」
「なあなあ、オレもその予言がやりてぇんだけどよ、どうやって悪魔と契約するんだ」
「生贄だね」
「うげぇ、やっぱそんなヤバい方法かよ。てことは」
「いや、僕は両親が交通事故でね。だからそれが生贄の代わりになるんだってさ」
「ある意味ラッキー? 」
「かなりだね。遺産は入るし生命保険は入るし、煩く勉強しろとか言う奴も消えたし、これから一生悠々自適さ」
「なんかいいな、そういうのも」
「それならまずは5寸釘の購入からだね」
「おいおい、お前、まさか」
「何の事かな。今の世の中で呪いとか、そんな非科学的な」
「それが悪魔と契約している奴の言う事かよ」
「くっくっくっ」
まあこんなたわいの無い話で時間は過ぎていく。
仮面を被ればざっとこんなものだ。
えっと、今日のメールは……あれ、何の用だろう。
『今週末、縁日のご案内』
ああ、また賭場を開けるのか。
案内って事は行かなくても良いって事か。
『状態についての文句あり。解説必要』
仕方が無いな……返信『猪の解体の物音を誤解して、自分に当てはめて勝手におかしくなった』……これで良いかな。
あれ、返信が早いな。
タカさん、当番になったのかな?
西から戻っていきなりとはハードだねぇ、クククッ。
『それを相手に説明してくれ』……返信『仕方が無いね』ピロリン『了解』
「おい、次のテストはどうなんだ」
「それがね、2331341って来たんだ。これってマークシートだよね」
「おおおお、ああ、ぜってぇそうだろ。えっと、233」
「2331341 ふみみいざよい」
「おっしゃ、ふみみいざよい、ふみみいざよい」
「「「「「ふみみいざよい、ふみみいざよい」」」」」
かくしてそのクラスでは、最初の7問は全員同じ場所を塗り潰し、どんな赤点予備軍も秀才君も正解だったのは言うまでもない。
しかも配点が、最初の5問が各10点であり、6問目が20点、7問目が10点、残りが8問目という数だったので、誰も彼もが優秀な成績になった。
100点は秀才達だが、最低獲得点数が80点という、前代未聞な成績となる。
当然ながらそのテストに限ってはクラス平均が学年1位という有様になっていた。
原因究明に乗り出した担任は、悪魔の予言を知るに及ぶ。
そして担任に呼び出される結果となるのだが……
「なあ、畑中よ」
「でも、みんな喜ぶし」
「しかしなぁ、それをされるとオレも困るんだよな」
「奥さんと喧嘩でもしました? 」
「おいっ、それは今は関係無いだろ」
「いえ、ただ、日の丸弁当と言うのも侘しいと思いまして」
「嘘だろ」
「おい、畑中、それ、本当か」
「可哀想ですよ。そりゃ先生はニラレバ炒めかも知れませんけど」
「何っ……うおお、本当だ」
「とんでもないな。それじゃテストのヤマも当てられるか」
「当てられても困らないテストなら良いかと」
「ほお、そんなのがあるのか」
「記述式ですね。選ぶのは分かりますから」
「そうか、それなら」
「もし入試がマークシートなら、僕、満点入学やれそうですもん」
「はぁぁ、どうなってんだかねぇ」
「あああ、山本先生、パンツが後ろ前」
「何だとっ。くそっ、まさかそんな事まで。見るな、こら」
「いえいえ、中々に立派ですよ、くすくす」
「しかしそれ、何かに役立てられないもんかね」
「そうですね。例えばギャンブルとか」
「お前、まさか」
「代理購入って分かります? 僕の生活費はそれで賄っているんですよ」
「本当にやっていたとはな。しかし、代理購入か。それなら言えんな」
「飢え死にとアパート追い出しを狙うなら、是非にもこの問題を取り上げてください。ちゃんと路頭に迷って死にますから」
「いや、そうじゃなくてだな。お前の親類はどうなっている」
「ああ、親の遺産と生命保険が狙いだった、僕をたらい回しにした連中ですか。彼らならもう絶縁にしてますよ。公正証書でね」
「それも酷い話だな」
「だから今の僕は悠々自適なんです」
「なのにアパート暮らしか」
「ええ、6畳1間でトイレ共同風呂は無し。築80年のボロ家でして、家賃もかなりお安くなっています」
「代理購入ならいくらでも稼げるんじゃないのか? 」
「嫌ですね、先生。確定申告、ご存知ですか? 義務教育の生徒がそんなもの、大変な騒ぎになりますよ」
「あっ、そうか。確かにギャンブルでも儲けたら」
「ですから代理と言いましても僕が出す訳じゃないんです。僕は単に予想するだけで、当たったら小遣いを少し貰える事になっているんです。それはお年玉という形だったり、月々の小遣いという形だったり色々ですけどね」
「まあ、何だ。そういう支援者みたいなのは居るんだな」
「ええ、何人か居ますね」
「まあ、それなら良いんだ」
「中には弁護士も居ますから、特に問題は無いかと」
「ああ、それで色々詳しいんだな」
「門前の小僧ですか、確かにそうかも知れませんね」
「色々と悪かったな。もう良いぞ」
「その引き出しの中は掃除しておいたほうが良いですよ」
「おい、見たのか」
「どうにも教師に対する持ち物検査の予感が」
「うおおお、ヤベぇぇぇ」
「それ、本当かっ」
「怪しい雑誌はダメですね」
「くそ、なんで分かるんだ」
「ぬいぐるみもダメかな」
「あわわわわ、見ないでよ」
「ああ、もうじき来そう」
「うおおお、隠せぇぇぇぇ」
やれやれ、さてと、メールしとこうかな。
『山本、給湯室の中の食器棚。木本、スピーカーの上。谷口、冷蔵庫の中。一色、ゴミ箱の中。江崎、世界の地理辞典3巻のケースの中』
さてさて、これで慌てるかな、クククッ。
(あらあら、実に姑息ですね。でも、彼にとっては無駄な努力。本当に凄い能力ですわね、くすくす……その代わり、君の事は隠蔽するからね)
追加メール送っとくか……『体育準備室の一番奥の古びたマットの下に、3年生と思しき不良グループのタバコとライター発見』
さて、これでいいかな。
もちろん、僕は懐に入れたままにしているよ。
手から離すとか、そんな無用心な事はやってられないよ。
うっかり僕を検査して、そんなの見つけて問題にしたら、後でどうなるかってね。
だからこその職員室でのパフォーマンスになったんだ。
あれで止まってくれるなら、君達の生活のアレコレは見ないから。
朝食のメニューから夜の行為の体位まで、全てを白日の下にさらしたいなら、僕を検査して問題にするといい。
でも、果たして何人があれを見ているかな? 悪魔のつぶやきってサイト。
書き込んでおくか。
『明日はきっと、綺麗な満月が見られるね。うん? 雨? ちゃんと上がって雲も切れるよ』
『今日も人間達は賑やかだね。月末の土砂降りとか、予報やれているのかな』
『月末の土砂降りで土砂崩れだ。園児バスが流されていくよ。可哀想だけど全員魔界行きだね』
『次のロケットの打ち上げは止めておいたほうが良いよ、爆発するから』
『原因はね、某国の部品の精度の問題さ。ちゃんと自国の部品を使おうね、担当さん』
『もうじき大きな台風が発生するね。もう冬だと言うのに、800台の気圧とか季節外れだね』
『ああ、揺れているよ、揺れているよ。北陸が揺れているよ。震度6強って災害だよね』
『ああっ、そのバルブを閉めちゃダメだ。羽咋原発2号炉の担当さん。もうじき地震だよ』
『横浜の迷子はね、トイレでカギが開かなくて困っているみたいだよ。え? うん、6階ね』
『銀行強盗の犯人はさ、実は隣の雑貨屋の息子とその悪友達。灯台下暗しってやつかな』
『明日は高速6号でネズミ捕り。通勤の皆様、検挙に注意しましょう』
『あああ、もうじき勇者召喚の季節だねえ。どっかの学校の誰かさん、準備は良いですか? 』
『ちゃんと生活必需品を忘れないように。異世界にはコンビニはありません。タバコもパイフしかないよ』
『ちなみに僕の住まいはね、セノリアール迷宮都市の中にあるんだ。現地で会ったらよろしくね、勇者さん』
勇者召喚以降は適当だ。
その他はインスピレーションの導くままだ。
当たるも八卦、当たらぬも八卦と。
(今日の耐圧試験は中止だ。バルブを解放しろ……え、ですが……早くしろ、責任はワシが取る……は、はい……)
(なんだと、本当に部品の精度の問題だったのか……信じられません。しかし、確かに爆発の危険が……とんでもないな)
(雨が降るから幼稚園休みですって? 何を考えてらっしゃるの……申し訳ありませんが、今月末のみです……訴えてやるわ)
(誰だ、漏らした奴は……知りません……だがここに書いてあるではないか……私は知りません……くそっ、これでは作戦が台無しだ)
(まさかこれが大型に発達するのか?……今までも怖いぐらいに当たっているんですよ、あのサイト……800台にな……今から注意を……ううむ、しかし)
(まさか迷子のうちの子を捜してくれるなんて。凄いわ、このサイト。ありがとうね)
(どうしてだ、計画は完璧だったはずだ……悪いな、タレコミがあったもんでな……くそぅぅ、誰だぁぁぁぁ)
かくして予想された災害は発生せず、僕の予想は外れていく。
これはつまり、思う以上にあのサイトが見られているって証拠じゃないのかな?
確かに地震や台風や土砂崩れは発生したけど、それに伴う災害がかなり少ないんだ。
園児バスが流されたって話も聞かないし、原発でのトラブルも無かった。
もちろんロケットも爆発せず、銀行強盗の犯人達は捕まった。
これって罪滅ぼしになるのかな?
だって僕は人外なのに、人間の振りして人間社会の中で過ごしているんだ。
言わば人間達を騙しているのも同然なのに、誰もそれに気付かないんだ。
いや、信じないと言ったほうが良いのかな。
確かに今はおとなしいけど、その衝動は確かに僕の中に存在している。
以前のネズミでかなり発散されたから、またしばらくは問題無いと思うんだ。
あんなに美味しいとは思わなかったよ、人間の血液ってさ。
ついつい夢中で飲んじゃって、だから真っ赤な口を見て彼がおかしくなったんだね。
そりゃそうだよねぇ。
隣でゴクゴクと喉を鳴らしていれば、何をしているかとか簡単に想像が付く。
そして次は自分だと思えば、人間には耐えられないはずだ。
僕? 必要なら構わないよ。
でもね、吸血鬼の血液って美味しいんだろうか。
まあいいや、そんな事はどうでもね。