0088
ソウルフード作戦開始
迷宮を放置して近隣の町で冒険者登録をする。
そしてその時にちょっとした品をギルドに紹介するんだけど、誰もその価値が分からない有様だ。
とりあえず迷宮ドロップなのは理解してもらえたが、価値に付いては二束三文と言われる始末。
それならばと街の屋台と交渉し、これを使って焼いて欲しい、そしてそれは全て買い取ると。
10本のしょう油の香りのする串肉。
葉皿に包んだそれを手に持ち、それらしき存在の近くでわざと串肉を食う。
しょう油の香りに対し、敏感に反応するのは元日本人の誘致者だ。
「それ、何処で手に入れた。なあ、頼む、教えてくれ」
大豆はあれどしょう油も味噌も無い世界では、誘致者達の創意工夫で何とかしょう油もどきまでは造られている。
しかしどうしてもまともな調味料にならないらしいのだ。
元々が机上の空論な奴らの誘致なので知識も浅く、技術記憶封鎖が解けた今となっても、情報サイトの薄っぺらい知識で造る事は困難を極めているようだ。
そんな中に老舗のしょう油を使った串肉を入れたのだから、誘致者は堪ったもんじゃない。
郷愁を誘う本物のしょう油の香り。
そんな匂いを嗅いではもう止まらない。
金はいくらでも出すからと、小さな瓶のしょう油の買取要求を出してくる奴……確実に元日本人誘致者である。
宣伝なので銀貨1枚で譲ってやり、そいつは感謝感激でホクホクして帰って行った。
まあ、弁当箱に入れるビニール製のお魚容器だけど、それをサンプルにして作ってみるのも良いだろう……やれるならな。
そういうのを街のあちこちでやれば、近隣の誘致者は軒並み罠に掛かったのは言うまでもない。
周囲8ヶ所のマスター全ての手に本格しょう油のお魚容器がもたらされ、各々はその味と香りを楽しんだ。
そして入手方法に事が及び、オレの迷宮の紹介になる。
最初の部屋の片隅に小箱があり、その中に入っていたというもの。
自分はこの味が気に入っているが、ギルドでは二束三文の引き取り額だった事。
だから串肉屋に交渉して、割高だけど時々焼いてもらっていると。
本来、ダンジョンマスターはダンジョンマスターが分かるらしいが、テラの好意の偽装効果凄まじく、彼らはオレを同類とは見なかった。
あくまでも普通の冒険者と見たようで、しかも協会員になったばかりの新米でも可能な迷宮という認識のまま、しょう油を求めて侵入して来るようになった彼ら。
しかし、伊達に最下層を水没させている訳ではないので、彼らの特殊能力を以ってしても、クリア出来ずに迷宮の糧になるダンジョンマスターも出現した。
それでもダミーの部屋から色々な調味料が獲得出来、しょう油、味噌は言うに及ばず、レトルトカレーやご飯パックなどの懐かしい品が獲得出来た面々は、自らの迷宮放置でオレの迷宮に挑戦するようになる。
街に逗留して共に獲得せんとパーティを組み、獲得したアイテムを分配して味わう生活。
そんな奴らの迷宮をこっそり攻略し、ダンジョンコアを奪う。
コアを喪ったダンジョンはその活動を止め、マスターを普通の身体に戻してしまう。
コアあればこそ、様々なスキルも効果を及ぼし、自らのダンジョン内では不死身の彼ら。
空中浮遊スキルや水中活動スキルを不意に喪った彼らは、墜落したり溺れたりして世界から消えていく。
それでもなまじ懐かしい品を味わった面々は、欠員補充して挑戦していく。
迷宮討伐で残存ポイントを獲得し、オレの迷宮はより複雑になっていく。
それと共に設置するアイテムも多様になり、街のオークションでは日々様々な品が落札されていく。
『エントリーナンバー48、ええと、コメダワラ、銅貨10枚からスタート』
現地人にはその価値が分からず、穀物の茎で編まれた容器の中に穀物が入っただけの品にしか見えない。
なので金貨1枚スタートを要請しても、そんなんじゃ売れないぞと銅貨10枚スタートにされてしまう有様。
この世界でのオークションは誰でも参加出来る代わり、手数料は一律2割を納める事になっている。
主催者は田舎の農民が持ち込んだと思われる、穀物の競売を開始した。
なのにそれに対して高額の値が付いていく。
『金貨25枚』
『金貨30枚だ』
『仕方が無いわね。金貨50枚で引き下がりなさい』
『甘いな、金貨80枚だ』
『ふん、金貨100枚よ』
現地人の支配人は訳が分からない。
およそ価値など無いと思われた穀物の袋に対し、あり得ない高額が付いて行く。
結局金貨425枚という高額で落札となり、オレは手数料を支払って残金を受け取る事になる。
そうしてエントリーナンバー49番の品がまた。
『エントリーナンバー49 ええと、ヒトメボレ、銀貨1枚スタートです』
手持ちの物資をこうして流してやるだけで、誘致者達は争うように血眼で落札していく。
自らの迷宮は難易度MAXにして、巷で知識チートをして富豪になった面々だけど、元の世界で買えば安価な品を高額で落札していく。
そして気付いたら体調を崩し、そのまま世界から消えていく事になる面々。
相変わらず好きに過ごして良いって事になっているので、誘致者達全てを対象にした殲滅作戦はこうして展開された。
99人の誘致者達のうち半数が消えた頃、彼らは仲間が減っているのにようやく気付く。
しかしそれを彼らをターゲットにした攻撃とは気付かず、単に冒険者によってクリアされただけと考えた。
(娑婆染まりだろ)
(ええそうね。いくら街の暮らしが好きでもさ、迷宮は生命線なんだから難易度は上げないとね)
(そう言うお前さん、相当の難易度だってな)
(あはは、あれはクリア出来ないわ)
(オレも負けねぇようにしねぇとな)
(そうよ。街で悠々自適をする為には、誰もクリア出来ない迷宮にする必要があるもの)
確かにお前の迷宮は派手に難易度が高いな。
階層こそ10階層に過ぎないが、道が全て刃になっているんだよな。
その刃の道を辿って下の階層まで行くんだけど、足が斬れない方策を見つけたにしても、足を踏み外したら最下層まで一直線だ。
そして最下層の床は剣山みたいになっていて、落ちたら確実に死ぬ事になるだろう。
途中に引っ掛かっても刃の道で切断され、とても生存は見込めないと思われる。
けどな、空が飛べたら意味が無いんだよ。
ドラゴンやワイバーンなどの魔物か、同類しか飛ぶスキルを持ってないと思い込むのも良いが、オレも使えるんだよな。
既にあいつの迷宮の中の宝箱は全て接収してあり、後はコアを残すのみ。
一通り、競売が終わった後で接収しようと思っているので、今は見逃しているに過ぎないのだ。
大体さ、罠みたいな迷宮を拵えるのは良いが、そのせいで魔物すら設置出来ないって迷宮なのだ。
いわば罠オンリーな迷宮なので、その罠さえクリアすれば終わる話だ。
自分の能力を鑑みて構築したようだが、想像力が無いと長生き出来ないぞ。
かくして競売が一通り終わった後、また何人かの誘致者が世界から消え去る事になった。
残り少なくなったとしても、もう止まる事は出来ない。
なんせ調味料はもとより、白米に餅にカレーやチョコレートなどと言った誘惑性の高い品が出品されているのだ。
それを無視して生きるなど、既に味わった面々には無理な事。
誘致されて一度は諦めた食生活も、この世界で味わってしまえばもう止まらない。
『エントリーナンバー68、ええとこれは、少年週間キャンプ』
「金貨100枚」
「金貨200枚」
食物に耐えられたとしても娯楽で止まらない面々。
『エントリーナンバー69、ええと、シーエスシーゲイム、ソフト、バッテリセット、銀貨2枚スタート』
「うおおおお、金貨1万枚だぁぁ」
「2万枚だぁぁぁ」
何処からどうやって入手したかなど誰も気付かず、全財産勝負になってしまう面々。
落札出来なかった者に対しても、次々に現れる懐かしい品の数々。
『エントリーナンバー70 ベニスの王妃様、全巻セット、銀貨2枚スタート』
「金貨1500枚だ」
「ふん、金貨5000枚でどうや」
疑惑を持たないように調整された会場の中で、誘致者達は破産への道を歩んでいく。
かつての主食に嗜好品、娯楽の品といった郷愁を誘う品の数々だけど、原価はとっても知れた額だ。
かつての出向で手に入れた土産物の処分にもちょうど良く、ゲーム機やソフトに全巻セットは、そういう趣旨のままに放出に至った。
そうして99人の誘致者は全て駆逐され、残すは現地採用のマスターのみになった。




