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今日も授業という名の拷問が終わり、僕達は放課後という名の自由に足を踏み出した。
義務教育という名で縛られた少年少女達は、興味の無い事柄を無理に頭に詰め込まれるという、拷問の日々を過ごしている。
勉強とはつまり、勉めると強いるの合わさった言葉であり、学ぶ事を強いると訳される。
だから僕は勉強が嫌いだ。
それでも今日も図書館で学んでいる。
それは学識の収集という僕の趣味だからだ。
クラブ活動に参加はしたものの、今では幽霊部員に近い存在になっている。
それでも僕の行き先を教えてあるので、何かあったら連絡が来るはずだ。
この図書館は20時に閉まるのだが、大抵僕が最後の入館者になっている。
そうしてもうじき通達が来るんだろう。
ああ、今日は何故か集中出来ないが、何かあるんだろうか。
「そろそろ閉館よ」
「あ、はい。済みません」
「毎日熱心ね」
「趣味なので」
「勉強が趣味だなんて、大したものよ。国立でも狙っているのかしら」
「いえ、単なる趣味なので」
「くすくす、はいはい」
部外者に勉強と学識の収集の違いを説く事はない。
そして国立を狙う者は勉強を趣味にはしたりしない。
勉めて強いる事を趣味にするなんて、それはアッチの趣味と同義だ。
拷問を喜ぶ趣味は無いんでな、そこんとこよろしくってなもんさ。
まあいい、閉まるなら帰るとするか。
もっとも、帰ってもただ寝るだけの事。
狭いアパートの中には着替えとベッドしかない。
風呂は近くの銭湯であり、途中のコインランドリーに洗濯物を放り込んで行くだけだ。
だから風呂上りに洗濯物を持って帰るのが日常になっている。
さて、今日はまた店にでも行きますかね。
ヒッピーみたいなあの変装がいたく気に入り、僕の外での活動は大抵あれを使う。
あれも長いからますます堂に入っている。
今なら恐らく担任でも見抜けまい。
あれ、あの車って確か組の……でも、知らない男だな。
「ちょっと良いかな」
「はい、何でしょうか」
「君、畑中強君? 」
「ええ、そうですけど」
「僕と来てもらえるかな」
「分かりました」
「へぇ、理由を聞かないんだね」
「だって組の車ですし。ただ、珍しいと思っただけです」
そのまま車での対話になる。
「普段はどういう連絡になっているんだい」
「大抵はケータイに直かメールですね」
「そして呼ばれて組に行くと」
「そうなります」
「君の役目は何なんだい」
「色々です」
「じゃあ質問を変えよう。一番最近、もっとも大きな事は何があったかな」
「よく分かりません。指令には従うものであり、その理由を問う事は無いからです」
「ふーん、言う事はそれっぽいね。じゃあさ、先日、山の小屋を使ったよね。あれ、何をしたの? 」
「近所の猟師さんに猪をもらいまして、捌いて猪鍋にしたんです」
「君、解体やれるんだ」
「ええ、猟師さんに色々と教わりまして」
「猪以外も解体したよね」
「解体は猪だけですよ」
「じゃあ殺したのは? 」
「ネズミですね。前足を切断した後、胸を刺して殺しました」
「あれをネズミと言うんだ。確かに普通の子供とは違うね。それでその事をどう思うんだい」
「ネズミの死骸の処分はお任せしました。僕は猪の解体の後、屋敷に運んで鍋にしただけです」
「だからさ、人を殺してどう思ったかを聞いているんだよ、僕は」
「何かを思わないといけないんですか? 」
「それを本気で言うのかい」
「よく分かりません。ふうっ、やっぱり大変ですね、人間芝居というのも」
「本気で悪魔だと思い込んでいるのかい」
「いえ、ただ、周囲の人間に合わせようと努力しているだけです。人間の仮面を剥げば、そこには何もありませんから」
「じゃあ君は死んでも良いんだね」
「お任せ願えますか。そして死の瞬間、そこに恐怖が宿るかどうか、是非知りたいのです。人間として死ねるかどうか、それが今の興味ですね」
「これは冗談でも何でも無いんだよ」
「ああ、楽しみですね。さあ、殺してください。意識が消える前に、僕は恐怖を感じる事が出来るのか。実に楽しみです、くすくす」
「それなら仕方が無いね。もうじき君の処刑場に着く。そこで君は死ぬんだよ」
「待ち遠しいです。そしてきっと感じてみせます、死の恐怖を。そして僕は人間として死ぬんです。楽しみですね、くすくす」
(これはいけませんね。どう突いても変わらないようです。しかしこんな狂人がどうして作られたのか? それが気になりますね)
「時に君の両親の死因は交通事故だったね」
「僕は天涯孤独です。両親の遺産と生命保険の全てを本家に渡す代わり、絶縁を申し出ました。その事は公正証書に残っているはずです」
「それはまた思い切ったね」
「親戚をたらい回し、後見人の申し出、狙うは親の遺産と生命保険、となれば狙う物を本家に渡せば、何も無い僕の引き取り手はありません。そして実際そうなりました。なのでこれで良いのです」
「君の能力は生まれつきなのかい? 」
「親が死ぬ朝、彼らに死の匂いを感じました。必死で止めたのに、親の法事の為だと僕を置いて。息子より死んだ親のほうが大事だった僕の親は、その死んだ彼らの親と同じ立ち位置になりました。つまり僕は捨てられたんです。死ぬより嫌だったんですね、僕と暮らすのが」
(それが原因ですか。しかしそれは……後悔ですか、それが捻じ曲がった結果となると、これはもう……しかしこれは参りましたね。親父に妙に懐いていると言うからどんな企みかと思いましたが、これは代償行為ですね。となると下手に切れば……死を恐れない死兵相手の争いなど、いくら相手が幼くともやってられません。しかも後味は最悪でしょうし。仕方がありませんね。この件はこのままにするしかありませんか……しかし考えを変えればこれ程に安全な存在もありませんね。言われるままに誰でも殺し、自らの死も恐れない。優秀なヒットマンになれるでしょう。まあ、おいおいですかね)
どうやら処刑は中止になったようで、メシを食わしてもらって家に送り届けられた。
検証を楽しみにしていた僕は、肩透かしを食らった気分のまま眠りに就く。
知らない間に死ぬのだけは嫌だなと、そんな事を思いながら……