0006
山奥の小屋の地下室、それが如月組の始末部屋。
地下2階のその部屋は防音になっていて、どんな大きな音も地上には全く漏れないようになっている。
拘束寝台に載せられたネズミとギャンブル野郎は、素っ裸に剥かれて処刑人を待っている。
いや、来ないでくれと懇願している。
ギィィ……扉の開く音の後は、コツコツと靴の音が近付いて来る。
そして彼らの運命を決めるドアが開かれる。
恐怖で一杯になっていた者達は、その者の顔を見て一気に弛緩する。
それはまだあどけなさを残した少年であり、彼らの運命を決める者とは到底思えなかった為だ。
だが、まともな精神状態に無い彼らは気付けない。
それが貼り付けた笑みであり、瞳は冷徹な色に染まっている事に。
「あれっ、おじちゃん達、どうしてそんな事になってるの? 」
「おい、坊主、こいつをほどけ、ほどいてくれ」
「おい、早くしてくれ」
「うん、良いよ」
そして縛っている腕に振り下ろすナタ。
絶叫の中、変わらぬ声で彼は言う。
「はい、片方は終わった。次は反対側だね」
「そうじゃないっ、ぐぅぅぅぅ、縄を解けと、ぐぁぁぁぁぁぁぁ」
「でも後少しで解放になるよ。手が終わったら足、最後に胴体を切れば問題無いよね、くすくす」
「ま、まさか、てめぇは」
「お初にお目に掛かります。如月の悪魔でございます、くすくす」
「止めてくれ、お願いだ」
「ほお、これが人間の血ですか。中々の味わい」
「うぐぅぅぅ……うげぇぇぇぇ」
「ふむ、生肉はあんまり美味しくないですね。後で焼いてみましょうか」
元々、殺すのはネズミだけであり、ギャンブラーのほうは訓戒で終わらせる事になっている。
ただし、普通に帰しては面白くないと、ネズミの処刑を見せる事で合意し、今それをやっているところだ。
彼は得意の成り切りで、気分は異世界転移したキャラクター。
そして対象はモンスターであり、魔物の肉は美味しいという設定の元で動いている。
そして魔石を取り出すつもりで胸部を裂き、絶叫して死亡した者をモンスターと思い込み、胸部に手を突っ込んでごそごそと。
真っ赤な手で心臓を掴み出し、それを魔石のつもりで傍らに置く。
後は解体して肉を得る予定で、鼻歌交じりで解体が始まる。
むっと濃い血の臭いの中、かすかに聞こえる肉を裂く音、それに混ざる鼻歌に、たまに聞こえる笑い声。
ギャンブラーは既にこの世を離れ、地獄に居る気持ちになっていた。
ピチャピチャと床に落ちる何かの液体の音と、それを踏んでにちゃ付く靴音。
傍らの容器に何かを入れている音と、その時に聞こえる喉を鳴らす音。
それら全てが彼から正常な精神を消していった。
そしておもむろに振り返る少年の両手と口は真っ赤に染まり、くすくすという笑い声と共に彼の精神の糸はぷつりと切れた。
身体が弛緩して瞳は空ろに変わり、口は半開きになって涎が止まらない。
話しかけても返事が返らず、刺激に対して反応が無い。
実のところを言えば、両手首を切った後で心臓にナタの一撃で即死させ、後は猪を捌いていたに過ぎない。
山奥の小屋は猟師小屋でもあり、地元の契約猟師が届けてくれた獲物。
解体はその猟師に教わったので、手順にためらいはなく、彼は猪鍋を想像して笑っていたに過ぎない。
「解体終わり、今夜は猪鍋だよ、くすくす」
「よく平気で肉が食えるな。やっぱり悪魔と言われるだけの事はあるな」
「ネズミの処理をお願い。後、ギャンブラーも壊れたけど、別に良いよね」
「まあな……けど、ありゃ誰でも壊れるだろ」
「相手にはちゃんと言うんだよ。接待のつもりで猪を捌いてたら、何を勘違いしたのかああなったって」
「確かにそう見えなくもないか」
「じゃ、お願いね。僕は身体を洗いたいよ。血でベトベトだし」
「何とも思わねぇのか」
「うー……やっぱり鉄の味だな、こりゃ」
「うっく、おいおい」
「でも、慣れたらいけるかも」
「うおおお、もう止めてくれ。オレまでおかしくなる」
「くっくっくっ。悪魔ってのも何だし、マインドクラッシャーとかどう? 」
「もっと酷いなそれは」
「略してマイク」
「ああ、それにしとこう。しかし、理由は誰にも言わんぞ」
「しゃぶしゃぶでも食べながら教えてあげるといいよ」
「てめぇ、言葉責めかよ」
「そんなつもりは無いんだけどねぇ。まあいいや、今夜はレアステーキとトマトジュースだな。思い出しながら味わうとするよ、クククッ」
「やっぱり悪魔だ、てめぇは」
そうかも知れないな。
両親が死んだ時、人間としてあるべきモノが全て消え失せたみたいだし。
あれ以来、罪悪感とか良心とか、人間を形成するうえで必要なあれこれを感じなくなったんだ。
それでも人間として生きていく為には芝居が必要で、だからこそ成り切りは熟練した。
まあいい、壊れている実感はあるんだし、後は死ぬまで生きていけばいい。
ああ、久しぶりだな……人間の仮面を外すのも。
さて、明日からまた人間の振りして生きていこう。
何時か誰かに殺されるその日まで、人間の振りして生きていこう。
そしてもしかすると殺されるその時に、感じれるかも知れないんだ。
恐怖って感情を。
もしそれを感じる事が出来るなら、僕も人間として死んでいけるかな。
そう思うと殺されるのが少し楽しみになるから不思議だね。
ああ、誰か僕を殺してみない? きっと泣き叫んで命乞いするよ。
なんてね、そんな事がやれるなら、死んでも構わないさ。
ああ、ダメだダメだ。
いい加減に仮面を被らないと。
うん、一夜明けたら元の人間だ。
だからさようなら人外の僕、こんにちは人間の僕。
明日こそ殺してくれる人が現れますように。