0059
「つまり、兄の仕事は知っていると」
「えとね、ゲームの運営のお仕事……って言っても無理よね。はぁぁ、参ったなぁ」
「クククッ」
「えっ、どうしたの? 」
「いや、意外だと思ってな。幼馴染のほうが裏に近いと思ったのに、かき回されているほうが余計に近かったとか、実に予想外だ」
「もしかして、コウも同じだったりするの? 」
「普段は地味に過ごすってスタイルの事か」
「あは、同じだった」
「オレのツレも色々染まっているが、そっちもそれなりみたいだな」
「まあね、今時、無しは有り得ないけど、夕ちゃんは本当に表の人間だから、なんかさ、危ういって言うかさ」
「だから巻き込まれるに任せているのか」
「私が構ってあげてたら他の人に行かないと思っていたんだけど、君には迷惑を掛けたわね」
「君と来たか」
「あら、猫が剥げちゃった」
「たまにこうしてメシを食う仲ってのはどうだ」
「えっ、本当に本当のコウなの? 」
「そう言っている」
「じゃあ、あのブローチも本物なんだ。高かったんじゃないの? 」
「コウが金額の多寡を気にするとでも? 」
「やっぱり本物なんだ。意外だわ、クラスの中にコウが居るなんて」
「怖いなら別に構わんぞ」
「そうじゃないの。あいつら、私にセクハラ紛いの事をして、その事で大変な事になっちゃって、もうどうしようかと思ってて、だから感謝してるの」
「兄貴にバレたのか」
「そうなの。だからお兄ちゃんが殺すって騒いでて、止めるのに苦労しちゃって」
「過保護だな」
「そうなのよ。もう子供じゃないって言っているのに、まるで父親みたいなの。父は忙しいから滅多に家に戻らなくて、だから余計よね」
「さっきから顔が近づくたびに、気配が面白い事になっているぞ」
「はぁぁ、本当に過保護と言うか、あれはシスコンよね」
「妹にシスコンと言われる兄貴か、クククッ」
やれやれ、閃きの意味はこうだったとはな。
ジュエリーの方面に引っ張られ、ブローチの辺りで閃いて、お返しはこれにしろと言われているようだったが、こんな関連だったとは。
どうにもマシュマロじゃ駄目な閃きの意味は良いが、言葉で伝わらない閃きだから毎回、推察するのが大変だぞ。
「でも、お兄ちゃんったら、以前にも私の彼氏にちょっかい出して、それで別れる事になっちゃって」
「ちょっかいか、それは面白そうだ、クククッ」
「殺し合いはダメだからね」
「それはどっちの心配だ」
「え、そのね、両方かな。どっちも強そうだし」
「強そうに見えないから雑魚が絡んだんだろうに。つまり、オレの心配か、ありがとな」
「状況は確かに聞いたけど、見ていた訳じゃないしね」
「本部で事務の手伝いでもしてるのか」
「実はね、某ゲームのGMをやっていてね」
「ならさ、プレイヤーにコウってのが居るぞ」
「うえっ、あれ、貴方なの? 」
「金融部門の話は聞いてないか? 」
「それでかぁ……いくら課金武器でも、リアルで経験が無いときついし、特に弓は武器依存もあるけど、殺す意志が無いとまともに当たらないのよね」
「それでハズレ職になったのか」
「いわば一撃必殺の威力になるから、相手を殺す意志みたいなのが反映されててね。本当はあんなシステム、ヤバいんだけど、経営交代だから仕方が無いのよね」
「まあ、オレは毎朝10射やってるし、毎回確実に殺す意識でやっているが」
「優秀な武器と毎日の積み重ね、それと殺す意志か、そりゃ強いはずだわ。レベル1でエリアボスのワンキルの意味がよく分かったわ」
「しかし何だな。プレイヤーとしてオフレコの話を聞いた以上、ハズレ職の唯一の例外として、独り寂しく弓職をやるしかないか」
「あ、そういや、これ、拙かったわ」
「心配は要らんよ。出せる話と出せない話の区別ぐらいは付く。ただな、そういう理由だと後続が得られないと分かってな、下手に斡旋もやれないと分かったのが少し残念なだけだ」
「まあねぇ、殺す意志と言っても、そこいらの奴じゃままごとみたいなものだし、実際に経験でも無い限りはそうそうまともにやれないわ」
実際の経験か。
しかしな、殺す意志とは言ったが、特に意識はしてなかったんだよな。
話は合わせたが、オレはまるで当たり前のように、静かに狙って静かに放っただけだ。
そこに殺気とか存在してなかったように思えるんだが、それはあのナイフの舞も同じだ。
殺すという意気込みなどは全く無く、単に邪魔な立ち木を伐採するかのように動いた結果がああなったって感じで、だから殺した相手の事ももうまともに覚えてないというか、終わった瞬間すら覚えてないと言うか。
あれ、隣のクラスだったのか? 名前は何と言ったんだろう? どんな顔をしていたのかな?
ダメだ、思い出せない。
これはあれだな、登校途中にふと目に入った石ころの形が、丸かったか四角だったかを思い出そうとするようなものだ。
覚える意志が最初から無かったって事だろうけど、殺した相手に対し、そんな意志とか普通、有り得るものなのか?
それこそ、熟練の殺し屋みたいな心境だけど、オレって色々おかしいよな。
幼少の頃からの虐待で性格が捻じ曲がったとか、そのせいで倫理観が欠如したとか、そういう説明もやれはする。
だけどな、殺しに対しての心構えと言うか、その心理状態がどうにもおかしいんだよな。
まるで過去に大量殺人の経験でもあって、今更のように感じているようでならないんだ。
こういう時だけ閃かないのかよ。
まずはひとつの仮説を立ち上げてみよう。
ファンタジー脳と言われそうだが、今が転生後という仮説。
うっ、先の考察を留めろと言わんばかりのこの閃き、つまりはそうなのか。
自分で望んでこうなったから、閃きが止めるんだな。
ああ、分かったからもう探らないさ。
元が何であれ、今はオレだ。
たわいない話をしながら食事は進むが、どうにも尾行者の心理状態がよろしくない。
「幼馴染君って金あるの? 」
「あはは、引っ込みが付かなくなって、またヤケになっているのね、困った子」
「毎回なのか」
「うん、きっとトラブルになったら私が助けてくれると思っているんでしょ。本当に都合が良いんだから」
「あっちは小遣い、こっちは給料、その違いか」
「まあそうね。これでも高給取りだから、当てにしてるんでしょうけど、確実におごりだと思われるわね」
「そりゃ都合が良いな。借金にはしないのか? 」
「以前ね、貸すって言ったのに、翌日にはおごりになっていたの。そんな都合の良い頭をしているのよ、あの子は」
「まあいい、あいつと他の尾行者全て、オレのおごりでいいさ」
「本当にあるのねぇ。一体、どうやったらそんなに稼げるのか知りたいぐらいだわ」
「金融部門の金主になれば簡単に稼げるぞ」
「つまり、言いたくないと。うん、なら聞かないわ」
「聡いな」
「これでも少しかじっているからさ、境界線は何となく分かるの。これ以上進んだらヤバいって感覚かしら」
「まあな、オレの根幹など、知らないほうが長生き出来るさ」
「うん、だから聞かない」
「素人は興味と好奇心のままに聞いて、そして後悔する。だからそういう奴らにしてやれる事は、その恐怖を命ごと消してやるしか出来ない」
「やっぱり聞かなくて正解ね。私、まだ生きていたいもの」
食事が終わって席を立つと、にわかに騒がしくなる尾行者辺り。
そんな奴らは放置して、会計で全員の分とチップ合わせて2束置いて出る。
後は好きにやってくんな。
「本当に小銭感覚なのね」
「まあそうだな。総資産4桁の億だしな」
「はぁぁ、とんでもないわね」
「まあそう言う訳だからメシ代は気にするな。また来ようぜ」
「そうね、またお願いするわね」
「アンタ、あれ、どうなったのよ」
「夕ちゃん、またなのね」
「加奈子、大丈夫だった? アタシ心配で心配で。ねぇ、アンタ、変な事しなかったでしょうね」
「見てなかったのか? ずっと尾行していたのに」
「え、何の事よ」
「やれやれ、そういうのも厳密には起訴も可能な案件だぞ。その気になれば明日にでも内容証明が届く事になる」
「何よ、脅すつもりなの? それこそ犯罪よ」
「ならさ、金も持たずにレストレンでメシを食うのは良いのか」
「問題無かったわ。誰かが払ってくれてたもの。ねぇ、加奈子よね、あれ」
「沢田君よ」
「え、嘘」
「もうそろそろ終わりにしましょ、夕子ちゃん」
「えっ、何が? 」
「毎回毎回そうやって、私のプライベイトを侵害して、貸したお金をもらった事にして、ずっと利用するのはもう終わりにしてと言っているの」
「アタシはアンタを心配しているのよ」
「そう言えば私が折れると思っての事よね。だけどね、それは通らないわ。今までの事なら何とか耐えたけど、今回は意味が違うのよ」
「どういう意味よ」
「私が心配だから何をしても良いという、貴方のその考え方が危ういの。私だけなら我慢したけど今回は沢田君を巻き込んだでしょ」
「それがどうしたのよ、こんな奴」
「それが危ういと言っているの。沢田君をそんな風に言える、貴方の鈍い感性が危険なのよ」
「おいおい、あんまりオレを危険人物みたいに言わないでくれないか、クククッ」
「何なのよ。アンタ、加奈子に何をしたの。こんな子じゃなかったのに」
「はぁぁ、もうどうしましょ。ねぇ夕子」
「なぁに、加奈子」
「本当に何も感じないの? 」
「何がよ」
「困ったわね。ねぇ、それ、抑えてくれない? 加奈子は感じなくても私にはきついわ」
「クククッ、こんな温いのできついのか、敏感だな」
「やっぱり何かしたんでしょ、アンタ。許さないんだからね」
「もう止めて、夕子。それ以上、沢田君を刺激しないで」
「脅されているの? こんな奴、アタシがやっつけてあげるからさ」
「止めなさい、夕子。もういい加減にして。さっきから止めろ止めろと言っているのに無視して。そんなアンタだから終わりにしようと言っているの。これからもう話し掛けないでね」
「加奈子ぉぉぉぉぉ、どうしてよぅぅぅぅぅ、さーわーだぁぁぁぁ、てめぇ、よくも加奈子をぉぉぉ」
「煩いな」
「行こう、沢田君」
「ちょっと伐採したいんだが」
「ダメ、良いから行くの」
「仕方が無いな」
「加奈子ぉぉぉぉぉ」
やれやれ、どうにも消したくて消したくて堪らなくなったのは良いが、本当に敏感だよな。
親友の為にわざと絶交と言ってやっているのに気付かない奴とか、殺したほうが世の中の為だろ。
「手を出さないで」
「そうなると読心の部類だな。敏感では足りないぞ」
「やっぱり分かっちゃうか」
「そりゃ分かるさ。殺気抜きでの思考での制止とか、心を読めないと無理だからな」
「えっ、あれ、殺気じゃなかったの? 」
「ただの思考だが」
「あんな事を殺気抜きで考えるって、あんたどんだけよ」
「恐らくオレの記憶は封鎖されていて、それは自分が望んだ事のはずだ。そしてかつてのオレは大量に」
「かつてってその年齢で? 」
「ファンタジーな話で恐縮だが、転生の可能性が高い」
「そんな事があるのね。だけどもしそうならありそうな話だわ。その年であんな思考とか有り得ないもの」
「もしかしたらお前も転生かもな」
「どうしてそう思うの? 」
「オレの能力といい、お前の能力といい、普通の存在が持っているようなものじゃない。何かの切欠で発現するとして、それは死んだ衝撃」
「そうなのかな」
いや、違うな。
こいつはアレだ。
「何よ」
「オタク隊」
「んなっ」
「クククッ、動揺したな。つまりそうなんだな、クククッ」
「カマにも程があるでしょ。よりにもよってあんな台詞、想定外にも程があるわ」
「そいつはおとなしい奴なんだ。あんまり影響を与えてやるなよ」
「分かっていると言うの? この状態を」
「いわゆる憑依になるんだろ。普段のこいつの雰囲気に、別の存在の雰囲気を感じるからな」
「とんでもないわね、アンタ。でも、転生ってのは本当なのかしら」
「そいつは管理に聞けば分かるさ」
「どうしてその言葉を知っているのよ」
「他は知らんぞ。お前の上とか管理の下とか。ただ、直近という言葉は知っている。前の前の管理の下が、オレを直近と勘違いして色々情報をくれたからな」
「ああ、あれはもう居ないわ」
「そうか、オレの仇はもう消えたのか」
「そんなに酷かったの? 」
「駐在員から聞いてないのか? 」
「それもカマ? 乗らないわよ」
「3人だよな」
「さあ、どうかしら」
「隠しても無駄さ。こんな微かな気配になれるとか、普通の人間には無理だろ。あいつら、気配を殺し過ぎだ、クククッ」
《アンタ達、バレてるわよ……嘘だろ、こんなに消しているのに……消し過ぎて怪しまれているのよ……ヤバいな……撤退しなさい……仕方が無いな》
「折角、知らない振りしているのに、思い出させないでくれないか。あいつらとは可能な限り友達でいたいんだ」
「ごめんなさい」
「可能なら今日の記憶を封鎖してくれ」
「良いのね」
「オレはまだ人間でいたい」
「分かったわ」
(貴女が珍しいですね……存在を軽視していたようです……ええ、彼は彼の言う通り、転生になります。実はですね、そこの管理に付いて来た存在なのですよ……え、管理がそんな事を……いえ、自力で抜けて保持されたそうで、それを利用という名目になっています……暗黙ですね……仮にも上級、手腕があるなら細かい事は言いません。ですが、保険の意味での駐在員。ただそれだけなのですよ……調整をお願いします……それはやりましょうが、貴女は戻ってくれますね……はい、申し訳ありません。連絡だけのつもりが、あの存在が気になりまして……興味ですか……染まりのようです……自覚ならすぐに落とせるでしょう)




