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自由奔放な猫の如く  作者: 黒田明人
2.放置の対策
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0043

 

 冬休みは結局、引越しで終わった。


 石原さんは年明けにも関わらず精力的に動いてくれて、オレはめでたく独立に成功した。

 小さな分譲マンションには机やら箪笥やらが入り、着替えも色々買い揃えて生活用品も色々揃えた。

 気分は新社会人って感じだけど、これからは自由だと思ったらもう、なんか嬉しくなっちまってよ。

 んで新学期になって先生に引越しの話と新住所の話と電話番号の話をして、授業料の払い込みの話をしたんだ。


「お前、家を出たのか」

「その事に付いては既に弁護士さんが動いていまして、沢田のままだけどもうあの家とは何の関係もありません」

「おいおい、そりゃどういう意味だ」

「修学旅行? 行きたければバイトでも何でもして自分で稼いで行け、ってどう思います? 」

「何だと」

「実際、小学も中学も修学旅行は熱が出たって親に言わされて、高校は初体験で楽しみだったんです」

「そうなるともう虐待だぞ」

「ええ、小学は小遣い100円、中学は200円、高校は昼食込みで1500円」

「お前……よくそれで今まで我慢していたな」

「炊事洗濯掃除の代償に食えるメシ」

「ああ、もういい、思い出すと辛いんだろ」

「うえっ? 」

「ほら、涙を拭け」

「あれっ、おかしいな、あれ、あれ」

「弁護士まで動いているならオレから言う事は無いが、ちゃんと生活はやれるんだな? 」

「はい、それはもう。やっと人並みの暮らしがやれるようになりました」

「その弁護士さんが後見人になってくれているんだな」

「はい、家の事も含めて全てです」

「そうか、それならそれでいい」


 いかんな、思い出すと涙が出ちまうな。


 なんせ当時はあれが当たり前だと思っていて、他人の生活を知るにつれて段々とその違いがおかしいと思い始めて、金を稼いでまともに暮らせるようになって、今から思えば当時の事が本当に惨めに思えて、本当にオレは虐待の中にあったんだと思えるんだ。

 まあいいや、あれはもう過去の忌まわしい出来事として、記憶の中に封じておこう。


「やあ、おはよう、今日は良い日だな」

「お前、妙に機嫌が良いが、何かあったのか? 」

「ああ、人生最高の日の始まりだ。今日は何を食おうかな」

「お前、あのIDの金、大事に使えよ。小遣いヤバいんだろ」

「あの件は助かったが、それも今となっては」

「どういう事だ、詳しく話せ」

「久しぶりに4天王で集まるか? 場所は提供するぞ」

「お、いいな。で、何処だ」

「オレの家」

「お前んち、妙に冷たいだろ」

「おいおい、冷暖房は標準装備だぜ」

「あれ、あの部屋、そんなの入れたのか? 」

「新居だ、新居」

「引っ越したのかよ」

「オレだけな、クククッ」

「家出かよ」

「まあまあ、詳しくは後で。今日は引越しパーティするぞ」

「おいおい、えらく変わったな」

「オレは解放されたんだ。そして真の姿を見せてやるぜ」

「お前、当時は振りだと思っていたけど、感染はしていたんだな。今頃そんな事になって。ああ、小野原のが伝染したのか。同じクラスってのもヤバいな」

「中二病じゃねぇぇぇ、てか、振りがバレていたのか」

「あれだろ、苛め対策なのは分かっていたさ。だからこそオレらも殊更に騒いでよ」

「ありがとうな。お前らは親友だぜ」

「ああ、ありがとよ」


 いかんな、まだまだ当時は芝居が甘かったらしい。

 つまり今もまだ甘いって可能性もある訳で、精進あるのみだな。

 かつての4天王で集まり、あれやこれやと決めていく。


「じゃあメシは良いんだな」

「ああ、何でも注文してくれ。全てオレのおごりだ」

「その理由が知りたいもんだがよ。やっぱりお前、賢かったんだな」

「あの親な、一度上に上がるとそれを当たり前にしてさ、下がると叱るんだ」

「ああ、酷い親なのは知ってるが、そこまでだったのかよ」

「うっかり良い成績取って当たり前なったら、うっかり下げられないだろ。だから受験の言い訳には苦労したぜ」

「ならもう、隠さないんだな」

「勉強時間が増えたらきついだけだろ。進学はしないんだし、普通でいいさ」

「大学、行かないのか? 」

「あれ、お前ら、行くのかよ」

「だから勉強してるんじゃないか。いくら認定でも今時、高卒じゃ先は無いぞ」

「お前らが行くのならオレも行こうかな」

「ああ、そうしろ。けど、金は良いのか」

「生活費自前、授業料自前、実はVR専用機も自前」

「お前、専用機なのかよ。いいなぁ」

「おいおい、専用機って50万台だろ」

「てかおい、そんな金、どうやったんだ」

「VR株式取引大儲け」

「あれかぁ。そういう方法もあったんだっけ。てかよくやれたな」

「なあなあ、次のテスト、平均70点やれるか? 大学行くのならそれぐらいは欲しいぞ」

「調整してみる」

「お前ぇぇぇ、やっばりそうなんだな。平均80点だ、いいな」

「うぐ、ちょ、調整、して、くそぅぅ、勉強しろと言うんだなぁぁぁ」

「くっくっくっ、ああ、しろしろ」


 始業式の後は簡単なホームルームとなり、それが終わればひとまず帰宅。

 それぞれは一度家に戻って、待ち合わせ場所を決めてそこで落ち合う。

 当時は色々やらされたが、その甲斐もあって今では料理もやれる。

 つまり、幼い頃から自活可能な状態に自然と鍛えられていたって事だ。


 それもまた感謝かな。


 よく冷遇してくれもんだな、かつての親達よ。

 お陰で簡単に自活も思い付けたし、生活に不安は全く無いよ。

 商店街のスーパーで色々と買い込み、今夜のパーティの献立を決めていく。

 待ち合わせ場所は実はオレのマンションの前になっていて、前に喫茶店があるんだよ。

 んでその喫茶店の前で待ち合わせって事になっているんだけど、着いて揃ったら連絡が入る。


 家に戻ってシャワー、の後で浴槽を洗って風呂を沸かしておく。

 おっと暖房全開にしとかないと、この時期に湯冷めは風邪の元ってね。

 あいつらも寒いだろうし、電気カーペットにこたつに、ストーブも入れておくか。

 着替えた後は洗濯物は洗濯機に突っ込んで、予洗開始だ。

 買物した物は冷蔵庫にとりあえず突っ込んでおいたが、整理して今日の献立に使う物を出していく。

 牛肉をザックリと切って下拵えの後は、鶏肉にも下味を付ける。

 おっとテンプラ鍋に油を入れてと。

 卵をいくつかボウルに割り、箸でチャチャッと混ぜて出し汁を少々。

 鶏肉を浸けて粉をまぶしてカラアゲの開始だ。

 地鶏だからきっと美味いはずだ。

 よし、そろそろかな、この閃きは。


 火を止めてケータイを持つと鳴り出す電話。

 いや、我ながら派手な閃きだな。


「おい、揃ったぞ」

「サテン前のマンションだ」

「おいおい、ここ、分譲だろ」

「買った」

「くっくっくっ、お前、相当我慢していたんだな」

「親にそんな金、見せられるかよ。んで、中に入って503のボタンを押せ、承認してやるから」

「防犯が意外としっかりしているな」

「ここな、小さなマンションだけど、あんまり安くなくてな、理由を聞いたら防犯バッチリってよ。警備保障も込みだぜ」

「そりゃまたやけに凄いな」

「住民の殆どは独身女性らしいぜ、くっくっくっ」

「お前、実はそれが理由だろ」

「バレたか……よし、承認」

「お、エレベータが開いたな」

「中で部屋番号を押せ、承認してやる」

「おいおい、とんでもねぇ警備だな」

「承認しないと動かない……よし、承認」

「この分じゃまだありそうだな」

「ああ、まだまだありそうだな」

「あれっ、扉が開かないぞ」

「よし、承認」

「おいおい、どんだけだよ」

「エレベーターホールの扉の前に立て、承認してやる」

「これはやり過ぎだろ」

「これで女性も安心ってのが売り文句らしい……承認っと」

「そりゃ安心だろ、こんだけやればよ」

「おーい、カギ開けてくれ」

「それも実はあるんだよな。よし、承認、んで、ロックオフ、入れよ」

「手動だけじゃ開かないのかよ」

「本人の場合は部屋番指紋認証、それでエレベーターはフリーになるけど、ドアでまた指紋認証とカギ2枚だぜ」

「上と下のカギ、別なのかよ」

「同じとか、何個あっても同じだろ」

「まあそりゃそうだけどよ」

「お、中は意外とスッキリしているけど、そこまで狭くは無いな」

「おお、コタツキター」

「待ってろ、今、料理作ってるから」

「作れるのかよ」

「炊事洗濯掃除と引き換えの食事だったしよ」

「はぁぁ、もう、何て言うか」


 テンプラ再開で出来たのから先に出しておく。

 早速にも手が出る連中に対し、飲み物を聞いてみる。


「ああ、何でも良いぜ」

「オレ、ビール」

「おいおい……あ、ワインあるか」

「お前も人の事を言えるのかよ……オレはお茶が欲しい」

「オレもお茶でいいや」

「オレもオレも」


 ポットと急須と茶筒と湯のみを4つ運んでおく。


「料理再開、カラアゲまだあるぞ」

「追加頼む」

「他は何が出るんだ」

「ステーキとカツ丼」

「うほー、豪勢だぜ」

「やっぱり酒が欲しくなるな」

「実はくすねた家の酒が」

「おお、くれくれ」


 行きがけの駄賃に家の酒はくすねてあるさ。

 特級の樽1個、減っているって分かるかな?

 実は深夜に勝手知ったるかつての我が家ってね。

 裏の抜け道から入って盗んでやったさ。

 もう関係の無い家だけど、精神的損害賠償を勝手に徴収したのさ。

 

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